赤い電車は白い線

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2012年 11月 29日

生田緑地のスハ42 2047を訪ねて

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本日2本目です。

旧客の保存例というのは決して多くありません。あまつさえ普遍的な鉄道車両として価値を見出される事自体に恵まれないというのもありますが、例えば保存蒸機の「刺身のツマ」的な位置付けで残されても材質の違いから持ち堪える事が出来ず、蒸機を遺してさっさと朽ちてしまうケースが少なくないからです。そんな旧客の保存例を首都圏近郊で挙げてみると、ソラで言えるのは小金井のスハフ32、羊蹄丸のスハフ44・・・これは嬉しい事に真岡に引き取られましたね。それと生田緑地のスハ42・・・といったところでしょうか。

唐突に旧客のハナシをするのは他でもなく、少し前のオロ80、高原のポニーとともに(序・・・準備編)というタイトルばっか大仰な記事の通り、次作でオロ80を手掛ける予定である事から実車を観察して気分の切り替えを図っておこうというものです。観察といってもそこで得た全てが反映されるわけでは決して無いのですが、要はそうする事によって少しでも心を込めて造れたら・・・という「願掛け」みたいなものです。そんなわけで、幸いにして近傍の川崎市内は生田緑地に保存されているスハ42を訪ねてきました。

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by ar-2 | 2012-11-29 22:16 | 保存車両を訪ねて
2012年 11月 29日

POWER GATEに生きた古豪!~クモハ12052の製作(その3・了)

POWER GATEに生きた古豪!~クモハ12052の製作(その1)
POWER GATEに生きた古豪!~クモハ12052の製作(その2)
に続く(その3)です。といっても残すはボディと動力ユニットのドッキングだけですが・・・。
なのでこの機会に、私が初めてクモハ12と接した際の記録を数葉ですが振り返ってみる事とします。
※以下3枚、全て1989(平元)年12月10日撮影
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こちらは恐らく今も不変であろう鶴見駅の鶴見線ホームですね。鶴見臨港時代からのリベットだらけの鉄骨支柱の上屋がクモハ12と絶妙のカップリングを見せています。画像の12052が表示する行先は大川・・・まだ日中にも設定があった頃です。

兎に角「旧形国電」というものに触れるのが初であった私、その第一印象が強烈であったろう事は想像に難くありません。ベレー帽を被せたような白熱灯が仄かに照らす薄緑色に塗り潰された化粧板、独特な靴音を響かせる木床。刹那、「デコデコデコデコデコ・・・」とAK-3が重低音の雄叫びを上げれば発車は近い!MT15系が繰り出す響振にビリビリと揺さぶられる車内を包み込んだ、温もりとサラウンドに満ちた吊り掛け駆動の音色を私は決して忘れません。
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居住地と同じ横浜市内にクモハ12がありながら、私が足を運んだ機会はそう多くはありません。言わずもがな他の興味対象との比重もありましょうが、少なからぬ価値を認められている(と客観的に感じた)クモハ12が引退するなんて「全く」思っていませんでしたから・・・あの頃は若かったのです。

