赤い電車は白い線

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カテゴリ:記憶のレール(国鉄~JR)( 88 )


2015年 01月 21日

最近のヒット

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・・・といえばこの書。
既に21年前のものである。

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心躍るキャプションとビジュアル!!


齢30代の私が「ジジ臭い」と言うのも何だが、近年の鉄道趣味商業誌には無い魅力がこの年代の書にはあふれ出ている。それはとりもなおさず、実車が無味乾燥というか平たく言えば「つまらなくなってきた」事の裏返しであるように思う。2015年現在の商業誌には、21年前のそれを越えられない壁がある。時代の進行と共に、何もかもが劣化するのだ。
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by ar-2 | 2015-01-21 22:58 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2015年 01月 08日

パーイチいろいろ(といっても2点だけ(爆

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アルバムを漁っていましたら出てきました・・・ご存知133号機。
しかも撮影場所が新宿とはこれ珍しいですが、見慣れぬカンからして何かの団体でしょうか。にしても当時はわざわざ撮りに逝ったわけで・・・今だったら面倒で絶対逝きませんww
133号機は後天的にヒサシを装備した1台で、長岡から田端へと転属して★ミまで貰っちゃったスペシャリティーなカマ。トミックスでは「エルム」セット(品番92757)にのみ込まれている極悪仕様なので、今となっては入手が難しそうです。
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ご存知虹釜の95号機。場所は大宮の公開ですね・・・「北斗星」のカンがよく似合っています。相方というかメインであるはずの客車をとうに喪失しながらも、そのアイデンティティたるサイドビューのロゴが不変なスペシャリティーなカマ。1998(平10)年頃の例ですと、田端の星ガマの殆どが白ゴムのままだったにも関わらず、この95号機は早々に黒ゴムへと変更されていました。なので手許の95号機の白ゴムの記録は案外無いという(汗
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by ar-2 | 2015-01-08 22:42 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2015年 01月 02日

それはまるでつい先日の記憶のような

来る新年会兼運転会が三連休の土日に設定されているのは既報の通りですが、本日シフトを確認したところ土曜から火曜までの4連休が確定していました。この時期に・・・と巷間では顰蹙を買いそうですが、そのぶん年末年始は働いているのですよ・・・。尤も、準備が必要な運転会前ではなく運転会後に休みがあっても大して嬉しくないというのが正直なところですw

ま、そんなわけで本日は無作為に抽出した拙撮影のプリントで適当にお楽しみ下さい(ゲス顔
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・1992(平4)年10月25日 新宿
「高機」のEF65 532牽引のワムハチからなる「紙列車」。
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・1992(平4)年5月4日 (初代)新橋駅跡
汐留地区開発に伴う発掘で姿を現した鉄道創業時の新橋駅プラットホーム/駅舎跡。遠方を横切る100系も懐かしい。現在界隈は埋められ俗化し、歴史的遺物の面影偲ぶ縁(よすが)も無し。
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・1992(平4)年7月12日 早川~根府川
有名撮影地の米神踏切にて遭遇した西日本20系客車の回送!ホリデーパルの塗色は私は案外嫌いでは無く、模型でも欲しいと思うが機会に恵まれない。本回送はオリジナル塗装との混成で、画像はその結節点を捉えたもの。最後部車はナハネフ22-22とゾロ目であったのも思い出。
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・1992(平4)年11月3日 本郷台
当時901系充当運用の定番であった17Aにおける1216Aデで姿を見せたのは901系B編成!まだ量産車たる209系0番台なぞ無かった頃だ。幕板の帯が黒色なのが今からすれば異様だが、当時なりの試金石的なものであったのだろう。
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・1991(平3)年4月21日 尾久
何の事は無いPFwith12系の組み合わせだが、その撮影地が尾久のホーム北端であるのに注意。通常ならば尾久客への入庫は上野からの推回、もしくは尾久客の北端(王子寄)からがデフォであったはずで、画像の如き尾久駅ホーム北端から片亘りを介しての入庫はかなり珍しかった筈・・・と記憶してはいるが、委細は今や全く判らず・・・。客車列車自体がもう絶滅同然だからね。
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by ar-2 | 2015-01-02 22:16 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 12月 30日

