赤い電車は白い線

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2009年 06月 29日

初めての江/電捜し

本日は色々あって疲れたので…というより、半分予定していたのですが退勤後に焼肉を食しに…。
ごくありふれた市井の焼肉ですが、気分転換にはうってつけですね。
ついでにその近所の模型店にて中古品も冷やかしました。先日から気になっているモデモのサンライン目当てです。

しかしというかやはり、簡単には見つかりません。もし見つかったとしても状態云々がありますからねぇ。一筋縄にはいかないです。
さて、モデモの江ノ電製品を初めて意識して捜したわけですが、やはり在庫アイテムには偏りがありますね。
他にも色々と気になったアイテムは多々ありましたが、成果はなく退散。明日も早いので早々に休みます…。
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by ar-2 | 2009-06-29 21:49 | 多事壮言(旧・雑言)
2009年 06月 28日

ゲバの山を見て思う

今朝方の出勤時、上り客線の車内から見えたもの。それは新子安ホーム東京方にある「置きゲバ(三脚)」の山でした。目視で10本くらい…時刻にして午前6時半頃のことです。ただ、そこにあるのはゲバだけで持ち主等の姿は見えず、故に「置きゲバ」というわけです。要は場所取りの小道具。それにしても恐らく初電時の駅開きダッシュでもしたのでしょうか。そこまでして狙うターゲットは…EF64 1001+旧客+EF65 501の「レトロ横浜」の送り込み回送に相違ありません。

まあ何処で誰が何を撮ろうが勝手なんですけど、ロクイチ、パック、ムーミンの居た頃は前述の2機なんて「刺身のつま」的存在ではなかったか…。今日日、「置きゲバ」までされて追っかけられる崇高なカマになってしまったのですね。時代は変わったものです。その過去のものとなったゴハチといえば、忘れられないのが東海の122号機でしょう。
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・平成4(1992)年7月12日 早川~根府川間の米神踏切にて撮影 9322レ
JR東海のお座敷客車、通称「ナコ展」がゴハチ牽引で上京するとのことで、友人と私は下り初電の東海道で現地に向かいました。当時の情報源は専ら「鉄道ダイヤ情報」か「鉄道ファン」の両誌…インターネットなんてありません。あとは偶にクチコミがあったかな。確かこの時はファン誌にゴハチ牽引の旨記されていたと思います。今と違い、事前に牽引機が特定されていたのは珍しかったのです。

そんなこんなで朝っぱらからミカン山に囲まれて待ち構えること数時間。そろそろという刻を迎えファインダーを覗き、息を殺して待つ…。トンネルから飛び出してきたのはナコ展を従えたゴハチですが、まさかまさかの茶色に大絶句!これが茶ガマ化後の初運用だったのです。その後122号機は僚友の青ガマ157号機とともに各種イベント列車に動員され、稼働率の高い?ゴハチとして名を馳せました。とりわけ印象深いのは、品川発着の旧客使用ミステリートレインで東日本の89号機とPP(プッシュ・プル)のコンビを組んだこと!当初は61号機充当であった筈が、何らかの理由で急遽122号機の登板となった…と記憶しています。保有会社の異なるゴハチがPPを組んだのは後先この時限りで、空前絶後の事だったのではないでしょうか。

そして今…東日本のゴハチは除籍されるも何らかの形で姿を留めていますが、122号機は今年初頭にあえなく解体されてしまいました。10年くらい前のある趣味誌には「現在稼動しているゴハチはこのまま(解体などなく)残るであろう」みたいなことが記されていましたが、あの頃とは時代が違うんでしょうね。ただ機関車を置いておくだけでは何にもなりませんから…。せいぜい今あるものを悔いの残らぬよう、黙々と記録することこそ撮り鉄にとって「強制されない使命」なのではないでしょうか。
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↑クリックすると別ウインドウで拡大します。ご覧下さい。
同じ日の米神での記憶に残るシーンを纏めてみました。