初めて訪れた大川駅のロケーションにも当時は驚かされたものです。乗客以外に人気の無い工業地帯に決して広いとは言えない棒線ホームがぽつねんと佇み、自動券売機はあれどオレンジカードが使えない(当時のメモによる)とくれば、如何にも浮世離れした感覚を抱かずにはいられませんでした。側線に留置されているホキの存在だけが、確かなもののように思えたほどです。
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同じく大川での12052の後位ですが・・アッ、方向板が助士側じゃない!
「似て非なるもの~クモハ12050の場合」記事中の画像の通り、1991年頃はその方向板が助士側の据え置きとされているのです。私が昨日のPOWER GATEに生きた古豪!~クモハ12052の製作(その2)において「一見中桟のように・・・」としていた(記事訂正済です)運行灯の保持具もどうやら実際に「内枠の中桟」だったようで、こうして見ると晩年の時期時期においてそれなりの形態差のあった事により考証の求められる事実は、今更ながら興味深いものです。
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それではドッキングさせた1/150です。まずは2-4位側、鶴見駅基準で言うところの山側です。
今回のキット組みではベンチレータや前照灯の別売パーツ化も検討しましたが、「素材の持ち味を活かし、それに応じたバランスを慮る」という基本スタンス故に結局は見送りました。市井のディテールアップパーツの類を否定するつもりは毛頭ありませんが(私も少なからず用いる)、何でもゴテゴテ盛ればイイってものではないですよね・・・くどいようですが「バランス」ありきなのです(最近、GMの1984年版カタログ中で鈴木画伯が全く同じ考えを述べられているのを発見し、大いに意を強くした次第です)。
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こちらは1-3位側、鶴見駅基準で言うところの海側です。
このキットが発売された頃には「屋根が深すぎる」との見解というか評があり、実際に屋根をGMの17M級旧国のモノにトレードした猛者も居るようですが、私的にはそこまで実車イメージと乖離するほどの違和感は感じません。このあたりは個人差でしょうが・・・。

で、恥ずかしながら私が旧国の板キットで完成まで持ち込んだのは本作が初めてです。これまでの歴史は挫折という敗北であったり、仕掛かりという体たらくであったり・・・。1両モノだから何とかなったという穿った見方も出来ますが、やはり「思い入れ」ありきなのでしょう。それだけに感慨もひとしお・・・卓上の往復線で暫しあの頃に耽らせてくれることでしょう。
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by ar-2 | 2012-11-29 18:01 | 鉄道模型(国鉄・JR)
2012年 11月 28日

POWER GATEに生きた古豪!~クモハ12052の製作(その2)

POWER GATEに生きた古豪!~クモハ12052の製作(その1)に続く(その2)です。
ややリアルタイムからはズレた内容なのですが、とりあえず纏めておきます。
そういえば今朝の湾岸は学習能力の無い事業者のお陰でブレイクしていたようで・・・まあ休みの私はどこ吹く風でしたが(謎
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そんなわけで一気呵成!
塗装は単色でマスキングが一切皆無であり、両数もオンリーワンなのでアッという間に終了。
カラーはぶどう2号を除けば手近な在庫をかき集めてもので、ポリシーもクソもありませんw 屋根が軍艦②で、ランボード・避雷器・ベンチレータ・ステップ・無線アンテナが軍艦①、配管が明灰白色(三菱系)・・・だったかな?
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これは・・・後位の無線アンテナへの配管です。0.3の真鍮線を曲げただけですがw
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そうそう、車番インレタの予定地に被るリベットは塗装前に切削!でないとちゃんと転写できません。
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前位・後位とも方向板は助士側据え置きの手差しです。その差し枠を一体で表現するため、プラ板に茶色を塗りフチを残すカタチでステッカーを貼付。
「鶴見」はデフォがありましたが、「大川」は「大宮」と「立川」からの合成です。後で気付いたんですが、後位の差し枠は形状が違いフチ無しだったようで・・・(汗
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出場直後の再現というよりは、メリハリの意で抵抗器に色挿し。
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尾灯はシルバー(エナメル)を下塗りし・・・
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クリアレッドで仕上げ。固まりかけていたので溶剤を混ぜて復活させましたw
てかクリアレッドっていつも思うのですが、何であんなにクサいのでしょうね。
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今回は思い入れもあり、生涯初となる配管への色挿しを行いました。やってみれば呆気無かったという?
信号円環煙管はカトーのASSYを奢りました。こんな事でも無ければ使う機会も無いのでw 取付孔は0.5で貫通させ、上部のみを0.6で「モミ」ました。塗膜でキツくなるかなという目論みでしたがそうでもないようで、0.5が無難でしょう。
無線アンテナはステップを取り付けず、台座ごと接着します。実車もこうなっています(なのでステップよりもハミ出している)。運行灯はイロイロ弄った結果仕上がりがイマイチどころかイマサンですが・・・ガラス(透明塩ビ)を入れてみました。次回、この造りのモノを手掛ける際には綺麗に仕上げるよう心掛けたいです。因みに実車の前位運行灯ですが、12053がノーマルであるのに対し12052の右端のマスは塞がれています。

