赤い電車は白い線

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2011年 09月 30日

湖国大観(1日目その2・大津への路~静かなるイントロ)

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平時は朝のみ展開される嵐電の2連運行を何とか?満喫し、いよいよ湖国・大津へと臨みます。
嵐電天神川へと移動の後に地下へ下り市営地下鉄東西線へとアクセス。浜大津までの直通電車は狙わず
直ぐ発車の六地蔵行でまずは山科を目指します。

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by ar-2 | 2011-09-30 22:22 | 外出・旅行 | Comments(0)
2011年 09月 30日

湖国大観(前夜~1日目その1・京都の朝、嵐電の朝!)

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車中一泊、現地二泊の湖国大観から帰宅しました。いつも通りならまずは「予告編」でお茶を濁すところですが、
今回もお約束の如く大変なボリウムの収穫を得てきましたので、ちょっと飛ばして行きたいと思います。
無論、肝心カナメなポイントはしっかり押さえて紹介しますのでご安心?下さい。

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by ar-2 | 2011-09-30 20:22 | 外出・旅行 | Comments(4)
2011年 09月 29日

湖国からの実況(2日目)

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朝間の嵐電追撃もそこそこに京阪大津の「けいおん!痛電」に暮れた昨日からうって変わり、
本日は待望?の近江鉄道無双となりました。個人の場合午前9時からの販売となりますが
「ウォーキングハイキングフリー切符」を求めて貴生川から攻め、水口城南や八日市線沿線、愛知川橋梁などの
ポイントに足を運び「乗っては歩き」の繰り返しで疲r・・・ではなく、心地よい疲労感に満ちています(何

画像は本線の愛知川~五箇荘に架かる愛知川橋梁の米原方一径間でして、この部分のみ
ポニートラスとなっていますが愛知川橋梁全体が1898(明31)年の八日市開業時の
築でして、国の登録有形文化財となっています。委細についてはいつも通り、
後日の記事で・・・。明日は天候が微妙なので行程については白紙としています。
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by ar-2 | 2011-09-29 20:50 | 外出・旅行 | Comments(0)
2011年 09月 28日

湖国からの実況(1日目)

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本旅程では、短編ながら実況をします(元気があればですが)。
本年2月より約半年振りとなる近江行き、その1日目となる本日はもはや定番化した嵐電と、
日本一「痛い」電車であろう京阪大津の613Fをセットで訪ねました。

早朝から乗りっぱなしで正直疲れ・・・なんて言ってはいけませんね。心地よい疲労感に
満ちています(何 画像は言わずもがなですが、ある程度の収穫が得られ満足しました。
帰浜後、いつも通りに記事化する予定です。
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by ar-2 | 2011-09-28 20:01 | 外出・旅行 | Comments(0)
2011年 09月 27日

近江行の旅立ち直前にいきなりですが

うそおおおおおおな製品化発表!

一体この時期に何故?ですが、T急行お布施決定でしょう!
6連も8連も目にしていますが・・・迷いますね~。
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by ar-2 | 2011-09-27 19:39 | 鉄道模型(総合) | Comments(6)
2011年 09月 26日

新刊2ツ

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本日退勤後に寄り道し、買い求めて来ました。
まずは右の京急時刻表、23日発売です。昨年10月21日の羽田空港国際線ターミナル駅開業以来の発刊ですが、
今回もまた四直一斉改正ではなく自社線内での「変更」が発刊理由となっています。その「変更」の目玉といいますと
これまで面倒なスイッチバック転線を伴ってまで運行されてきた横浜始発の羽田空港行早朝便ですが、その種別を
特急からエアポート急行へと変更し、更には平日のみの設定であったのを土休日にまで拡大したのです。

そして種別についてですがエアポート急行としたところに重大な意味合いがあり、即ち仲木戸への停車によって
横浜線の始発電車からの乗り継ぎが可能となり、橋本、相模原といった町田以北からの需要の取り込みが今回の
種別変更の大目的なのだそうです。具体的なコースを示しますと、橋本4:34始発の横浜線電車の東神奈川着が
5:17、そこから仲木戸駅までを結節するペストリアンデッキで移動し、仲木戸5:25発のエアポート急行
羽田空港行(平日=501Dxレ、土休日=521Dxレ)に乗り継げば羽田空港国内線ターミナルへは5:49着です。

