赤い電車は白い線

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2014年 03月 30日

DD16シンドローム

★DD16関連記事
悲運のチビロコ~DD16
カトーのDD16入線
続・悲運のチビロコ~DD16

そんなこんなで、カトーのDD16のナンバーは結局8号機にしました。それはさておき、このところ某掲示板で話のタネになっているのが同アイテムにおけるナックルカプラーの件で、これは附属のナックルカプラーを2エンド側(ボンネットが短い側)に装着すると、首を振らないというものです。
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実際に装着してみました。1エンド側はフツーに大きく振り幅がありますが・・・
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2エンド側です。全く首を振らない事もないのですが、振り幅は見ての通りです。
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次に、カプラーホルダーを兼ねているスノープロウを外して台枠裏面を見てみます。これは1エンド側で・・・
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こちらは2エンド側。明らかに、カプラーの根元に押し出される板バネの遊間が不足しています。

これらの事象に私が気付いたのが前述の掲示板というあたり、即ちデフォのアーノルドカプラーにあっては何らの支障が無いという事です。とはいえ附属のパーツがまっとうに機能しないというのであれば問題であり、反面、実際にこの振り幅でRを通過できないのか、更には通過Rの制約が大きいかどうか云々については、検証していないのでこれ以上の事は言えません。ただ、特殊な装備や制約を有さない車両のカプラーの機構に関わる造りが、両端で異なるというのは通常では考えにくく、平たく言えばこれ明らかな設計ミスでしょう。
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そんなDD16にヤラレタのか、画像のアイテムを手にしてしまいました。とは言ってもポイントを充当したので、実際の支払は半額以下です。
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有井(マイクロエース)のDD16も色々言われていますが、それ以前にモデルの仕様としてニッチすぎるのか、この小樽築港機関区仕様は中古でもあまり見かけません。その最大の特徴は2エンド側(手宮方)ボンネット上に備わる「お立ち台」です・・・って、アレ?製品に人形は附属していませんがw 人形は私の手許にあった情景コレクションの「働く人々」の中から、マッチしそうなポージングのものをゴム系で接着したのです。このお立ち台についてはweb上で見た限りではハッキリとした装備理由が判らず、その独特の風貌ばかりが印象に残る反面、謎に包まれています。
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このDD16が運用されていた手宮線ですが、お立ち台の如き高所からの監視が必要なほどの悪路であったかというとそんな事もないようで、やはりこれは駅構内の群線(着発線)が大きく弧を描いていた手宮での入換の便を図ったものではないかと思うのです。wikiの1976年当時の手宮空撮画像の通り、群線が海側に向かって綺麗なカタチではありませんが弧を描いているのが判ります。ここでの入換時に操縦する運転席の位置(海側か山側か)によっては死角となる箇所も出てきましょうから、その為の備えではなかったかと思うのです。無論これにソースは無く、私自身の空論に過ぎませんが・・・。
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私はもともと人形を載せる趣味はありませんが、このお立ち台DD16は「載せてこそ」と思い、カトー製と比してキャブ側窓の天地寸法が長い事を逆手にとって、キャブ内にも人形を載せて見ました。こちらの人形は着座体勢にして腕を前に出し、顔をやや横に向けていると言うまさにDL運転席向けのものですw
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そのアップ・・・顔が僅かに横を向いているのがお判りいただけましょうか。
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お立ち台の人形はフライキ(手旗)を持った誘導サンをセレクト。パンタ上昇状態のEF62と並べて高さを検証しましたが、これなら隧道でクラッシュする事はなさそうですw
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弧を描いた手宮構内での入換はこんな感じだったのでしょうかね。それにしてもこの有井のDD16、手摺はスケール以上に太くして強度をもたせている筈ですが、相も変わらずフニュフニャなので、手許でしっかりと矯正。小樽築港仕様では存在意義が疑わしい消灯スイッチを兼ねた無線アンテナは実車には備わっていなかったものですが、まずはお立ち台に眼が行き大して?気にもならないので改修は考えていません。走行性は購入店舗でチェック済ですが、カトー製よりもモータ音が静かなのが皮肉すぎてなりませんw
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by ar-2 | 2014-03-30 23:39 | 鉄道模型(国鉄・JR)
2014年 03月 29日

最近の・・・(年度末に咲くのは花かハナシか)