※ジャンパの向きは修正しておきました
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こちらは後位です。
方向板はもとより運行灯も手差しなので、これもプラ板から醸成します。特にこの運行灯は助士窓内枠?の中桟と一体化した独特の保持様式で、これが120052/12053の後位の顔付きにおいて重要なエフェクトになっています。貫通路まんまの前面扉や無線アンテナへの配管をも含め、「らしい」顔つきにはなったと思います。

後は動力ユニットとのドッキングですが、屋根板との接合に際して点付けした瞬着のガスが少し残っているようですので、寝かせておく事とします。

その3に続く)
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by ar-2 | 2012-11-28 22:12 | 鉄道模型(国鉄・JR)
2012年 11月 27日

POWER GATEに生きた古豪!~クモハ12052の製作(その1)

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ちょっと前あたりから振っていたRMM附録の旧31系キット、いよいよその製作です。
その100号の当該が2003年12月号とのことですから、もう9年(!)も前の事になります。私自身はというと当時何だかんだでキットを2個入手し、何を血迷ったのか1個はフリーの地方私鉄風味に仕立て、もう1個は最近になって手を付けるもリベットを白キャップで溶かすという大失態の果てにオシャカ。そんなわけで事実上「三度目の正直」として、今回は正調?のクモハ12をモノにしょうというわけです。

キットの構成としては側板の後位が運転妻か連結妻を選択するという、言わば切り継ぎが前提のシステム。切り継ぎとは言え、その接合部は嵌合を考慮した構造となっているので難しいことは無く、板キットにおけるカスタマイズの面白さを味わってもらおうという企図が見える意欲作です。ストレート組みでモノに出来るのは旧31系ルーツのクモハ12050はもとより、クモハ11200やクハ16000、クハ16300といったところですが、クハとする場合は別途床下機器を用意する必要があります。今回製作のクモハ12ですが、タイトルの通り12052とします。要はリベットが厳つい昭和4年車です(このあたりの実車の前面に関わる考証記事はこちら)。
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先日のEF63茶色のメークアップと並行してコッソリ進めていた本工作ですが、まずは側板の内側にt1.0プラ板を貼り付けてスペーサーとします。このあたりの工法は、本キットの製作方でググるとアタマのほうにヒットする某サイトのトレスとしています。
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更に、やはりt1.0プラ板を積層した高サ方向のストッパーを片側3か所に設けます。
このストッパー、1個1個の形状がマチマチという大雑把仕様となっているので、ハコにした車体で動力ユニットを挟み込み、指先でホールドしつつ接着したというやっつけ仕様w それでもちゃんと任意の高サは出るのですから不思議?ですよね。なので裾下部から何ミリといった定量的な寸法値は出していません。
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以上は動力ユニットを鉄コレの「(TM-07)17M級B」とする場合に必要な工程であり、そうでない場合は割愛する事が出来ます。私も当初はGMの17M級(DT11)動力を・・・と考えていたのですが、入手が難しいようである上に手許にTM-07が在庫していたので斯様とした次第です。

その2に続く)
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by ar-2 | 2012-11-27 22:19 | 鉄道模型(国鉄・JR)
2012年 11月 26日

棚卸し?