(左上)
突然やってきたノーマークの20系下り回送!牽引はEF65 1136で、客車は言わずもがなの下関車ですがホリデーパルとの混成も懐かしいです。最後部はナハネフ22の22番…やはり20系のデザインには特別なものが感じられますね。一度乗ってみたかったです。
(左下)
1060号機ですが原色のPFなんて…捨てコマだったのでしょう。今や注目タイプですからね。人生(車生?)なんて判らないです。積載コンテナに紫色が見えないのにも時代を感じますね。
(右上)
快速「アクティー」3752Mの先頭に立つ付属編成はT編成(静シス)!JRマークが車体の隅でマクロサイズのオレンジ色になる前、他のJRマークより一回り小さいものであったことを覚えていますでしょうか。まだ足回りのグレー化もなされず、車内の座席カバーとJRマークのサイズくらいが識別点でした。
(右下」)
302M「東海2号」。この時から実に4年後に特急格上げとなり、有終を飾りました。置き換えの話は常にあったように思いますが、具体性はまだ全くありませんでした。(近郊型含めて)大目玉がちょっと珍しくなってきた頃?ユニットサッシのTs108番にも大いに萌えます!

私自身は線路際から遠ざかって久しいですが、偶の乗車行でこの米神を通過する折にはふとあの頃を思い出します。撮るに値するようなアイテムはほぼ壊滅してしまったものの、再訪したい気に駆られますね。
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by ar-2 | 2009-06-28 19:47 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2009年 06月 27日

21年前の「サンライン号」

昨日から復活した江ノ電1500形「サンライン号」。1500形の母体である1000形のデビュー30年(!)を記念した企画のようですが、
まさに太陽をイメージさせる明るい出で立ちは一足早い盛夏の空気を運んできてくれたようです。

私とかつての「サンライン号」との出会いは今から21年前の1988(昭和63)年のちょうど今頃、コンパクトカメラ持参での撮影行でしょうか。
その前に偶々藤沢に家族で外出した折に目にした江ノ電の線路。待ち合わせ時間までの単独行動でその線路につられるがままに行くと
石上駅に出ました。その距離のあっけなさと単線というロケーションに惹かれ、後日散々ねだって前述の如き撮影行を許されたのです。
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当時の私は小6。
写真撮影に対するスキルとか姿勢云々なんてのはナンセンスですが、今見ると「何とか撮れている」といったところでしょうか。
画像は石上~柳小路間の線路脇、警報器も遮断竿も踏板さえもない「第四種以下」の踏切での撮影です。
当時はこのような踏切のと出会いもまた驚きだったことでしょう。列車を見上げるローアングルは意図したものだったのでしょうか。
画像を仔細に見れば「サンライン号」の重連、1501F+1502Fの組成であることが判ります。まさに編成美。
それと連結器が現在とは異なり、胴受け上の車体の欠き取りもポイント。復活仕様とはきちんと差を見せ付けています(笑
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昨日の復活「サンライン号」を目の当たりにして、やはりというかチョット模型が欲しくなりました。モデモのやつです。
しか~し、モデモの江ノ電シリーズは呆れるくらいのラインナップが展開されていまして、一度足を踏み入れるとズブズブ…となりかねないので、
これまである意味ずっと敬遠していたわけです。そこで代品で我慢?というわけではないですが…画像のカプセルプラレール、カワイイです。
いわゆるガチャガチャで入手できるゼンマイ仕掛けのオモチャですが、塗装はしっかり「サンライン号」してます。
これが出た頃、他のバージョンともども編成を揃えるために、ガチャガチャしまくった記憶があります…何やってんだか(汗

そして件のモデモ製、実は地味?に人気があってモノが市場にあまり無いようです。発売時期とか数量とかあるんでしょうけど…。
見かけたら買っちゃいそうで、あ~コワイ!ま、まず見かけないとは思いますが…。
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by ar-2 | 2009-06-27 21:36 | 記憶のレール(私鉄、その他)
2009年 06月 26日

江ノ電1501F出場!~甦るサンライン~

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江ノ電1501Fが検査入場に併せてデビュー時の「サンライン号」カラーを纏って出場し、本日より運行開始となりました。
私は偶々公休日でありまして、この嬉しいニュースに釣られて丸半日に亘って追っかけてきました。
往年のグリーン・クリームツートンを纏った車両ばかりで地味な気色であった江ノ電車両群に、かってのトップモードが復活です。

