赤い電車は白い線

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2014年 07月 28日

訃報

今朝、実母が急逝したとの報せを受けました。
暫く記事更新についてはお休みさせていただきます。
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by ar-2 | 2014-07-28 08:50
2014年 07月 27日

湾岸雨情

本日は勤務時間中の午後に物凄い雷鳴が・・・。まあ色々大変だったようですが、その後はすっかり雷鳴も止み、私が退勤する頃には職場敷地内から見る東の空に見事な大輪の虹が現れていました。舞浜に限らずですが、この界隈は羽田に離着陸する航空機を天空に認められるスポットですので、その大輪の虹を航空機が潜り抜けて行くと言うスケールの大きなシーンも・・・。
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舞浜駅前に出ても尚、虹は健在でした。この大きさで綺麗な円弧を描いていましたから、その偉容が窺い知れましょうか。画像にバスを配しているのは確信犯です・・・愚問でしょw
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巷間はすっかり夏の陽射し・・・。もう間もなく7月すら終わろうとしています。
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by ar-2 | 2014-07-27 22:28 | ベイシティライン・京葉 | Comments(0)
2014年 07月 25日

嗚呼、ロクロク・・・もはやただのコレクター

というわけで、本日は金曜日らしからぬ頃合いに上がれたので某模型店に立ち寄ってきました。どうしていつもこう出来ないかねぇ・・・。
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そして画像の品をお買い上げ。みなまで言いますまい・・・画像が全てですw 傍らではカトーの飯田線旧国が立て続けに売れていましたが、クハユニ56の荷室扉はGMキットと比してもあれでイイんかいと思いますけど、それが「模型」である以上「実物」に忠実である必要は無いですからね。解釈一つでしょう。GMのクハユニ56も実際アレンジされていますから・・・。
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ヒサシ無しは2機目ですが、手前の「特急牽引機」は初入線です。これら2機は相互間でパンタをトレードし、ヒサシ無しは9号機とし、特急牽引機は1994年頃の51号機とする構想です。それがあっての計画的購入でしたが、9号機についてはこの記事でも触れている通り、ある意味「予定調和」w 51号機についての顛末は、後日時間を見つけての納車整備をと併せて、折に触れたいと思います。
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特急牽引機モデルは、単にパンタをPS22とし且つJRマークを印刷しただけかと思いきや、この記事でも触れたKE70HEジャンパ栓をちゃんと再現しているのですね(画像赤枠内)。ナカナカの拘り振りですが、これの意味するところは1989(平元)年9月以降の40~55号機という限定仕様・・・。こんなニッチさも現代の鉄道模型事情?故に成せる業なのでしょう。見ての通り、昨年以降今年に入ってからも機関車(動力方式問わず)の増備ペースが盛んですが、9ミリユーザにはロクに客車ないし貨車を有さずとも、「機関車だらけ」という向きの居る事を知り些か安心?し、鋭意取り組めている次第です(何
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by ar-2 | 2014-07-25 22:14 | 鉄道模型(電気機関車) | Comments(4)
2014年 07月 24日

スユ42 2015という車両

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昨日の記事で触れたスユ42の簡単な配置履歴でしたが、その資料を読み返している最中で、当該車番とした-2015がスユ42の最終グループ全3両中にあって、唯一「新ニイ」に籍を置いていた事に認識を新たにしました。

その全3両である-14~-16(電気暖房化で-2014~-2016)については新製時期に多少のインターバルがあれど、身の変転は運命共同体と言っても良いほどで、常に同時期同区所に籍を置いていたようです。ところが件の-2015については、晩年に他の2両が秋アキに居たにも関わらず、天邪鬼?的に新ニイに身を寄せていたのです。
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※「鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション 国鉄ダイヤ改正(8)」より転載

それも・・・新ニイにおける唯一のスユ42として。これについては少々ググってみたところ、どうやら急行「天の川」に連結の郵便車(運用番号:「新郵1」)における予備車的な存在であったようです。予備車とはいっても上記配置表の通り、オユ10を含め3両配置で上下「天の川」合わせて2両使用ですから、かなりの確率で「天の川」に組み込まれていた筈です。その連結時期ですが恐らく「天の川」が20系化されるまでの、即ち旧客編成としての末期までと推測されます。