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事の発端は数日前あたりのこと。
手にする棚という棚の方々から、身に覚えのないカトーの旧客が相次いで発掘されたのです。



「どういうことだ、オイ・・・それもスハ43のブルーばっかじゃねぇか!」



身に覚えが無い・・・というのは眉唾で、要は管理体制がケチョンケチョンなだけです(汗
というわけでこの機会にと、限定的かつ簡略的ですが「何がどれだけあるか」という棚卸しを行ってみました。
その対象はサービス電源供給方式で制約を受けない客車群、いわゆる「非固定編成」モノとしています。

【KATO】
スハニ32茶・・・(1)
オハニ36茶・・・(1)
オハフ33一般型茶・・・(2)
オハフ33一般型ブルー・・・(1)
オハ35一般型茶・・・(4)
オハ35一般型ブルー・・・(2)
オハフ33戦後型茶・・・(1)
スハ43茶・・・(6)
スハ43ブルー・・・(12)
スハフ42茶・・・(3)
スハフ42ブルー(5)
オハ47・・・(4)
マニ60・・・(2)
オユ12ブルー・・・(1)
オユ10・・・(1)
オロネ10・・・(2)
スハネ16・・・(4)
オハネ12・・・(1)
オハネフ12・・・(2)
オシ17・・・(1)
オシ17青大将・・・(1)
オロ11・・・(1)
ナロ10青大将・・・(2)
ナハ11・・・(6)
ナハ11塗り替え茶・・・(4)
ナハフ11塗り替え茶・・・(2)
スロ54塗り替え茶・・・(1)

【TOMIX】
マニ36・・・(1)

【MODEMO】
スハフ32w・・・(1)
スハ32w・・・(3)
スハ33w・・・(2)
スハ32・・・(10)
スハフ32・・・(3)
マユ31w・・・(1)
スハユ30w・・・(1)
スハニ31w・・・(1)
スロハ31・・・(1)
スロハ32・・・(1)
オロ35・・・(1)
マニ31w・・・(1)
マニ31・・・(1)

【MICRO ACE】
オハネ17茶・・・(7)
ナハネフ10茶・・・(2)
オロネ10茶・・・(1)
オロネ10ブルー・・・(2)
オハネフ12・・・(2)
スハネ30・・・(7)
スハネフ30・・・(1)
マニ60・・・(1)


総数で120少々。
思ったよりは無かったなというのが偽らざる心境ですが、ちょっとした客車区ぐらいにはなりそうです。
どれも単品、セット、セットバラ、新品、中古を問わず買い集めてきたわけですが、やはり固定編成形式には無い自由度が、買い足しの魔力を衰えさせない最大の因子ではあるようです。ただ、唯一の懸念はというとこれらの両数に対して「組ませられる」機関車が圧倒的に少ない」という事であり、その布陣は確か・・・

C56(×2)
C50
ED75
EF70
EF62茶
EF63茶(×2組)
EF63
EF58上越
EF58七窓
EF15
EF16
EF64 1000

のはずです。EF15は貨物機だからどちらかというと組み合わせ外ですし、EF16に至っては「補機」。そう考える実数はどれだけなのかとなると、これはかなり深刻。その実、有井の機関車を数年前に全て放出してしまっているのでその穴が大きいのでしょう。それでは他方「組ませられない」のはというと、ED62、EF65PF(×3)、EF65 1065試験色、EF64 1010試験色、西武E851・・・といったところ。まあ見ての通りですね(何

そんな懸念事もありますが、棚卸しをおっ始めると思わぬクルマに手が止まったり・・・。
メーカー間ないしメーカー内でも被る形式はありますが、例えば
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有井のオハネフ12(銀河セット)の洗面所窓は近代化工事未施工の高窓仕様であったり(オハネ12でこのタイプが存在したのは資料で確認済み)・・・
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カトーのオシ17青大将は喫煙室に非常口が在る初期型だったり(ところが調理室戸に窓が備わっているダウトがあったりw)・・・

何あれ客車は面白いですよね。
それ故、結果的に機関車はなくともどんどん増えていったのでしょう(反省
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by ar-2 | 2012-11-26 23:20 | 鉄道模型(国鉄形客車)
2012年 11月 25日

EF63茶色のメークアップ(一話完結)

