赤い電車は白い線

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2013年 01月 29日

エアロスターKの時代~我が神奈中回想録(2)~走るチビッ子ギャラリーバス「カナちゃん号」!

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本日記事は3本立て!当記事は1本目ですので
2本目はこちら→3月改正によせて~湾岸激震
3本目はこちら→汲沢飯店(ぐみはん)

いよいよ次週へと迫った神奈中バスコレ第2弾・エアロスターK/ニューエアロスターの販売会ですが、今回はエアロスターKの時代~我が神奈中回想録(1)に続き、同形のギャラリーバスとして異色の存在を放った「カナちゃん号」を回想したいと思います。その正式愛称はタイトルの通りですが一般的には「カナちゃん号」で通っており、沿線在住の学童の絵画で車内を彩った「走る画廊」は利用客に広く認知され親しまれた存在でした。そのカナちゃん号1987(昭62)年4月1日に登場し、各営業所に分散配置されたのです。

※営業所敷地内での撮影は全て許可を得た上で行っています



以下、私の記録した「カナちゃん号」について各車の記録と、併せて小ネタについて少々触れたいと思います。まずはM尺から・・・
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★茅ヶ崎駅北口にて 社番:ち66 相模22か33-03 昭和62年式
同駅前の佇まいも一変しています。バックの駅ビルは概ねそのままですが・・・。
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★平塚駅北口付近にて 社番:ひ133 相模22か33-05 昭和62年式
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★相模原営業所にて 社番:さ162 相模22か33-11 昭和62年式
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★相模原営業所にて 社番:さ163 相模22か33-12 昭和62年式
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★鶴川駅にて 社番:ま106 多摩22か33-99 昭和62年式
町田営業所に新製配置された62年式のエアロスターKとして唯一台の存在です。
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★大和営業所にて 社番:や71 相模22か33-13 昭和62年式
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★鶴ヶ峰駅にて 社番:や72 相模22か33-14 昭和62年式
後述する社番:は87(相模22か33-07)を除いた以上が私の記録したM尺車ですが、他に確かなところでは社番:つ66(相模22か33-09)を撮り洩らしています。、また、陸運ナンバーで若干の空きの見られる部分は、恐らく「い」「ふ」の配置車が相当していたのではと考えられます。続いてN尺車です。
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★港南台駅にて 社番:よ112 横浜22か58-95 昭和62年式
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★港南台駅にて 社番:よ113 横浜22か58-96 昭和62年式
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★上大岡駅にて 社番:お63 横浜22か58-98 昭和62年式
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★旧・戸塚バスセンターにて 社番:と118 横浜22か59-00 昭和62年式
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★長後駅西口にて 社番:せ23 相模22か32-97 昭和62年式
本車に限らず車体デザインにおける多少の差異、即ち水玉の数については個性が見られたものですが、この「せ23」におけるイレギュラーとしてはフロント右下に記された「神奈中」ロゴでしょう。これはカナちゃん号全体で見ても異質なもので、これが備えられた理由として考えられるのは「せ23」が稼動する綾瀬地区は相鉄バスとの競合エリアであり、デフォで白地ベースの塗色を纏う相鉄バスとの混同を避けるべくの意図だったのでは・・・というのが当時の私の結論でした。
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★本厚木駅北口にて 社番:あ152 相模22か32-99 昭和62年式
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★厚木営業所上荻野操車所にて 社番:あ153 相模22か33-00 昭和62年式
以上が私の記録したN尺車ですが、他に確かなところでは社番:お62(横浜22か58-97)を撮り洩らしており、また車番:と117(横浜22か58-99)も存在した筈です。
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★旧・戸塚バスセンターにて 社番:と118 横浜22か59-00
次いでお待ちかね?の小ネタです。まずは「と118」のフロントビュー、行先表示も地下鉄湘南台開業前の懐かしいものですが、何か「異変」に気付かれるでしょうか・・・。
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その核心部をズームアップ!何とこの「と118」のフロントにペイントされたキャラクターは「眉毛付き」なのですw これは無論他のカナちゃん号では見られなかった紛う事無き「戸塚スペシャル」!当時の神奈中ファンには案外広く知られていたようで、ちょっとした名物でした。それにしてもネコさん?だけ仲間外れとか・・・担当の趣味でしょうか(何 クマさんの眉毛が下垂れなのもイイ味出しています。