また頭がおかしい年末クライマックス・死して屍拾う者無し

「そしてジ・エンド」


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「PLAY BACK~あのとき何処で」

1990(平2)年12月30日、私は東京駅に居ました。多くの出迎え客が居並ぶホームに滑り込んだロクロク50号機牽引のブルトレは10レ「あさかぜ4号」!写真奥の引上げ線にも別のロクロクが見え、民営化後における東海道ブルトレが最も充実していたであろう時期の様子が見てとれます。そしてその客のいずれもがケータイやスマホといった糞ツールを手にしていない!無論、当時はそんなものがなかったから。今はみんな「下を向いていて、前を向いていない」。まっとうな世代が育つ期待がこれっぽっちもありません。

そして50号機がライトオンしていないのにも注意!今の世代には信じ難いかも知れませんが、90年代アタマまでは昼間は悪天候を別とすれば、前照灯を点灯させる必要なぞ無かったのです。そうでなくなったのは、いわば事故や障害が増えた事の顕れであり・・・時代の進行とともに何もかもが退化するのです。
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by ar-2 | 2014-12-30 01:01 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 12月 18日

また頭がおかしい年末リメンバー(特別編・パーイチの予感!!)

以下、拙撮影の平均20数年前の画像ですが、再掲を含みます。
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星ガマの94号機、青森口での間合い運用でカサカサの50系の先頭に立ちます。
583も麗しい!
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同じく星ガマの78号機、季節臨「エルム」の先頭に立ちます。「エルム」は大して注目もされず終始地味なポジションにありましたが・・・。因みに私の初渡道の復路に乗車したのが「エルム」でした。「北斗星」が超人気でチケットがとれなかったのですよ・・・。昨今のような葬式騒ぎではなくて、です。
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そしてこちらは星ガマではない「東日本色」の真っ赤なパーイチ、それも昨今リバイバル「お召」で注目されているハイハイこと81号機です。まあ、それだけなら何てこともありませんが・・・
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そのハイハイが「リバイバルではない」(ここ重要)ローピンwith銀帯から装いを一転させた直後の姿がこちら!ついにお召姿も終わったかと当時は驚きをもって迎えたものですが、それより何より(※赤色への塗装変更は数年前に済んでいました) 側面のJRマークが小さいのに大注目!!!時代考証を詰めれば斯様な時期も確かにあったのです。私の知る限りではマスプロ完成品ではラインナップされていない姿です。
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そして〆は私の大好物なヒサシ付です。それも旧態としたローピン・・・。
9ミリでのこのヒサシ付のバリエーション、トミックスでは思いつく限り以下でのラインナップです。


・(限定品)の東日本色・白ゴム
・(イベント会場限定品)のローピン・白ゴム
・「さよならはくつる」セットに同梱の東日本色・黒ゴム(前面中央小ステップあり)
・「エルム」セットに同梱の星ガマ・黒ゴム
・「さよなら北陸」セットに同梱の東日本色・黒ゴム(双頭連結器・6代目ロット)
・「さよならあけぼの」セットに同梱の東日本色・黒ゴム(スカート新規・6代目ロット)


なんと、レギュラーアイテムとしての単品流通が無いという強気設定ですw
にしても唯一のヒサシ付ローピンが十数年前のイベント会場限定品とは・・・極悪やでぇ。対するカトーはというと東日本色が双頭連結器の有無で単品ラインナップされており、一見良心的ですがどちらも黒ゴムなので時代設定は結構限られるかと思います。

まあ判りやすく言うと、50系を牽いていた頃はヒサシの有無に限らず東日本色であれ星ガマであれ、白ゴムであったというわけであり・・・

パーイチの予感!!


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by ar-2 | 2014-12-18 23:24 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 12月 03日

グレードアップあずさ色、再び!!