尤も変更前であっても横浜線電車から直の京浜東北南行に乗り継げば、横浜で4分のインターバルで件の始発の
羽田空港行へとスライド出来たには出来たのですが、区間によると思いますが東神奈川(仲木戸)乗換によって
運賃の安くなる面もありましょうし、何より一定の余裕を持って乗り換えられるメリットが立つのです。
横浜始発のエアポート急行の10分後には三浦海岸発の羽田空港行が続き、羽田空港国内線ターミナル着時刻は
6分しか違いません。にも関わらずここまで羽田空港行の早朝便にテコ入れするのは、京急にとっての屋台骨が
「京浜間」から「対羽田」へと完全に移行している証左でしょう。社運を賭して開業させたビッグバードへの路の
存在価値を下げてはならないという執念がひしひしと伝わってくる思いです。

そして左の刊は・・・タイトルだけでもうワクワクしてきます!待ちに待った「近江鉄道」刊ですね。
・・・って、発売日は明日の筈では?と思いきや、東京駅構内の某書店は並ぶのが早いんですよね~。
本日もそれを当て込んで覗いてみたのですがビンゴでした。そして近日に迫った近江行ですが、当初案は
いつものアプローチで大津一泊、翌日に近江鉄道入りして当日中に帰浜の予定だったのですが本刊を目にしてから
大いに揺れています(汗 休日は長めにとってあるので延長は可能なのですが、さて・・・。
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by ar-2 | 2011-09-26 20:31 | 買い物 | Comments(0)
2011年 09月 24日

15年前の川崎市営埠頭~赤い電車の記憶

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少し前の倶楽部の寄り合いでハナシの出た川崎市営埠頭。海外譲渡車両の船積み場としてよく知られていますが、今回は今から15年前の1996(平8)年夏に同地で記録した丸ノ内線車両について振り返ってみたいと思います。地下鉄丸ノ内線の車両は今でこそアルミボディの02系に統一されていますが、かつては300・400・500形といった鋼製車グループの独壇場であり、その装いは真紅のボディにサインカーブこと「正弦波曲線」のステンレス模様と共に白帯を巻くという斬新かつ華麗なもので、1954(昭29)年という戦後間もない時期の登場である事を差し引いても技術面、デザイン面ともに戦後の鉄道車両近代化のはしりとして絶賛され、名車の誉れ高き存在だったのです。
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丸ノ内線から「赤い電車」が姿を消したのは1996(平8)年の夏でした。最後まで運用されていたのは方南町支線で、荻窪~池袋間の本線部からは一足先の1995(平7)年2月に撤退しました。その捻出車両によって方南町支線のそれまでの主であった2000系を置き換えたわけですが、方南町支線での300形他グループの活躍は結果的に僅か1年半足らずのものとなりました。画像は置換え前の2000系ですが、白帯に正弦波曲線のステンレス帯が無しの「外様」的ビジュアルを見せています。また車体規格の違いを補うための「張り出し」ステップにも注目です。
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鋼製車グループの終の場は方南町支線、つまり3連を組成して運用されていたわけですが、1996(平8)年7月20日にはこれを2本繋げた6連で公募制の記念列車が後楽園→中野検車区間で運行され、その掉尾を飾ったのです。画像は同列車でしてお馴染み?の四ツ谷にて撮影。この場所も人だかりが凄かったですが、同駅のホーム端に比べればいくらかマシだった・・・ような記憶があります。あの頃は若かったから、長時間待ちも苦になりませんでしたね。
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丸ノ内線を去った鋼製車グループの多くは遠くアルゼンチンへと旅立つ事となり、ブエノスアイレスのメトロビーアス社でセカンドステージを歩み始めました。画像は1996(平8)年7月20日の記念列車運転後、恐らく最後の船積みを待つと思しき車両群の内の1両、記念列車の先頭に立った637号です。川崎市営埠頭での撮影時期はというと7月末から8月上旬と推測されますが、この頃の同地は現在と違ってフェンスは設けられておらず、港湾関係車両の出入りが無い日曜ともなれば岸壁から釣り糸を垂れる向きも居てその立ち入りは黙認状態でした。ですのでこの時も仲間から報せを聞いた後の日曜日あたりに出向いたのではと考えられます。
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こちらは上の637号の次位に連結されていた304号、丸ノ内線の「赤い電車」のパイオニアであった300形の内の1両です。製造時は両運転台車でしたが後年の更新工事によって中間車化され、戸袋窓も失われてしまったのでそのビジュアルイメージは激変。しかし屋上に目を転ずればオリジナルの二重屋根がそのままの姿を保っています。
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こちらは先頭車ですが貫通扉が外されており替わりにベニヤで丁寧に塞がれています。前面窓がHゴム化されていない原型を晩年時まで保っていたという事は中間封じ込めの車両であったはずですが、番号判定のカギはこの時にメモした船積み待ち車両の位置図と車両形状にかかっています。即ちこの時の陣容において「前面幕の両側に方向標識灯を有すグループ(~644号まで)」は先の637号の他に1両しかなかったので、584号と判定することができます。
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その当時のメモがこちらです。纏め方が稚拙なのはご容赦いただきたいところですが、これが恐らく最終と思われるアルゼンチン行の船積み待ち車両の配置図です。総18両、即ち方南町支線で活躍した6本全てが揃っているのです。その18両の組成ですが、以下のとおりであったようです。