このところ進めてきたメークアップです。
モノはトミーのEF63茶色・・・18・19号機とか24・25号機ではなく、ネイティブの茶色時代をモデル化したものです。発売は横軽廃止の年である1997年1月・・・文字通りの「瞬殺」で、一時それなりのプレミアが付いていました。今は中古店で欠品無しでも1/3ほどの値段で入手できます。
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まずはボディをバラします。
カトーがガチガチに組み立てられているのに対し、トミーはおしなべて分解し易い印象があります。とはいえ油断大敵であり、各パーツの嵌まり方を見ながら丁寧に進めて行きます。
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バラした放熱通風機とモニタールーフ。
今回のメインはこれらの塗り替えです。製品では屋上が俗に言う大宮工場仕様の「真っ黒」なのですが、EF63についてはブルーで落成した最初のグループである14・15号機までは放熱通風機をグレー、モニタールーフを車体色(茶色orブルー)としていたようですので、この茶色でも落成時のイメージに近付けるべくその仕様にしよう(ダジャレじゃないよ!)という魂胆なのです。
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マスキングは精度も大事ですが、何より慮られるのは「根気」です。
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上がりは・・・修正箇所もありましたが上手く誤魔化し?ました。
でも全然キレイではない事に変わりはありません(汗
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モニタールーフのHゴムは爪楊枝で色挿し・・・ここもキレイじゃないです。
30cm以内に接近禁止ね!(何
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色々こなしている間に車体へのナンバーインレタ転写や、別付けパーツの取付を行います。
それと動力ユニットのライトユニットを前後で交換します。製品仕様では軽井沢方がM車となっているのですが、三重連とした際にM車を横川方としたほうが安定する傾向にあるとこれまでの経験から見ているので、そうするわけです。単にスカートを前後で嵌め替えて且つ動力も反転させれば傍目には済みそうなものですが、それだと足回りが逆向きになってしまうのです(台車をよく見て下さい・・・前後対照にあらず!)。
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カバー無しのモロ出し避雷器に白色を施すとアクセントになります。
撮り方が下手糞なので全然目立っているように見えませんが(涙
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そんなこんなで終了です。
屋上の塗り分けもぶっちゃけ実車資料を基にしたわけではないので、正確性はま~ったくありません。なので決して真似しないで下さいw
粗を炙り出したら限りはありませんが、何あれイメージに変化をつけるという点ではまず目論み通りに行ったかなと思います。

そして・・・
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こっちも進行中!?
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by ar-2 | 2012-11-25 21:19 | 鉄道模型(電気機関車)
2012年 11月 24日

ドリームピロー

同人モノは辛くも(理性を保って)スルーしてきたというのに・・・


どういうことだ、おい・・・これって公式じゃねーか!




※オチはありません
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by ar-2 | 2012-11-24 23:30 | アニメ・フィギュア他
2012年 11月 23日

続・オロ80、高原のポニーとともに(その2)

舌の根も乾かぬ?うちの本日2本目ですが、(その1)で触れた

>オロ80の種車が全て戦「後」型折妻のオハ35(オハフ33)

という記述について、重大な補足事項があったので触れておきます。今更感がありますが、戦後折妻ってイコールキノコだったっけ?という疑問がまず浮かび、手許のカトーの完成品モデルとGMのとを見比べてみましたところ・・・。
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こちらはカトー製で
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こちらはGM製・・・って、やっぱ違うんじゃん!
そうだ、カトーのが「キノコ折妻」でGMのは「絞り折妻」だったんだ!



  い  ま  ご  ろ  思  い  出  す  と  か  誰  得  だ  よ  !  !  (  涙



で、それがどうオロ80に作用するかというと、オハ80になる前の原車番によっては「キノコ折妻」と「絞り折妻」に分類される危険性が出てくるわけで、そのタイプにまで拘るとなると「キットで組みたい」という我儘は脆くも砕かれてしまうわけです。それでは長野所属車に限って、原車番から形状を洗い出してみましょう。因みにオハ35の新製車に絞り折妻が存在しないというのが、カトーがキノコを採用した理由なのではと思ったりもしました(編入車には存在する)。

オロ(オハ)80 2005←オハ35 1213・・・キノコ折妻・キャンバス
オロ(オハ)80 2006←オハ35 1024・・・絞り折妻・鋼板
オロ(オハ)80 2007←オハ35 1026・・・絞り折妻・鋼板
オロ(オハ)80 2008←オハ35 1192・・・キノコ折妻・鋼板