して、それより何よりこの眉毛には後日談があり、一国沿線在住の恒常的な利用客である友人曰はく

「眉毛が剥がれかかっていた」


という珍妙な情報が寄せられたのですw 私はその状態を確認していないのですが、この事からも眉毛はどうやらテーピングによる表現だったようで、更にその後に補修がなされたとかなされなかったとか、奇々怪々なエピソードを残して、やがて「と118」は去って行ったのです。
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★綾瀬営業所にて 社番:は87(相模22か33-07) 昭和62年式
「は87」はカナちゃん号の掉尾を飾った存在として著名なものですが、その末期には想定外?の動きとして綾瀬営業所への貸し出しがありました。それが画像における記録で、右隣で見切れているエアロスターM(社番:と108 横浜200か1-44)や7Eいすゞ(社番:ひ129 相模22か43-37)共々、何等かの理由があっての綾瀬入りだったようです。無論、方向幕も綾瀬の仕様に交換されて画像の通り謎解きのような風貌を晒し、ファンの話題をさらったものです。
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★横浜営業所本郷操車所・紅葉橋駐車場(便宜呼称)にて 社番:よ113 横浜22か58-96 昭和62年式
これぞ本当の謎解きというか、私が知るカナちゃん号の中でも「最大級」のイレギュラーです。恐らく、web上でも他に記録があるかどうか。これを撮影したのは1994(平6)年の10月半ば~11月初旬の頃と手許のメモでは推測されまして、以下当時の記憶を頼りにそのエピソードを綴ってみたいと思います。

当時本郷台在住であった私にとって日常の足は専ら「ママチャリ」であり、この時も恐らく栄図書館への往還の途上かサイクリング?の最中であったのだろうと思います。その明らかに異常な「よ113」を目撃したのは確か天神橋(上り)のバス停においてであり、系統と行先を確認の後自宅までカメラを取って帰り、返す刀で猛追跡を仕掛けたのです。その系統は「船11」で行先は「上之」で、一応補足的に説明しておきますとこの系統は天神橋で鎌倉街道から原宿六浦線へと進路をとり、本郷小学校前で右折し急勾配を上がり犬山・桂台地区に造成された住宅/団地街を抜けて行くもので、専用折返場の無い終点の上之では降車後にそのまま道なりに下り再び原宿六浦線へと合流し、左折のうえ至近に位置する本郷車庫(横浜営業所本郷操車所)へと入庫・・・というのがデフォでした。

なので自宅へカメラを取って返すロスタイムを差し引いても、犬山・桂台地区を遠回りする「船11」に対して原宿六浦線でショートカットすれば、イーブンで追いつく・・・というのが私の目論みでした。果たして本郷車庫前で待ち伏せるも、想定所要時分を過ぎても「よ113」は姿を見せません。おかしい・・・と、ここで私は近場にもう一箇所「逃げ場所」のある事を思い出したのです。まさか!と思えどそこしか可能性は残されておらず、慌ててそのポイントへと向かえば・・・居ました。そう、「よ113」はこの紅葉橋駐車場で休息についていたのです。ここは本郷車庫の分庫というには小規模なスペースですが、日頃は「鎌倉カントリークラブ」などの特定輸送車の駐車に充てられていたのは知れど、今回のように「船11」の入庫が有り得るというのは目からウロコでした。

