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赤い電車は白い線

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2008年 03月 13日

「レールが結ぶ、一本列島」

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遡ること20年前の1988年の今日、旧国鉄が分割民営化されJRグループとなって以降、初の大規模なダイヤ改定が行われました。この改定の目玉は、何と言っても青函トンネル(津軽海峡線)と瀬戸大橋(本四備讃線)の開通。本四備讃線の開通は翌4月ではありましたが、この両路線の開通によって四島のJRグループがレールによって結ばれたのです。この時のキャッチコピーが、タイトルにある「レールが結ぶ、一本列島」。今日は、その1988年とその近年について振り返りたいと思います。

世はバブル経済絶頂期。「ハナキン、金余り現象、地上げ屋」。今や嫉妬の対象とされている公務員が、安月給と馬鹿にされていた、そんな狂乱の時代。鉄道界たるや前述の青函トンネル開通に伴い、豪華寝台特急「北斗星」が走り始め、鉄道ファンのみならず世間の注目を大いに浴びます。「北斗星」のロイヤルルームは5秒、89年登場の「トワイライトエクスプレス」のスイートルームは3秒と言われた時期もあります。これは、一ヶ月前の全国一斉発売時においてチケットが瞬殺するまでのタイムのことです。

陸の王者「C62ニセコ」が函館本線の山線に復活したのも88年でした。青函トンネル開通ともあいまって、一大北海道ブームが巻き起こりました。沖縄にまで足跡を残し、全国を駆け巡ったパビリオン列車「アメリカントレイン」。台車を履き替えながら世界を巡り、ついにはステップを削り落とし(!)て日本に上陸、その典雅溢るる姿を全国にひけらかした「パリ発東京行」という空前絶後の国際列車、「オリエント急行」。これらはバブル経済無しでは決して実現し得なかった、一大イベントであったと申しても過言ではないでしょう。

JR各社によって個性を競ったジョイフルトレインが次々と咲き乱れ、旧国鉄の遺した赤字ローカル線は全国各地で小奇麗な第三セクター鉄道に生まれ変わりました。その前途たるや洋々、「大鉄道時代」とまで言われたものです。


あれから20年



C62の火はとうに落ち、ジョイフルトレインも第三セクター鉄道も、その後は然るべき運命を辿っています。「北斗星」は「カシオペア」に発展しこそすれ、近日のダイヤ改定でいよいよ一往復にまで削減されます。往年の活況たるや、見る影も無く。鉄道の明るい未来を信じて疑われなかったあの時代から、20年後の昨今を想像することは出来なかったでしょう。そして、これからの20年後を想像することもまた難しいこととなりそうです。

by ar-2 | 2008-03-13 22:46 | 記憶のレール(国鉄~JR)


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