今夏はサンラインがアツい?
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by ar-2 | 2009-06-26 23:25 | 外出・旅行
2009年 06月 25日

北陸への路

去る5月の飯田線行も記憶に新しいですが、既に来る8月の盆シーズンの旅行計画が浮上しています。
言いだしっぺの某氏が幹事というか「幹事基準なので各自工夫の事」と。要は宿泊地と呑み場所だけは決まっていて、
あとの道中は好きにしなさいよ、というものでしょう。判り易く言えば「出張呑み会」?みたいなものでしょうか。
で、今回の訪問エリアは北陸。というか富山地鉄のレッドアローが幹事の目的らしいです。
地鉄は私も過去に乗車したことがありますが、レッドアローの入線前でした。もう随分以前のことです。

一応の基準行路では、早朝にこちらを発って高崎~上越~ほくほく線経由で富山へ到るというもの。
基本は18きっぷ使用ですから、ほくほく線のみは別途運賃を支払います。富山で宿泊の後は高山本線で岐阜へ抜け、
名古屋で二回目の宿泊。そして3日目に東海道~天竜浜名湖鉄道を経由してこちらに戻ってくるという案です。
ところが同行の別の某氏は各自工夫というコンセプトに呼応?して、「能登」か何かで金沢に先着し北陸鉄道を堪能する由。
そうか、それなら私も私なりに楽しみたいと思いプランを練ってみました。

A案…「ムーンライトえちご」に乗車し、折り返し新潟~長岡~直江津で富山に到るもの。日付変更駅の高崎まで別途運賃¥1890を要するが、
必要経費と割り切れば無問題(ほくほく線も別途だし)。これだと富山着が10:04で基準行路よりも4時間早着できる。

B案…「ムーンライトながら」に乗車し、大垣~米原~敦賀~福井で金沢に到るもの。小田原までの運賃を含めても、
北陸への到達時分という点では経済的な案。金沢着は10:10で、北陸鉄道の廃止予定区間や元京王3000、元東急7000の
東急車輛コンビを堪能できる。たっぷり半日遊べて金沢を16:00に発てば富山には17:04着。上手く組み立てれば高岡の万葉線も楽しめるかも。
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北陸の私鉄ということで、18年前(平成3)の画像を紹介しましょう。アルペンルートへの家族旅行で、単独行動で巡った折りのものです。
上段は富山地鉄の電鉄富山で撮影した元名鉄の14710形。現場の方は「イチヨンナナトー形」と呼んでいました。いわずもがなの吊り掛け電車。
下段は北陸鉄道浅野川線の上諸江で撮影した5100形。Hゴム多用の「北鉄スタイル」も今や過去のものとなってしまいました。

18年後の今、上画像の車両はもうありません。
しかし、前述の如きの東急車輛コンビや地鉄の元京阪3000(Ⅰ)、レッドアロー、さらには富山港線の生まれ変わりのLRTや、
新生万葉線の姿も見てみたい!地鉄の市内線も忘れちゃいけません。見所イッパイ、北陸の私鉄はまだまだ面白そうです。
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by ar-2 | 2009-06-25 22:36 | 多事壮言(旧・雑言)
2009年 06月 20日

横浜市電

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本日は退勤後、東京駅の栄◎堂で画像の書籍を購入。RMライブラリーの最新刊です。
これまでにも横浜市電に関してはJTBキャンブックスの今昔対比など幾らかの刊行物がありますが、
車両史にスポットを当てたものは皆無に等しかったのではないでしょうか。特に今回の上巻のように戦前史を纏めるということは、
書籍中でも触れられていますが震災・戦災による資料の散逸などからしても困難を極めたのではないでしょうか。