増税云々とも言いますが、巷間における春休み効果もあり、ルーティーンは大炎上です。もはやこれも快感の一種(ry

そんな本日は出面が精鋭揃い(ここぞとばかりのドヤ顔)という事もあり、サクっと退勤。本来、作業量を考えたら有り得ないのですが・・・。そのアフターには帰宅方向がほぼ同一の同僚と軽く一杯の流れに・・・。
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東京駅至近の地下に。銀だこの立ち呑みがあるなんて思ってもみませんでしたが、兎に角この場で乾杯。その同僚は♀ですが、お互いアタマの回転が速い所為か(ここぞとばかりのドヤ顔)、トークが中心でアルコール摂取は滞在約一時間半で2杯ずつのみと穏やか?そのものでした。まあ何というか、それほど積もるハナシが溢れているのです・・・。
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そんなわけ?で近況を簡単にダイジェストしておきますが・・・まずはコレとか・・・
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コレね・・・。
おいおい、時間を見て詳しく触れたいと思います。
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by ar-2 | 2014-03-29 23:07 | ある日の出来事
2014年 03月 27日

続・悲運のチビロコ~DD16

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★1993(平5)年8月4日 信濃大町

DD16について何とはなしに調べものをしていたら・・・素敵なサイトに巡り合いました。Remember the DD16さんで、リンクフリーとのことで紹介させていただきます。一昨日入線したカトーのDD16のナンバーですが、同サイトでは小海線貨物列車の廃止まで8号機が残った旨の記述があり、現役最後の0番台である11号機と、小海線にゆかりの深い8号機と、どちらのナンバーとするか迷ってしまいます。というか、これはもしやもう1機増備せよという・・・!!ww

肝心の本題?ですが、同サイトを眺めておりましたらまだ手許にDD16絡みの記録があった事を思い出し、悲運のチビロコ~DD16の続編を僅かながら纏めたいと思います。
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★1989(平元)年7月23日 中込

実に四半世紀前に及ぶ小海線中込での記録です。中込は旧来より車両配置基地を擁す小海線の中枢駅であり、駅構内も2面3線に中線が加わった立派な規模を有しました(現在、中線は撤去されています)。夏季の帰省で降り立ったホームに居たのは、見慣れぬカラーの急行形電車と、前後を固めたDD16!これは言わずもがなの臨時快速「葉ッピーきよさと」であり、新宿から中央線経由で小海線内まで直通するトンデモ列車だったのです。
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★1989(平元)年7月23日 中込

「葉ッピーきよさよ」は1988(昭63)年夏季から運転を開始し、当初は新宿~清里間で169(165)系のNロゴ4連で運転され、小海線内ではそれに電源車スハフ12を加えたうえでDD16に前後をガッチリ固められてエスコートされたのです。翌1989(平元)年には営業区間が小海まで延長されたとの事ですが、運転開始当初から回送扱いで中込まで入線していたと考えられます。更に翌年の1990(平2)年からはNロゴ3連へと編成が短くなり、スハフ12の連結もなくなり(サービス電源はどこから?)、DD16も単機牽引へとトーンダウンしてしまい、果たして1993(平5)年最後に「葉ッピーきよさと」は運転を取り止めてしまったそうです。
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★1993(平5)年8月4日 信濃大町

この頃の大糸線は夏季、冬季ともリゾート需要に恵まれて、数多の臨時列車の活躍が見られました。画像のヒサシ付きが厳ついDD16 304が牽引するのは臨時急行「リゾート白馬」で、9110レ~9117レとして折返し待機中の姿です。画像では見えませんが、奥ではDE10 1035が編成端を固めています。当日の編成は以下の通り。

↑信濃大町
DE10 1035(富)
1号車 オハフ15 251(本ミハ)
2号車 オハ14 257(本ミハ)
3号車 オハ14 258(本ミハ)
4号車 スハフ14 204(本ミハ)
DD16 304(富)
↓糸魚川
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★1993(平5)年8月4日 信濃大町

せっかくなのでオハフ15 251側も・・・連結妻側にサロン室がありますね。JR西日本に継承されたDD16は3機との事ですが、撮影当時は既に画像の304号機がJR西日本における最後のDD16となっていました。しかしながら21年後の今日も現役であるのは周知の通りで、長野の11号機ともども今後の動静が注目されます。
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★1993(平5)年3月9日 大宮

現役機というか営業用ではないものの、首都圏では入換用の備品扱い(車籍は無い)としてであれば、平成の御代に入ってからもDD16の姿を見る事が出来たのです。画像の36号機は冒頭のサイトによれば遠く熊本機関区から20号機ともども大宮へ流れてきたそうで、私が記録出来たこの頃は20号機が青色の「北斗星」チックな装い、そして画像の36号機が「パノラマライナーサザンクロス」チックな装いとなっていました。