オロフ(オハフ)80 2012←オハフ33 549・・・キノコ折妻・キャンバス
オロフ(オハフ)80 2013←オハフ33 1543(編入)←オハ35 1246・・・キノコ折妻・キャンバス

あ~、やっぱ混じりまくりじゃん~(涙
しかもカトーのはキノコ折妻でも鋼板だし・・・もうタイプ製云々は割り切るしかないか?
それより何より、窓の高さというか車体の大きさ自体が異なるカトー製とGM製の混成になる現実・・・だがそうすればGMキットの追加購入をせずに済む利点もあり(だがしかし手許のカトーのオハフ33が1両足りなかったorz)、大いに大いに煩悩を触発してくれます!(半ば自棄

とは言え最終的にはやはり「タイプ」という事で、絞り折妻3両+キノコ折妻1両くらいに落ち着きそうな気もしますが・・・もうちょっと検討してみます。

(その3)に続く。
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by ar-2 | 2012-11-23 22:38 | 鉄道模型(国鉄形客車)
2012年 11月 23日

オロ80、高原のポニーとともに(その1)

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さて、本日は久し振りに量的に纏まった買い物をしてきました。

続きを読む・・・
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by ar-2 | 2012-11-23 17:23 | 鉄道模型(国鉄形客車)
2012年 11月 22日

似て非なるもの~クモハ12050の場合

さて、この時入手したかのRMM100号付録の旧31系キットですが、早速カタチにしようかと思案中です(直ぐに手を付けるかは別w)。実は私にとってこのキットは3度目と言うべきで、1度目は片運のクモハ11200仕様に組み自由形の塗装を施してフリーランスとし、2度目はリベットを白キャップで溶かすという大失態を犯しポシャらせてしまい、そして此度がその3度目となるわけです。

ここまでの流れからすると「二度ある事は・・・」というよりは「三度目の正直・・・」に相当すると(都合良く)解釈でき、その構想練成にも力が入ろうというものです。ま、入るだけで大した事は実際しないのですが(汗 その仕様はどうなるかと言いますと、もっともベターな両運のクモハ12050にしようと考えています。あの1996(平8)年3月改正まで現役であり続けた鶴見線の12052・12053や、佐久間レールパークに展示されるも最終的には解体されてしまった12054が該当するタイプです。

そこでその青写真?ついでに、手許の12052・12053の記録をある視点で振り返ってみましょう。そのある視点というのは、12052が昭和4年車で12053が昭和6年車であるという、一見単なる製造年の差異に留まらず実はそれが外観に反映されていたという事実を、今更ながら再確認の意味を込めて展開してみようというものです。
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【※画像クリックすると拡大します】
左:1991年3月24日 12053(昭和6年車)増設運転台側 武蔵白石
右:1992年3月29日 12052(昭和4年車)増設運転台側 海芝浦

まずは増設運転台側、つまりクモハ11200時代は連結妻であった側です。前面貫通扉は引き戸のままとされ、方向板挿しがオフセットされた顔立ちは往年のサハ57改クハ55に通ずるものがありましょう。鶴見線の2台のその顔立ちに大きな差異は認められませんが、仔細に探れば無線アンテナへの引き通しを地味に違わせていますね。あとは銘板の枚数/位置とか・・・。よく見るとウインドヘッダが4年車はリベットであるのに対し、6年車は溶接に見えます(痕はありますが)。
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【※画像クリックすると拡大します】
左:1991年3月24日 12053(昭和6年車)非貫通側 大川
右:撮影年月日不詳  12052(昭和4年車)非貫通側 品川

次いでこちらはオリジナルの顔立ちを保つ非貫通側前面。こちらは・・・色々違いますね。箇条書きで纏めてみますと・・・

・間柱とそれに続く腰板および幕板のリベットの有無
・間柱の手摺の形状と位置
・ウインドシル下の手摺の有無
・幕板の手摺の有無
・4年車の台枠接合部が本来リベットの筈が失われて溶接となっている