グラフィック面では故・高松吉太郎、故・臼井茂信両氏の記録が、往時の様子を鮮やかによみがえらせてくれます。
私は実際に生きた市電を目にしていない世代ではありますが、市電保存館の存在を通じて以前から関心を寄せてきました。
開港150年という節目はともかく、この見事な戦前史を見逃す手はありませんでした。
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横浜市電繋がりで一枚。
若かりし頃のお袋のプリントです。以前は特に何とも思いませんでしたが…まずはバックの建物。
画像では見辛いですが「京浜急行 横浜事業所」とあります。現在、このような部署は存在しないようでして、
当時の市街地図も見てみましたが住所の特定には至りませんでした。そしてその建物に垂れ下がる広告幕のコピー。
「秋の三浦半島 南房総 快速特急大増発」とあります。
快速特急が登場したのが昭和43(1968)年ですが、この時すでにハイキング特急の銘は消滅。
とはいえ対南房総連絡が意識されていたということは、まだまだレジャー全盛期であった頃の記録なのでしょう。

そしてお袋の立っている場所。以前は道路の路肩?ぐらいにしか思っていませんでしたがどうも様子が違います。
傍らのポールには「この停留場では前頭部の降車口からも乗車出来ます」と上部にあり、良く見れば後ろの車線は一方向。
さらにはポールの下部には縦書きの広告で「甘納豆は米屋本店 本店横浜橋電停前…」とあるあたり、まず間違いなく
横浜市電の電停で撮影されたものと思います。

以上の事柄から、このプリントは昭和43年以降、市電全廃の47年までの間に撮影されたものなのでしょう。
しかし肝心な撮影場所、特に京浜急行横浜事業所という物件がありながらも謎のままです。撮影者は入籍前の親父でしょうがすでに物故。
当たり前ですがお袋に訊いても場所の特定どころか記憶すら曖昧ですが、何とか調べ上げたと思います。
もし…ですが、この画像で「ピン」と来られましたら、コメント欄にてご教示いただければ幸いです。
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by ar-2 | 2009-06-20 22:11 | 記憶のレール(総合)
2009年 06月 19日

つぶやき

職場とか日常とか、色々考えると疲れることって多々ありますね~…。工作とかする気に全然ならなかったり…。

今日はもう適当に酔っ払って(いつものことですが)、寝ます。

京急500、いつ完成すんの?自分のことですが気がかり半分、他人事半分です(笑
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by ar-2 | 2009-06-19 22:43 | 多事壮言(旧・雑言)
2009年 06月 18日

ディスプレイクリーナー?

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チューハイ→久米仙→マッコリ→(ry でヘロヘロの私です。こんばんは。
さて、今夜は横浜駅のキオスクで画像の品を購入しました。モノはディスプレイクリーナーとのことですが…?

キオスク店頭には横須賀線開業120周年グッズのPOPがあり、記念メダル3枚組(70系、113系、E217系デザイン)は完売御礼とか。
70系電車のクハ76を象った携帯ストラップと、113系を象った「ディスプレイクリーナー」は販売中でありましたが、
1人1限って…そんなに人気なんですかね。尤もその煽り文にのせられて購入したわけではなく、POP画像を見て思わず
「カワイイな~」と感じてしまい、クリーニングするつもりも毛頭無いのに、買っちゃいました。
屋根上には輪郭だけのクーラーみたいなものと押込型ベンチ。側面に戸袋なんてありません(笑 でもほのぼのとしたデザインが懐かしく嬉しいです。

やっぱ113系はスカ色が馴染みがあります。本クリーナーにプリントされている車番「クハ111‐1111」は実在しましたね。
平成11年11月11日に運転された「横須賀線開業111年記念号」では、なんと指定席車!でした
てことはあれから10年?でも120年だから9年前…まあいいいか(笑 7月にはコレの湘南色も出るようです。混結しようかな~なんて…。
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by ar-2 | 2009-06-18 22:59 | 買い物
2009年 06月 17日

夢の街、夢の国、夢の跡 ~ドリームランドモノレール廃線跡を行く~(その5・本編最終回)

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その4に続く、先月初頭以来のレポート再開です。抱えているものも多いのですが私にしては真面目?に纏めたシリーズなので、いつまでも尻切れというのも不恰好ですから…・。前回は玉縄台住宅のはずれ、大規模な切通し跡を見渡せるポイント(U地点)までのレポートでした。今回はモノレール大船駅跡と、そこを俯瞰できるであろう社宅敷地へのアプローチを目指します。