「天の川」が20系化されたのは1976(昭51)年9月27日からですが、残念ながらこの時期の配置表を持ち合わせていません。しかしネコの薄い本であればオユ10及び、20系化後の「新郵1」の伴侶であるスユ16の年度毎の配置は判明するので、手許の資料の範囲で、スユ42-2015の同僚であったオユ10(-2033、-2034)及び、その後継と思しきスユ16の当該年度前後の配置をピックアップしてみます。

・オユ10-2033、-2034(何れも非冷房)
1976(昭51)年3月31日時点・・・新ニイ
1977(昭52)年3月31日時点・・・新ニツ

・スユ16-2005~-2007
1976(昭51)年6月21日 新潟鉄工落成
1977(昭52)年3月31日時点・・・新ニイ

新ニイに配置されたスユ16は-2005~-2007のこの3両のみで、その落成時期からしても「天の川」の20系化にシンクロしたと見て相違無いでしょう。あまつさえ3両配置であれば2両使用・1両予備でプール出来ますし、何よりも先任のオユ10-2033、-2034が入れ替わるようにして新ニツへと転属している事もその裏付けとなりましょう。

肝心のスユ42-2015についてもオユ10-2033、-2034と時期を同じくして新ニイを離れたと察せられますが、この事からも何と昭和50年代まで、上野駅には「天の川」に連結されたスユ42が姿を見せていたであろうという一つの結論に達します。GMのスユ42キットを手にして、随分前時代的な車両だなあ・・・などと思ったのはついぞ最近のハナシ。客車趣味の奥深さは生涯を尽くすに値するものなのかも知れません(大袈裟
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by ar-2 | 2014-07-24 21:46 | 鉄道模型(国鉄形客車) | Comments(0)
2014年 07月 23日

スユ42の製作(その4・了)

スユ42の製作(その1)
スユ42の製作(その2)
スユ42の製作(その3)

手を付けたのが関東が未曾有の豪雪となった2月のあの日、そして時すでに梅雨が明けようという・・・時の移ろいは早いものです。GMキットのストレート組みであるスユ42ですが、合間合間の作業で5ヶ月もかかってしまいました。とはいえそれでも完成しただけマシ・・・あと一体幾つの仕掛品があるのやらとw
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まずは1-3位側。
GMがラインナップしている全室郵便客車・・・といっても顔ぶれは30年以上変わっていないのですが、その中でも唯一の半鋼製車モデルがこのスユ42。実車は1953(昭28)年から3次に亘って12両が製造されていますが、車番的に-7~-10の4両は欠番とされています。
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こちらは2-4位側。
GMのモデルはその3次に亘る増備過程の中でも、1954(昭29)~1955(昭30)にかけて製造された-14~-16の最終グループがタイプ。前グループと比して区分室窓のHゴム化や、排風集塵機と側面腰板にルーバーが設けられたのが特徴となっています。区分室窓の目貼りは時期や車番によって差があるようですが、今回は両側面とも下半分を目貼りしたタイプとしました。GMの保護棒印刷セルを半分マスキングし、エナメルホワイトで目貼りを表現しています。車番は-2015(-15の電気暖房化後)としました。最後に、-14~-16の最終増備グループの、簡単な配置履歴を纏めておきます(参考文献:鉄道ピクトリアル各号、モア刊・国鉄客車配置表ほか)。

・スユ42 14
1954(昭29)年12月 日車東京支店落成 新製配置は大ミハ
1958(昭33)年10月時点 大ミハ
1964(昭39)年4月時点 東シナ
1965(昭40)年3月時点 東シナ
1968(昭43)年3月時点 門モシ
1968(昭43)年4月時点 熊クマ
1971(昭46)年12月 鹿児島工場で電気暖房化 -2014に改番
1973(昭48)年3月時点 秋アキ
1979(昭54)年2月 廃車 最終配置は秋アキ