余談ながらDD16の後ろに続湘南色もナカナカの役者?で、入換に際して連結器の異なる車両を介すアダプター的控車たるモハ114-61・モハ115-61です。この当時上野口では既に営業用では見られなくなっていた非冷房車であり、貴重な存在でした。因みに先代の控車は、ウグイス色のモハ102-67・モハ103-67であったそうです。
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by ar-2 | 2014-03-27 11:10 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 03月 26日

カトーのDD16入線

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というわけで、先日の記事の通り?ではないですが、昨日退勤後に発売ホヤホヤのカトーのDD16を購入してきました。私が購入したお店では、2人居た先客のどちらもがDD16及び300番台のラッセルセットの会計の最中であったというw 偶々なのかも知れませんが、やはりこの時代の国鉄形はそこそこ売れている印象があります。
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レビューというほどの大仰なものはありませんが、パッと見での印象は・・・よく出来ています。真にDD16が欲しくば、有井(マイクロエース)から発売された時点で入手すべきである・・・というのば某氏の談で、ある程度同意出来る面もありますが、少なくとも有井のDD16については2001(平13)年4月の初回発売分は直ぐに売れてしまい、皮肉にもプレミアが付いてしまった事から、おいそれと手中に収められなかった背景もあります。ではそのDD16が絶賛に値する物かといえば、実機よろしく発煙するモータ云々で「走りは全然ダメ」など喧々諤々で、結局のところ「模型化された価値が突出した」ケースの一つであったと、私は捉えています。

有井のDD16、品番で言うとA7501の「DD16-303標準色」は、その2001(平13)年4月の初回発売以後も、2004(平16)年10月、2007(平19)年7月とほぼ3年置きにウイークポイントが改良されながら再生産されたようです。それほど再生産に値するアイテムであったという事なのでしょうね。私はと言うと実車趣味やらバス趣味で模型から離れていた時期もある等、何かとタイミングが合わなかったのですが、漸く此度にして9ミリのDD16、それもカトー製という思ってもみなかった?モデルを手に出来た次第です。
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ケースにおける保護シートの類は、時期やアイテムによってコロコロ変わる印象がありますが、DD16のそれはベロがついた硬質の保護シートになっています。ケースのウレタン端には、ご丁寧にそのベロを収める切欠きまで設けられているのがお判りいただけましょう。
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ナンバープレートの収録機番は、8、10、11、12の各号機。11号機は現役最後の0番台機として知られていますが、モデルは無線アンテナ等を有さない国鉄時代の仕様です。とは言いつつも、11号機にしてしまいそうですがw
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微妙な角度で曲がっているサイドランボード上の手摺も忠実に再現されていて抜かりがありません。
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webサイトをググると、飯山線で12系のスキー臨(急行「戸狩スキー」等)牽引といった、なかなか華やかな履歴をDD16も有しているのが判ります。上野から長野に到着した12系の臨時急行9連は、6連の「信州」若しくは「妙高」と、3連の「戸狩スキー」とに切り離され、3連はDD16にエスコートされ飯山線へと向かいました。そんな長野でのリレーをイメージして、12系と組み合わせてみました。
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信州ゆかりの動力方式の異なるトリオを並べてみました。全てカトー製品であるあたり、時代を感じます。
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by ar-2 | 2014-03-26 23:14 | 鉄道模型(国鉄・JR)
2014年 03月 24日

PLAY BACK~あのとき何処で(1991・3・24)