目指す頂への遠い道程…
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by ar-2 | 2009-06-17 18:33 | 鉄道廃線(廃駅)跡
2009年 06月 14日

こんな日もある

休みの日に限って朝早くから目が覚めてしまう。正直ツラいです。
今日は午前中からツイておらず、都電の撮影会とか相鉄の展示会とかありましたがどこにも行けず。
旧作の模型の床下を少々弄ったのみ…
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そういや模型店で先日GMのN1000(1次車)が並んでいるのを見ました。
モノは以前にクロポブランドで黄色のスリーブ入りで8両フルで発売したものの通常品化。4Vのサハの増設パンタ準備屋根が新規なくらい。
クロポブランドの時はちゃんと「タイプ」って付していたけど今回はそれは無し。側窓縦寸法については割り切っているようですが、
そうはいっても見た目やはりデカイ。もっと言うと2次車以降としても(模型のは)気持ち大きい気も…結局迷いつつも購入は見送りです。

その寸法差が実車で20㎜ですから1/150ですと約0.1㎜。たかだか…と侮るなかれ、ドリルの刃だって0.1㎜ピッチで販売されているくらいですから
視覚的な差は想像以上に大きいです。わざわざ1次車っていうくらいなら、グリーンガラスやピラーだけでなく手をかけてほしいところですが、
まあ無いものねだりですね。まだ宮沢の600ベースのほうが「窓寸法の雰囲気だけ」なら似ていますので、まだこちらで楽しむこととなるでしょう。
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そういやコイツも来月発売でしたね…まだサンプルとか出回っていないようですが、密かに期待しています。
登場時は文字通りの異色の存在でしたが、いまや見かけないことが無いといってもよいほどに増備され、満を持しての製品化でしょう。

「単なるコストダウン」「ただの妥協」と登場時からコテンパンなN1000ステンレス。確かにそれを言われちゃ身もフタもないんですが、
大概そういうことを言い続けるクチって沿線のファンとか京急ファンではないんですよね。
私も実際、その登場時には大変驚きそして戸惑い憤慨し「こんなの京急じゃない!」と、まあありがちな拒否反応を示したものです。
例えていうなら学校とか職場に全く毛色の異なるメンツが入ってきたとして、それは大袈裟に言えば文化とか言葉とか、
根本的なところに相違があって「こんなヤツと一緒に(働ける)過ごせるのか」ってなるような感覚だったでしょうか。
でも、会社(学校)が採用しちゃったんだからしょうがないよね…みたいな流れになると。

でもでも、そんなヤツとでも一緒に過ごす時間を積み重ねることによって、頭ごなしのファーストインプレッションだけでは絶対に見えなかったような
いい面もどんどん見えてくるし、それが理解を深めるがための糧になり、やがてはマイナスイメージが消えていった…というところでしょうか。
N1000ステンレスの上り快特、子安通過の右カーブで左に大きく遠心力が働き、立ち状態の躯体が山側にへりつくように傾く。
でもナローゲージのような不安定な揺れは見られず、躯体はグッとへりついたまま。その瞬間、確かにこの車両は京急なんだなって実感しました。

足回りは弄ってないんだから当然だろって?それは勿論そうですけれど、上回りだって負けちゃいません。
その優秀な下回りを活かす事が出来ているわけですからね。ブルースカイトレイン+ステンレス4連の12連を見たことがありますか?
あの鮮やかなブルーとギラギラしたステンレス地&赤のカラーテープのコントラスト!一度見たら忘れられません。
偶に見られる塗装車体の4連とステンレスの4連のマッチングもまたよし。朝の15Bは4+4+4で3Aまで流れますが、
ステンレス車を(が)サンドイッチ!なんてこともあるのでしょうか?運用面のみならず車種バラエティーへの彩り添える立役者という側面を、
N1000ステンレスから見出すことも出来ると思います。何あれ、どんな仕上がりで製品化されるのか楽しみです。
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by ar-2 | 2009-06-14 21:43 | 多事壮言(旧・雑言)