・スユ42 15
1954(昭29)年12月 日車東京支店落成 新製配置は大ミハ
1958(昭33)年10月時点 大ミハ
1964(昭39)年4月時点 東シナ
1965(昭40)年3月時点 東シナ
1968(昭43)年3月時点 門モシ
1968(昭43)年4月時点 熊クマ
1972(昭47)年1月 鹿児島工場で電気暖房化 -2015に改番
1973(昭48)年3月時点 新ニイ
1979(昭54)年度 廃車 最終配置は秋アキ

・スユ42 16
1955(昭30)年11月 日車東京支店落成 新製配置は大ミハ
1958(昭33)年10月時点 大ミハ
1964(昭39)年4月時点 東シナ
1965(昭40)年3月時点 東シナ
1968(昭43)年3月時点 門モシ
1968(昭43)年4月時点 熊クマ
1971(昭46)年12月 鹿児島工場で電気暖房化 -2016に改番
1973(昭48)年3月時点 秋アキ
1978(昭53)年6月 廃車 最終配置は秋アキ
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by ar-2 | 2014-07-23 18:52 | 鉄道模型(国鉄形客車) | Comments(2)
2014年 07月 22日

東武のヨ201・・・しかし

失くしたと思ってわざわざ昨日調達した半田吸い取り線・・・
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全てを見計らったかのように発掘されましたorz
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先日入手したペアーハンズさんの東武ヨ201ですが、特に深く考えず組み始めました。
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工作台が散らかっているのはいつもの仕様ですが、これが後に悲劇になろうとは・・・。
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ここまで2時間・・・しかも手前の妻板は深く差し込み過ぎです(後に無理矢理修正しました)。これまで私が手掛けた金属キットは2つありますが、いずれも完成に達していません。直近の作ですら3年半の事ですから、この期に及んで無謀というものです。
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事実、手摺を熱で使い物にならなくして真鍮線から造り直したり、屋根Rが微妙に合わなくなったり、指先がいつのまにか耐熱仕様になっていたりと順調さが微塵もありませんが、半田付けについては何となくコツが時間的経過で掴めてくるのですから皮肉千万です。そしてステップを組み上げていた際、手許が狂いピーンといずこへダイブ・・・お約束の部品紛失です。片方のステップは組み上げて生きているので、それを参考にプラ板から自作する他なさそうです。しかしモチベーションがオシャカになったのでここまで・・・気分転換が必要なようです(何

(その2に続かない)
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by ar-2 | 2014-07-22 17:59 | 鉄道模型(東武鉄道) | Comments(0)
2014年 07月 21日

東武のトキ1(その3)

東武のトキ1(その1)
東武のトキ1(その2)

巷間は世にいう夏休みに突入しました。社会人にはおよそ無縁の習わしですが、私の場合は仕事柄お盆休みすら有りませんから、ああまた暑い季節になったんだなぁというのが専らの実感です。そんな本日は退勤後の寄り道箇所をしばし思案・・・結局、横浜に落ち着きました。地元駅に近くなるほど途中下車するのがメンドウなのですがw
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まずは西口の束急ハンズへ。モアーズに移転してからは初訪店です。それまでの独立店舗からテナントの3フロアに集約されたので、取扱いアイテムが目に見えて減少したのは言わずもがな、スタッフの数も少なくなったような・・・。そんなハンズで求めたのは半田の吸い取り線ですが、私が以前に半だ工作を始めた際に用意したモノがあったはずなところ、心当たりの箇所を全て探しても見付かりません。果てには誰かに貸したような記憶が出てくる始末だったのですが、兎に角無いものは無いので、潔く代品を求めた次第です。
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次いで某丼店。半ツヤのトップコートの他に、東武のトキ1用にカトーのTR41を求めましたが店頭在庫がラスイチ・・・。とりあえず無いよりはという事でしたが、これではシマらない?ので、細かいASSY系なら案外あるかもの某P店まで足を伸ばしました。
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すると・・・面白いぐらいにちゃんと有るんですねw とりあえず、これである程度のスタンバイは整いましたが、肝心の塗料が全く用意されていないという(爆 まあ、気長にやります・・・。