表題的には記憶のレール(総合)に分類されるのですが、内容が内容なので此度は記憶のレール(国鉄~JR)に包含したいと思います。その記録は今を遡る事23年前の1991(平3)年の3月24日のものです。当日の記録(記憶は無いのでw)を基に回想してみたいと思います。
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まずは当時本郷台の在でしたので、京浜東北で川崎まで出、南武線に乗り換えて隣駅の尻手まで。カナリヤイエローの103系は完全に過去のものですが、当時の南武線の布陣は新製配置の205系と103系のみで、後々に先頭車化改造の205系の転入や209系の新製配置なぞ思いもよりませんでした。画像手前に見える2両の停止位置目標は、南武支線のワンマン車用でしょう。ナハ区への入庫に際して、本線を通過する必要があったはずです。ちゃんとホーム屋根からワンマン用のミラーが吊るしてありますね。
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その南武支線のワンマン車の折返し時の入線番線はこちらで、ホームを挟んだ反対側。101系在線の線は画像奥が行き止まりになっているので、前述の如きナハ区への入庫(並びに出庫)の際には本線を通過する必要があったわけです。画像はクモハ101-188他で、「3」の編成札が見えます。
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そのホームから捉えたEF65-1059、センゴックこと試験塗装機牽引の貨物列車です。遠目にこれが見えてカメラを構えたのでしょうが、何を血迷ったのか敢えて画像右に写り込む尻手浴場の煙突を絡めています。これは偶然ではなく明らかに意図的なものですが、そういう年頃だったのでしょうか(何 単に、フツーに撮っても面白くないだろう的な天邪鬼さもあったのかも知れませんが・・・。
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尻手からは南武支線のワンマン車に揺られて川崎新町へ。実はというか恐らくこの日が私にとっての南武支線初体験にして、初めて国電101系に乗り合わせた機会になると思います。川崎新町では乗車した「3」編成が浜川崎から折り返してくるのを狙ってパチり。
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川崎新町では暫く粘っていたのか、それとも短時間で数多の巡り合わせがあったのか判然としませんが、その後に来たのはEF66の12号機によるピギーバックです。鉄道博物館収蔵の11号機と1番違いの同機は、初期型のオデコを出した前衛的デザインが強調されたスタイルを保っています。ヒサシ付きはヒサシ付きで精悍さもありますから、EF66はそのスタイルを異なるどちらのタイプにも、魅力があると思います。
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続いてきたのはEF64-1005牽引の石灰石列車です。奥多摩から産出されたライムストーンを運んだ貨物列車は南武線の名物でしたが、トラック輸送へと切り替えられてしまったのは惜しいですね。趣味的見地では計り知れない事情があるのでしょうけど、数百トン(もしくは数千トン)単位での大量高速輸送は鉄道のメリットであったはずです。
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こちらはクモハ100-172他の「1」編成です。SIV電源を伴った分散冷房装置は区所単位での施工が可能だったので、民営化後~昭和末期以降の冷房化改造の促進には大いに効果を発揮しました。101系ワンマン車にあっては代替車両が見当たらなかった背景然り、このように冷房化改造のなされた事も延命の一因ではないかと思います。
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ホーム越しに見えた樹木の花が綺麗だったので、「1」編成と絡めてパチり。
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川崎新町から浜川崎経由で鶴見線に出、大川まで1往復したようです。画像のクモハ12053はこの記事の再掲ですがw
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その後は鶴見へと素直?に出、何故か東神奈川から歩いて線路際でカメラを構えています。ちょうど横浜線が東海道などをオーバーパスすべく高度を稼ぎ始めているあたりですが、画像の通りデビュー間もないNEX(成田エクスプレス)の253系が目当てだったようです。スカ色113系との離合が目に沁みます。
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そこ場所から神戸寄りには各線路を跨ぐ人道橋があり、そこから縦アングルで253系を狙います。当時は3連がデフォでしたので、フレーミングに纏めやすいというのもあったのでしょうか。線路傍らの法面の花文字が懐かしいですね。蛇足ながらこの人道橋を海側に降りて直進すると、京急の神奈川新町に出ます。
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更に神戸方に進み、道路と線路がフラットになったあたりでPFの1053号機牽引の「くつろぎ」を撮影しています。これが偶然なのか把握のうえであったかは不明です。折しも京浜東北の205系と並走していますが、これも本当に懐かしい限りです。
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その後は横浜へと戻り、167系アコモ車の大目玉ライトも懐かしい快速「伊豆マリン」8520Mを撮影しています。この画像も再掲だったと思いますが、記事が見つかりません(汗

そんなこんなでの23年前の回想でしたが、大した距離を移動せず、且つ半日にも満たないハイクでもこれだけバラエティーに富んだ列車群と巡り合えたという事が、今からすれば隔世の感に満ちる思いがします。そしてここに掲げた車両たちのうち、23年後の今日も現役(在籍)であるのが確認できたのはEF64-1005と、車番にもよりますが京浜東北の205系(現在は転属済)のみというあたりに、歳月の経過を感じずにはいられません。103系101系も、センゴックもEF66のヒサシ無しも、ピギーバックもライムストーン貨車も、クモハ12も253系も、「くつろぎ」も167系も、全て全て過去のものとなってしまったのです。
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by ar-2 | 2014-03-24 21:47 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 03月 23日

私的な3・24ネタの予告

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まあ、明日に記事編纂できる確実さも無いのですが(汗
画像は既に取り込んでいますので・・・。
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by ar-2 | 2014-03-23 23:06 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 03月 22日