 637-304-656 ※記念列車に充当
 653-744-700
 713-584-752
 729-719-720
 753-754-696 ※記念列車に充当
 771-772-734

また、中野検車区からの搬出車番と搬出準備日については「鉄道ファン」誌(通巻426)の読者投稿記事に詳細があり、それによりますと 
 
 7/10・・・719、729    7/11・・・653、720    7/12・・・700、744
 7/16・・・771、772    7/17・・・713、734    7/18・・・584、752

とのことですから、上のメモと対照すれば何となく搬出順序と整列位置に整合性が見えてくるのではと思います。また同記事においても川崎市営埠頭における船積み待ちの画(7/12撮影)がありますが、それによれば車両群は古枕木で組んだような桁の上に鎮座していて床下機器や屋根肩のルーバーもビニールシートに覆われていないので、これらの措置については川崎市営埠頭搬入後になされたと読み取る事ができます。

本記事を纏めるキッカケとなった話題の時点で「1両だけ車番の消息が判らない」と私が宣っていたのは、後に確認したところ車番の記入ミスであった事が判明したので(汗 ようやく体裁が整った格好です。今、丸ノ内線にはかつての正弦波曲線が甦りつつありますが、これは鋼製車グループにおける外部塗色を含めたそのデザインのインパクトの大きさと定着の根深さ、そしてそれ自体の優秀さが絶対的に証明されたものであり、深い感慨を覚えざるをえません。私が丸ノ内線の鋼製車を含め、日比谷線の3000系や銀座線の2000系に接した機会は決して多いとは言えませんが、鉄道趣味の醸成過程で刻まれた「脳内私鉄図鑑」における営団地下鉄の車両はまさに彼らであり、そのベルエポックの片鱗に触れる事が出来たという幸せを今一度かみ締めるものです。
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by ar-2 | 2011-09-24 19:13 | 記憶のレール(私鉄、その他) | Comments(2)
2011年 09月 23日

茶番

或るラッピング電車終了のお知らせですが、そもそも都内乗り入れの運用でコレに引っ掛かりかねない事が
予測できなかったのでしょうか。
老害酋長にア◎会社・・・「夢」を享受する主役であるはずの子供が置いてけぼりの構図は本当に情けない限りです。


まあ、端から江ノ島線だけにしておけば(違
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by ar-2 | 2011-09-23 07:26 | 多事壮言(旧・雑言) | Comments(0)
2011年 09月 21日

潰えた橋頭堡~京成白鬚線跡を辿る(後編)

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都下における京成の一支線として昭和初期に存在した白鬚線。都心乗り入れの橋頭堡として嘱望されるも、歴史の波に翻弄され僅か8年でその歴史に幕を下ろしました。数奇と言うよりは地味に、そしてひっそりと潰えていった同線の「残り香」を求めての廃線跡探訪は既に潰えた橋頭堡~京成白鬚線跡を辿る(前編)として紹介済みですが、今回は京成玉ノ井より先について記したいと思います。また、探索のカギとなる、国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システムも併せて参照下さい。

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by ar-2 | 2011-09-21 13:26 | 鉄道廃線(廃駅)跡 | Comments(2)
2011年 09月 19日

最近の・・・

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そういえばですが、昨晩の横浜立ち寄り時に画像の品を購入していました。その肝心の製作はというと
平時なら真っ先に取り掛かるであろう下半身の工作のメドが立っていません・・・どうしたものか。
その201と言えば、鉄コレにおけるK4/54も本当に楽しみですね。単に青22号の201を楽しみたいのであれば、
製作中のキットを青22号に仕立てても良いわけですし、カトーからカッチリした完成品(K2/52)も出ています。
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それでも私が待ちわびるのはやはり「K4/54として出される事に意義がある」からなのでしょう。
とりわけ、前面スカート周りの下半身の造型には目を惹くものがあり、そういった点でも大いに気になるのです。
折りしも世は「秋の関西鉄コレ祭」の様相を呈していまして、京阪2000、大阪市20中央、阪急3000、
南海1000、阪神5311の発売及び発表がなされました。グッと来るアイテムが無いと言えば嘘になりますが、
やはり冷静に考えればK4/54へと抱く期待の大きさには及ばないのです。
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こんなにも、青22号が愛おしくなるなんて・・・。
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by ar-2 | 2011-09-19 21:06 | 多事壮言(旧・雑言) | Comments(0)