その4に続く)
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by ar-2 | 2014-07-21 22:23 | 鉄道模型(東武鉄道) | Comments(0)
2014年 07月 20日

東武のトキ1(その2)

東武のトキ1(その1)

前回は「おゆまる」による妻板の複製を試みましたが、精度の面でいまひとつの感があり、必ずしもトキのみで長編成を組成せねばならないという事もないので、複製については試行に留め、もとのホワイトメタルパーツを使用する事で落ち着きました。
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手許にあるトキ25000(カトー)は2両、ホワイトメタルパーツも2両分ですので追加はありません。手前のトキ25000は品番に「B」のサフィックスが付く珍しい?ものですが、これの意とする部分が判然としません。
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パーツの説明書では、もとの妻板モールドを削った上にホワイトメタルパーツを貼るようガイドされていますが、パーツ自体がそれなりに肉厚なので、もとの妻板はごっそり切り取ってしまいます。
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本当は妻板と接合する部分の側板の内側を、うんと薄くした上で残せばより実感的なのですが、加工度が難しいのでここは割り切ります。
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ホワイトメタルパーツはゴム系で位置決めを兼ねた仮接着を施し、仕上げに瞬着を流し込みます。簡単ながら、0.3真鍮線から解放テコも造って接着しました。
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ナマイキにもアオリ戸受けも表現します。プラ板を目分量でカットし、白キャップで接着→裏から緑キャップ流し込み→裏から爪楊枝の先端で瞬着を盛る・・・という過程を経て、ある程度の強度を確保してやります。
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「あんまりうまくないですね!!」(懐
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台車が振る箇所は微妙に接触するので短くしてあります。ほぼほぼこれで塗装に進めそうですが、TR41台車をまだ仕入れてません(汗

その3に続く)
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by ar-2 | 2014-07-20 20:21 | 鉄道模型(東武鉄道) | Comments(2)
2014年 07月 19日

業務連絡~おゆまるの場合

・・・というわけで(何 某氏より問い合わせのあった「おゆまる」行使の場合の記事です。

2013年10月の記事
先日の記事
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先ず「おゆまる」の型に流し込むパテは、ポリパテであり、画像の通り「モリモリ」がキャッチコピーの品です(発売元:株式会社ウェーブ)。ヨドバシあたりでも置いてあります。
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その構成は主剤(画像左)と硬化剤(画像右)を練り合わせる「二液混合」ですが、「液」といえども実際はペースト状です。画像の通り主剤と硬化剤の比率が大きく開いていますから、硬化剤の量は相当少なくせねばなりません。私はと言うと相変わらず?加減の利かない性分で、硬化剤をドバドバ使った結果、間もなく主剤のみになりそうです(涙
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こちらは主剤と硬化剤を混合した図(硬化後)。「おゆまる」の型への充填は、パテ自体の粘度が極めて高いので、ヘラや楊枝などを用いて「丁寧且つ万遍なく」練り込む必要があります。そうでないと、どんなに「おゆまる」の型がシッカリしていても、所期の型取りの効果が発揮できず本末転倒になってしまいます。兎に角一度使ってみて、どこが悪かったのか?成果は?と推敲し、次への足掛かりとすることが何にも勝る肝要さであり、それが工作の過程(醍醐味とも言う)であると断言できます。
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GMのガラベンパーツと同ランナーにある大型蓄電池箱パーツを、「おゆまる」によるポリパテ複製したのが画像中央のパーツ・・・必要十分ではないでしょうか。このあたりで味をしめれば、弾みもつくかも知れません。
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by ar-2 | 2014-07-19 23:49 | 鉄道模型(総合) | Comments(2)
2014年 07月 18日

東北繋がりではないですが・・・

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本日は何となく仙石線。
地上駅時代の榴ヶ岡、構内踏切を有していました。低運はT-628。
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構内の仙台方で離合を見せる低運と高運!
カーブした対向式ホームが如何にも宮電チック。地下化で線形もこの界隈は変わっています(カーブせず、ストレートに仙台に突っ込む)ので、隔世の感があります。
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by ar-2 | 2014-07-18 22:46 | 記憶のレール(国鉄~JR) | Comments(4)