よもやこのカラーが復活するとは思ってもみなかったが・・・。そう、鉄模界では「イタリアン」とも呼ばれ、カトーのプレミア潰しとも言える特別企画品による復刻製品化も「色飛びの事象」や「造り過ぎ」でケチがつき、発売された当初以降暫くはダダ余りで目も当てられなかったのです。そんなアイテムを予約してまで買ったクチは・・・ええ、ここに居ますよ。笑えやwww
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・1990(平2)年12月23日 大船 「湘南新宿ライナー24号」9744M AM7:53頃

このカラーの当時における一般的な呼称は「グレードアップあずさ」色。「ニューカラー」ってのはその後の水色ベースのやつね・・・。あれは115・169系あたりもそうなんだけど、長野五輪に向けたイメージアップで成されたものだから、長野五輪がもし万一催されていなかったら、信州界隈の塗色もどうなっていたか。運命なんて判らないものです。

それはさておき、この「GUあずさ」色はお約束の間合い運用で東海道線に日常的に乗り入れ、滞泊の関係で熱海まで入線していました。イレギュラーでは団臨運用で伊東まで顔を出し、リゾート21とも対面しています。中央線のみならず、なかなか私の地元までアグレッシブに稼働していたのです。冬の朝は太陽が低く、8時が間近な頃合いにも関わらず光線が眠い大船を掠めて行く「GUあずさ」色を狙う当時の私もまたアグレッシブだったとかそうでないとか・・・。既に24年も前の事です。
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by ar-2 | 2014-12-03 00:29 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 10月 30日

ぺちゃんこのチャンピオンマーク

「スーパー雷鳥」。
そのイメージはパノラマグリーン車に集約されます。
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これね。
末期の国鉄色は物凄くダサかった。そもそもが国鉄のデザインではないので、やっつけ感は半端無かったです。
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他にはごくフツーの電気釜とか・・・
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異色のクモハもありましたね。
で、本題は・・・
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コイツ。
485系「くろしお」の生き残りだったらしい。
クハ480なる形式も初めて耳にしましたが、それより何より485系「くろしお」自体がレアなものです。
で、コイツはクハ481-801へと改番され、スーパー雷鳥色から国鉄色へと装いを回帰させた由。
なのでweb上の画像の限りではスーパー雷鳥色のほうがレアになっているのは皮肉ですw
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そう考えると、こんな取り合わせはレア中のレアになるのでしょうね(ここぞとばかりのドヤ顔

※画像は言うまでもありませんが全て拙撮影です
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by ar-2 | 2014-10-30 00:31 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 10月 26日

間もなく入線?「なつかしの磐西客レ」セットのこと

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私の客車趣味は昨日今日に始まったものではありません。
二次資料たる商業誌からデータをピックアップしフィールドノートに纏めるといった作業は、10代そこいらから始めていました。逆に言えば今は全く行っていませんが・・・。もっというと旧客が全ての嗜好ではありません。確かに大井川や高崎といった動態保存車ではない「現役」の旧客に接し得なかったが故の焼けつくような「憧れ」もありきですが、50系(以下、特に断りの無い限りレッドトレインの事を示す)のような自動扉エイジの客車は現役時代に接し乗車もしていますから、これはこれでそれなりの思い入れもあるわけです。

前置きはさておき、その50系ですが私が実際に乗車したのは久大本線、筑豊本線、磐越西線、そして北海道の51形(快速「らんしま」)となりますが、他にも乗車し得なかったものの星ガマEF81が間合い牽引する盛岡~青森間の東北本線客レなどは目にしています。表題にある「なつかしの~」はトミックスが磐越西線における50系引退後に発売した限定品のそれであり、三つ目ガマとして当時人気を誇ったDD51 745と50系を4両セットしたものです。
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磐越西線の50系に乗車した事があるとは言いながら、証拠のプリントがついぞ見つからなかったのは片手落ち・・・。ただ、それが載った別の媒体ならなくもないのですが(意味深 それはさておき、今回の「なつかしの~」はいつも通りというか中古品でポチったわけで、現物はまだ手許に無いもののお迎え準備?として、その磐西客レについて少々予習をしておこうと思います。