リベットは4年車のほうが多い反面、6年車は手摺でゴチャゴチャしている印象がありますね。
それと右の4年車は側窓に保護柵が設けられている頃合ですが、排障器を塞ぐ「ダブル車上子」が見えません。
で、別の記録を追ってみますと・・・
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・1992年3月29日 12052(昭和4年車)非貫通側 海芝浦

ちゃんと備わっている記録がありました!
という事は品川のカットはこれ以前という事になるのでしょうか。ところがwebで漁ってみると一方の12053でも保護柵の無い時期に車上子が備わっていて、保護柵設置後に車上子の無い記録があったり・・・よくわかりません(涙
まあ無いよりはあったほうが(ry
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・1996年3月24日 12052(昭和4年車)1-3位側 鶴見線営業所

次いで側面です。
これはクモハ12のさよなら運転当日(ダイヤ改正は3月15日であり、その後に催された)にサプライズ?的になされた鶴見線営業所での撮影会におけるカットをトリミングしたものです。かなり見苦しいですが、リベットの多い4年車の特徴が窺えるかと思います。その範囲は幕板、ウインドヘッダ、間柱、ウインドシル、腰板とまんべんなく及んでいます。
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・1996年3月24日 12053(昭和6年車)1-3位側 鶴見線営業所

そしてこちらが対照の妙たる6年車の12053、一見してその「異様」さがお判りいただけましょうか。即ち12052と比較して、幕板のリベット無し、ウインドヘッダは溶接、間柱のリベット無し、ウインドシルのリベットは一列、腰板のリベット無しというもので、これこそが4年車と6年車の間に厳として存在したアイデンティティなのです。因みに当のRMMのキットは明らかに12052の4年車をモデルとしていますから、これから6年車を仕立てるとなると繊細なるリベット削りを要としますので、ある意味それなりのハードルではありましょう(無いよりはあるほうが(ry )。
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・1992年12月6日 11248(昭和6年車)2-4位側 大船工場

参考にこちら、クモハ12050の種となったクモハ11200の保管車として有名であった11248も紹介しておきます。同車は鶴見線の大川支線の制約によるケースを除いた国鉄最後の17M級旧国による旅客営業として、1980(昭55)年10月の101系化まで南武支線で活躍しました。その後はお約束の如くここ大船工場へと廃回されたのですが、何かこの11248は大船工場にとって記念すべきクルマであったことから(記憶が曖昧ですが)保管対象とされ、更に廃車手続きも直ぐとはされなかったのです(最終的に1984年廃車)。

以後、工場公開の機会に人目に触れるケースを除けばさして注目もされず年月を経ていったのですが、やがてその大船工場(晩年は鎌倉車両センター・・・だっけ?)自体が閉鎖されてしまったわけです。同所には他にもナハネフ22-1といった保管車両もありましたが、こちらは埼玉の鉄道博物館へと安住の地を得るも11248については一切の消息が途絶え、恐らくというかまず間違いなく解体処分とされてしまったのではないかと考えられます。先の12052・12053についても揃って大井に保管されていたのが、12053は貴重な荷電13007や三段窓を今に伝えた90801ともども重機の餌となってしまい、辛うじて12052が残されているに留まります。

以上が私の知りうる4年車と6年車との差異の検証ですが、他にも台枠なんかが違うらしいですね。そこまでは流石に追い切れませんが、模型的には外見の相違だけでも拘ってみると面白いかも知れません。そして他ならぬ私ですが、RMMキット組みはほぼストレートにしますw だって手摺なんて新たに植えるクリアランスも無いしオーバースケールだし・・・。まずは水平・垂直・の原則に徹し、「スッキリ・カッチリ」を目標にして仕立てたいと思います。
実は既に水面下で準備が進んでいるとか、いないとか?
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by ar-2 | 2012-11-22 22:59 | 記憶のレール(国鉄~JR)