それではこの「よ113」、とくとご覧ください。デジタル化の現在であっては「つまらない画像加工」のシロモノと捉えられる事も十分有り得ましょう。それ故にのオリジナルネガ捜索だったわけです。この頃、恒常的に同車を目撃していた限りでは側面の水玉などがカスれてきて「なんか汚くなってきたな~」と感じていた印象があり、言わばタイムリーなリペイントであったと思われますが、その作業途上状態の「白装束」姿で運用された事は特筆に値するものです。よく見ると公式側側面のリア部に桃色の水玉の欠片が残っていますが、恐らく「パネル単位」でリペイントされたので、車体本体の部分は残ってしまったという事なのでしょう。
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★港南台駅にて 社番:よ113 横浜22か58-96 昭和62年式 ※本記事2回目
単一記事で同画像の使い回しとは憚られるものですが、「白装束カナちゃん号」の仮初の姿はごく短期間で終了したようでその後に見かける事もなく、やがて綺麗にリペイントされ冬の日差しを浴びて輝く姿で再会したのです。私にとって本郷操車所は、過去にバス乗降人員調査のアルバイトにも興じた事のある忘れ得ぬフィールドですが、この「白装束カナちゃん号」はその中でも最大級の事象として、19年を経た今日でも絶大なるインパクトを残しているのです。
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★平塚営業所にて 社番:は87 相模22か33-07 昭和62年式
本記事の〆は、この「は87」・・・言わずもがな「カナちゃん号」掉尾を飾った記念すべきナンバーです。左隣に見切れているのが後継車たるニューエアロスターの「かなちゃん号」でして、細かい事ですが愛称が片仮名から平仮名へと改められています。この新旧ギャラリーバスを並べた「神奈中80周年記念イベント」は2001(平13)年12月8日の事で、既に12年が経過しました。あの日新車であった「かなちゃん号」も今や古参・・・果たして三代目に相当するギャラリーバスは誕生するのでしょうか。因みに神奈中商事における1/80ダイキャストモデルの「は87」単品は売り切れとのことですが、3点セットについては来る催事での販売予定品目に含まれていますので、入手のチャンスはあるようです。
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by ar-2 | 2013-01-29 09:58 | バス(BUS) | Comments(4)
Commented by のむ at 2013-01-29 22:49 x
N尺中ドア付だと長く見えますね。某バス会社で大学輸送のアルバイトとして、初めて担当したのがエアロKで懐かしく思います翌年には入れ替えられて1年限りでしたけれども。
Commented at 2013-01-30 00:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ar-2 at 2013-02-01 19:58
のむさん、こんばんは。
特定輸送のクルマって、思わぬモデルが残っていたりしますね。
神奈中の某営業所では、同一輸送先の専用車両でエアロスターK、エアロスターM、ニューエアロスターと揃っていた事がありました。
Commented by ar-2 at 2013-02-01 20:07
↑さん、こんばんは。
何とも恐縮な限りです。同バスセンターは今も資材が置かれながら空き地のままで残り昔日の面影を漂わせていますが、背景は一変しましたね。神奈中におけるバスセンターとしては、他の町田や厚木とは一線を画すここの「青空バスセンター」は狭いながらも何とも開放的で、私も好きなスポットでした。蛇足ながら後年には愛川バスセンターも生まれていますが、あれはそもそものポリシーが異なりますので(汗

私とエアロスターKの付き合いですが、ちょうど小学生の頃にお目見えしたと記憶しています。ブルドックの冷房車マークが闊歩していた頃です。私も識はサッパリですが(いまでも)、何より当時はエアロスターKばかりでしたので、被写体としての対象が必然的にそうなったという流れもあります。故、エアロスターMやニューエアロスターの記録はビックリするぐらい少ないです・・・。

とはいえ、エアロスターKにはデザイン的に傑出したイメージがあり(特にモノコックのネクストとして)、今でもそれは色褪せないですね。彼らがまだ活躍していたら、私もきっと追いかけていたことでしょうw


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