三電源方式、湾岸を駆ける

・・・とまあ、本日出勤時に京葉東京駅地下ホームにて表題の車両を確認。幾度か同車は目にしていますが、とりあえず出勤時刻には余裕をもたせているので何処かで記録しようと思い立ち、直近に発つ快速で先行。潮見は通過なので兎も角として、新木場、通過の葛西も激パ。となれば舞浜も当然の如く近年では稀な黒山の人だかりであり、ここで後続の武蔵野の続行である事を発車案内で確認し、少々通勤経路では遠回りになる(むしろ近道?(謎 )場所でシャッターを切りました。
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その当該は新潟?の485・・・1500番台のアレです。パッと見がパッとしないのは腕の無さですが、光線がサイドに回っていないのも大きいですね。というか、この場所で構えるのは2010年11月のこの時以来、3年半振りぐらいでしょうか。その折の様なクリスマス的な気の利いた飾りつけでもあれば絵になった可能性はありますが、さすがに早すぎかwww フレーミングも如何にも中途半端で、齢を実感します。といっても、このジャンルで精進するつもりは更々無いんですがw それにしても盛アオの波動用485、651やE653の転出云々で引退が近いのでしょうか?今日の人出はそう思わせるほど凄まじかったので・・・。
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by ar-2 | 2014-03-22 22:20 | ベイシティライン・京葉
2014年 03月 21日

悲運のチビロコ~DD16

(※本日4件目、関西珍妙譚完結しています)

カトーのDD16が間もなく発売されるようです。そんなわけ?で手許にある標準色を纏うDD16の記録を幾葉か紹介します。DD16は簡易線向けのDLとして1970年代に生まれたわけですが、既に時期が時期と言うか国鉄貨物輸送は退潮の一途を辿っていたので、DD16はその本来の使途に対して恵まれず、定期運用たる貨物列車への充当も国鉄時代に潰えてしまい、民営化後は専ら除雪や工臨、イベント列車といったイレギュラーへの役回りに徹したのです。その来歴はまさに悲運のチビロコ・・・しかし小柄な車体に他の大型機なみのオレンジを纏い、健気に走るサマは愛嬌さがあり、また逞しくもあります。
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まずは鉄道総研の「平兵衛まつり」で公開されていた7号機、見ての通り程度は極めて良好で、車籍の無い実験施設の車両とは思えないほどです。現在は遠く若桜鉄道にて動態保存されているとの事で、嬉しい限りです。
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五能線クルージングトレインの元祖たる「ノスタルジックビュートレイン」に連結されていた眺望車ことオハフ50-2501・-2502は、1996(平8)年の運転終了後どういった事情か高タカに転がってきました。高タカでは上越線などでD51に引っ張られたりして活躍したほか、画像のように小海線の「ジャーニー八ヶ岳号」としても運用され、DD16とのカラフルなカップリングを展開しました。甲斐小泉~小淵沢間のオーバーパス道路上から捉えた同列車の先頭に立つのは11号機で、現在も長野に在籍している最後の現役の0番台です。
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高タカに移った2両の眺望車ですが、時に2001(平13)年5月27日、遂に引退を迎えました。その最終運用は中込→小淵沢→長野という廃車回送を兼ねた片道コース。小海線に客車列車が走るのは稀という事で、本籍を信州・佐久に置く者としては見逃す事は出来ず、目出度く指定券をゲットし高原を走る名残りの眺望車を満喫したのです。その列車名はズバリ「さよなら50系」で、名の通りJR東日本における最後の50系による旅客営業でした。

晩年は「ジャーニー八ヶ岳」号への充当が多かっただけに、その終の道程が小海線とされた事はある意味自然に思えるのと併せ、道中桑ノ原信号場や姨捨といったスイッチバック設備への入線もなされた事は印象深く、開放的な眺望車からの善光寺平の絶景然り、デッキに佇んでDD16に押され牽かれる体験なぞ、もう二度と叶わない事でしょう。その時の牽引機が画像の302号機で、ラッセルヘッド装備を可能とした300番台の一員です。しかしこのカマも既に物故となってしまい、時代の流れを感じずにはいられません。
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何よりも私にとって感慨なのは、此度の製品化でカトーの予定品DLトリオが全て出揃うのです。ここまで実に・・・30年かかりました。
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by ar-2 | 2014-03-21 20:58 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 03月 21日

関西珍妙譚(2日目終章・マルーンの疾風に抱かれて)

関西珍妙譚(前夜~1日目その1・近鉄特急で奈良へ)
関西珍妙譚(1日目その2・奈良から大阪)
関西珍妙譚(2日目その1・ミナミの朝はスカイブルーに始まる)
関西珍妙譚(2日目その2・古豪からLRTまで~阪堺電車満喫!)
関西珍妙譚(2日目その3・南海電車と羽衣支線と)

十八番本店でのおやつ?もそこそこに、お店の眼前にある阪急京都線の改札口へと吸い込まれます。このあたり、一見無計画なようで最終的にはちゃんと目的地に繋がるのだから面白いです(何 その阪急京都線では未だに「菱形・2丁パンタ」の形式が健在であるような情報を出立前に得ていたので、何となくそれが撮れたら嬉しいな♪ぐらいに考えていましたが・・・
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いきなりキター!!


定速運転制御を採り入れた「オートカー」こと2000系一族における京都線版の2300系です。1960(昭35)~1967(昭42)年にかけて製造され、既に阪急における現役最古参であるとか。2000系ともども第一回ローレル賞の栄誉に浴し、その後長らく受け継がれたセミモノコックボディの阪急スタイルのパイオニアとしても、歴史に残る名車と言えましょう。
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そんな2300系との折角の逢瀬ですから、時間が許される限り記録したいもの。既に現役車は7連4編成のみとの事で、この時は2編成の稼動が確認できました。先ずは2300系(2315F)に淡路まで乗車し、ここで乗り換えがてらパチリとやってから特急で先行します。降車したのは件の2315Fの行先である高槻市。
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ここで待ち構えてゆっくり撮ろうという魂胆です。やがて2315Fが入線してきましたが、既に字幕は「回送」になっています。
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そしてメインの菱形パンタを2丁備えた梅田方先頭車・・・。阪急顔とも阪急スタイルとも称されるこのビジュアルは、本当に幅広い世代に馴染みを与えていると思います。シンメトリーなフロントマスクはどちらかというと凡庸ですが、セミモノコックボディの特色たる裾のRで色気が付き、端正にして気品のある絶妙さは、見事に計算された素晴らしいデザインとしか言いようがありません。そこに今や稀少となりつつある菱形パンタを2丁載せた逞しさと、マルーンのシンプルな塗色に映えるシルバーの窓縁とのエッセンスによって醸される渾然一体となった様は、時を忘れんばかりに見惚れさせられるのです。
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これは折返しを撮らねば・・・という事で、梅田行列車で逆走し先頭車からアタリをつけて2315Fの折返しを迎撃します。結局落ち着いたのはこちら、南茨木です。
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頭上には大阪モノレールが走っていまして、乗換駅です。更に少し北側では吹田から大阪貨物ターミナルまでの貨物線が、阪急京都線をオーバーパスしています。そんなこんなでホームの端っこで通過列車等に気を付けながら待ちやれば、やがて自分側のホームに下り列車が到着とよからぬアナウンスw そろそろ2315Fも来そうだと思ったが早いか、下り列車が客扱い中に遠方に2315Fの姿が!万事休すか、兎に角下り列車が一刻も早く逃げ切ってくれればと祈るようにカメラをスタンバイさせつつ、下り列車が眼前を過ぎ去っても近付いてる2315Fの姿が確認できません。これは抜けるのか?抜けるのか?
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抜けたアアアアアアア!!


もし数秒差が生じていたならば、下り列車が被って2315Fが綺麗に収まらなかったであろう事は判る人が見れば判りましょう。各停で進入速度が抑えられていたのか、まさに間一髪、背景がスッキリしていないですしお顔に影が少し入っていますが、まずは2315Fの走りの雄姿を捉えられて満足しました。
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僅かな時間でしたが、2315Fとの逢瀬を恍惚の表情で終え、再び京都方面へと進みます。乗車した車両は先頭車の運転台撤去車のようでして、何ともユニークな造りです。こういった部分も例外なく木目調で仕上げる阪急の拘りには脱帽です。
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先程の高槻市然り、地元阪急ファンと思しき同業者の姿が結構見えまして、どうも画像の編成がターゲットだったようで・・・。昨年12月に開業した西山天王山駅のPRラッピング編成ですが、そろそろラッピングが解除でもされるのでしょうか。
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やがて桂に到着。ここではかつての京都線ロマンスカー・6300系の「いま」を見ます。車内は一部改造されていますがクロスシートも健在で、京急2000のような3扉化改造も受けず、美しいままの6300系が健在です。白ハチマキも6300系には似合いますが、他形式にはイマイチ・・・と感じてしまうのは、やはり扉数とか見た目でのトータルの印象があるのでしょうか。
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但しやはり変わっているところはあって、側面客扉の窓が長くなっています。それと連結面間の転落防止幌が昔のトミックスの新幹線みたいですがwでけぇww
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これが阪急の仕様かといったらそんな事はなく、他の形式はごくフツーなんですよね。6300系は連結妻に窓が無いので、それと関係があったりするのでしょうか。
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阪急といえば、車内の戸袋窓付近に荷棚が無いのも特徴ですね。ここに荷棚があるものと思い込んで、ドスンと落とす事故が起きやしないかと思ってしまいますw 関東ですと朝ラッシュ時の荷棚ニーズは高いですし、ましてや客扉部なら尚更の印象があります。それとも阪急では荷棚のニーズが少ないのか・・・。蛇足ながら前日に乗車した北大阪急行8000形ポールスターも、阪急資本故にか車内の木目調化粧板といいゴールデンオリーブのシートモケットといい、そして戸袋部に荷棚の無い仕様までもが完全に阪急のコピーであったのが印象に残っています。
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桂での阪急見物もそこそこに、更に京都方面を目指し大宮で下車。地下構造の同駅から地上に出ますと嵐電の四条大宮駅が目に入ります。ここでの目的は友人の希望で「餃子の王将1号店」での食事です。
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その1号店店舗はどこにあるかというと・・・ああ、あれか。って、???
実はこの店舗、かつて私が何度か嵐電を訪問した際に目にしていたのですw 京都駅烏丸口に八重洲口からの夜行バスが到着するのが所定6:39、そこから市バスで四条大宮に出て嵐電へと乗り換えるタイミングでした。1号店は朝8:00までの営業ですから私が見ていたのもその時間帯でしたが、あの頃は「こんな朝早くから営業しているのか」と勘違いしていましたw
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看板にもちゃんと「1号店」の文字が。見上げた事が無かったので今まで全く気づきませんでした。
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まさにここは「王将」の聖地なんですね。店舗は3階建てで3階が宴会場、1・2階が通常の客席です。3階建ての「王将」というのは他例を知りませんが、如何にも聖地らしくエレベーターも完備されています。
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食したのは「徳島風ラーメン」だったか・・・オリジナルメニューの一種ですね。京都を訪れる機会があったら、またゆっくりしてみたいものです。
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目出度く?餃子の王将1号店での食事を終え、後は京都駅に戻るのみとなったわけですが、言わずもがな京都市内の道路事情は酷く、京都駅方面行の市バスもいつになったら来るか判らず、乗ってもどう動くか怪しい限り。夕刻ともなれば尚更で、乗り換えが手間ですがここは鉄道移動が確実です。大宮から阪急で烏丸まで1駅乗車し、市営地下鉄に乗り換えて京都まで出ます。大宮から乗車して烏丸で降りるという、同じパターンの旅客が私達の他にも大勢居た事実は、如何にバスがアテにされていないかの証左でしょう。とはいっても、市内観光を市バス抜きでというのも難しいのですがw
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京都からはお約束のぷらっとこだま。時間はうんとかかりますが、走りっ放しではなく各駅停車にして、且つ5分停車駅なんかもありますので、寧ろ思った以上に疲れないので私は好きです。何あれ、幾度目かの関西行もこれにて了しましたが、反省点を挙げるとすれば相変わらず慌ただしい事。これは使用チケットがスル関西2DAYである事が問題というか、少しでもモトをとろうとする貧乏性ありきです。なのでフリーチケットに頼る必要が無い程度の範囲でのプランニングが、必要以上の疲れを生まない上手いやり方かな・・・と、絵に描いた餅だけは順調に膨らんで行くのですw

尚、前に模型店の記事を別に纏めると触れましたが、これは期待するほどの内容でも無い(店名など明かさないので)ですから、気が向いたら思い出した頃に記したいと思います。

(おわり)
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by ar-2 | 2014-03-21 18:14 | 外出・旅行
2014年 03月 21日

関西珍妙譚(2日目その3・南海電車と羽衣支線と)

関西珍妙譚(前夜~1日目その1・近鉄特急で奈良へ)
関西珍妙譚(1日目その2・奈良から大阪)
関西珍妙譚(2日目その1・ミナミの朝はスカイブルーに始まる)
関西珍妙譚(2日目その2・古豪からLRTまで~阪堺電車満喫!)
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阪堺電車の住吉電停から南海本線の住吉大社駅までは徒歩で直ぐ。同駅から下り各停に乗車します。堺で後続の空港急行に乗車しますが、車内は如何にも関空行の列車らしく大形のスーツケースを携行した旅客だらけ。少し前の京成本線の3500形による特急成田空港行のイメージそのまんまですw
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南海電車も前パンの宝庫ですが、下枠交差型である上に1基のみ搭載でアッサリしています。ジャンパが沢山見えて物々しいですが、顔立ちが中性的?なので厳つさはありません。それにしてもこの塗装・・・やはり濃淡グリーンですよね。

空港急行を羽衣で下車。ここに来たのは友人の希望でJR阪和線の鳳~東羽衣間を結ぶ通称・羽衣支線で運用されている、3連の103系の屋上機器の確認したいがため・・・なのですが、私の記憶では羽衣支線の東羽衣は高架駅なので、見れるはずがなかろうと訝っていたのですが・・・
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案の定です(呆


如何に私を含めて下調べしていないかという事の顕れですね。それは兎も角、ここまで来てまた南海電車で戻るのも面白くないので、実費で羽衣支線に乗車する事とします。
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やってきた鳳行は103系の3連、編成仕様を記しておきます。

HL101編成 ↑羽衣
クハ103-192 体質改善40N 鋼キセ
モハ102-451 体質改善40N 鋼キセ
クモハ103-2504 体質改善40N 鋼キセ

しかもというか、友人の目当てはこの編成ではなくもう一方であったとか・・・こんな事もあるのです(何
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これではシマらない?ので、オマケで20年前の羽衣支線をお目にかけましょう。1994(平6)年1月2日に東羽衣で撮影したクモハ123の重連で、手前はクモハ123-5です。併せて同車の前面字幕(手動)の方向幕対照表を客室から記録したメモがありますので、需要に関係無くここに展開しておきますw 種別については実際の表示では相互式矢印(⇔)の上に併記してあります。

(大ヒネ クモハ123 ※1994年)
1.回送
2.試運転
3.臨時
4.団体
5.普通
6.快速
7.新快速
8.天王寺⇔杉本町
9.天王寺⇔鳳 区快
10.天王寺⇔鳳
11.天王寺⇔和泉府中 区快
12.天王寺⇔和泉府中
13.天王寺⇔東岸和田 区快
14.天王寺⇔東岸和田
15.天王寺⇔東貝塚 区快
16.天王寺⇔東貝塚
17.天王寺⇔熊取 快速
18.天王寺⇔熊取 区快
19.天王寺⇔熊取
20.天王寺⇔日根野 快速
21.天王寺⇔日根野 区快
22.天王寺⇔日根野
23.天王寺⇔長滝 区快
24.天王寺⇔長滝
25.天王寺⇔和泉砂川 快速
26.天王寺⇔和泉砂川 区快
27.天王寺⇔和泉砂川
28.天王寺⇔和歌山 新快速
29.天王寺⇔和歌山 快速
30.天王寺⇔和歌山 区快
31.天王寺⇔和歌山
32.鳳⇔和歌山
33.日根野⇔和歌山
34.紀伊⇔和歌山
35.鳳⇔東羽衣
36.~40.(空白)

素晴らしいムダさ加減です!w


思ったのは、日根野区への出入区に際してはわざわざ回送まで戻したのでしょうか?だとしたらそのタイミングで新快速といったトンデモなコマが見られたのかもですね。

20年前の回顧もそこそこに、103系の3連は高架の東羽衣を後に鳳を目指します。ドン突きの終端駅、単線、ほぼ全線高架、1駅支線というシチュエーションは、完全に東武大師線のそれとオーバーラップします。高架部を降りて左にカーブすればそれが終わらないうちに鳳着・・・アッという間のショートトリップでした。
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鳳では昼食を駅そばで済ませて、天王寺までJRで戻ります。103系は各停でしか姿を見せないようで、時間を要すのでここは止む無く快速で移動・・・。
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車窓にはあべのハルカスを捉える事が出来ました。MM(みなとみらいの事ね)のランドマークよりも背高らしいのですが、横幅が何だか薄いので迫力というか威圧感が無いです。
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快速は大阪環状線内直通ですので、天王寺では阪和線ホームではなく地上ホームでの客扱いです。下車してほどなく、同じホームの反対側にウグイスの103系が姿を見せました!奈良区のウグイスの103系のうち、6連は3編成しかありません。つまり天王寺口というかJR難波まで顔を出すウグイスの103系もまたその3編成だけという、ナカナカ貴重なものなのです。
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しかもしかも、その103系の停車中にはこれまた決して多くは無いであろう、環状線のオレンジの103系と顔合わせ!まさにシャッターチャンスでした。このあたりの「引き」についてはオツリが来るぐらい、相変わらずのようです。
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天王寺からは地下鉄御堂筋線へと乗車し、新大阪でお土産の買い出しに寄り道しつつ、再度御堂筋線に乗車し画像の駅へ・・・
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目指したのはこちら、十八番本店です。そういえばタコ焼き食べてないな~ということで、急遽でしたw
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鳳での昼食からそれほど経っていないので、10個入りをオーダーしましたがこれが失敗(画像では既に1個消化済)・・・15個入りにすればよかったw足らねえww お味はアツアツでとても美味しかったですヨ。

2日目終章に続く)
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by ar-2 | 2014-03-21 16:01 | 外出・旅行