磐越西線の50系は1995(平7)年12月のダイヤ改正で引退しましたが、最終日となった同年11月30日概況は、電化区間では所定4本のうち3本(1221レ、1222レ、1237レ)が50系で運転され、1236レが電車(455系?)へと先行して置き換えられました。新津口の非電化区間では朝の223レ(会津若松→新津)が前日に運用終了した4両+所定4両の8両で運転され、更には牽引機にDD51 745が抜擢され華を添えました。夜の236レ(会津若松→新津)も50系で運用され、翌12月1日には電化区間における運用終了車4両を足したやはり8両で、これもDD51 745が会津若松から所属区の上沼垂まで回送を担っています。

「なつかしの~」セット内容は件のDD51 745の他、50系がオハとオハフ各2両の合計5両となっています。翻って当時の記録を見てみますと、4連中の3両がオハフ(JRマークがあるので遠目にも判る)というケースもあったようで、確かに当時の上沼垂運転区(新カヌ)の50系の配置表の限りではオハフが圧倒的に多いものの、これは需給の都合というよりは運行上の都合と言ったほうが良いかもしれません。即ち、無人駅での集札を考えると編成両端にドア扱いの出来る乗務員室が在るよりも、編成中間でドア扱い可能なほうが都合の良い場合もあるわけで、このあたりが意識されて組成されていたはずです。これは磐越西線に限らず、50系運用線区においては概ね共通して見られた事象ではないかと思います。

で、その当時の上沼垂運転区の配置表(1995(平7)年4月時点)から50系をピックアップしてみますと・・・


・オハフ50
2045 2047 2048 2053 2058 2293 2294 2295 2296 2297 2300 2301 2308 2309 2310 2311 2312 2313 2314 2315 2316 (計21両)

・オハ50
2034 2035 2037 2041 2042 2193 2194 2205 2206 2207 2208 (計11両)


となります。これではオール「オハフ」の編成が組まれても不思議はありませんね。兎にも角にも、私にとって「なつかしの~」は初めての50系モデルとなるわけで、これまでの古色蒼然とした客車模型趣味に華が咲くのも間近で楽しみな限りです。

以下、オマケ
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磐越西線ネタではなく恐縮ですが、筑豊本線の対向列車車中から捉えた50系・・・ですが、最後尾にはスハフ12が連結されています。それも俗に言う1000番台の類の一般型化改造車ではない、ノーマルです。
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更に私が乗車した50系列車の最後尾は・・・
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なんと「シュプール大山」用の12系、つまりリクライニングシート装備車!が連結されていました。この当時の筑豊本線においてはこのような組成がデフォだったようです。
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若かりし日の私と50系・・・顔が隠れていたら若いかどうか判らないって?ご想像にお任せしますw

※参考文献:「鉄道ファン」№411、№418
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by ar-2 | 2014-10-26 21:58 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 08月 29日

本日は・・・(富山城址公園の9628)

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公休日ですが所用があって外出。そのついでで横浜まで出、画像の品を仕入れてきました。因みにタネ車は手許にありませんw
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最近9600が入線しましたが、それ繋がりで思い出したのがこれ。今から23年前の1991(平3)年5月3日、家族旅行の折に撮影した富山城址公園の9600形9628です。これ目当てでわざわざ出向くほどの蒸機への関心は当時無く、完全に行きがけの駄賃。細部も眺めず慌ただしく1カット記録したのみに留まっています。前面のナンバーが喪われているのは現在もそうですが、少なくとも23年前にはその状態であった事が判ります。但しキャブ公式側のナンバーはこの当時健在で、赤色のプレートが見えます(現在は喪失)。
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by ar-2 | 2014-08-29 18:06 | 記憶のレール(国鉄~JR)
2014年 08月 23日

さようなら

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あの日の新車の匂い、忘れないよ。
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by ar-2 | 2014-08-23 22:37 | 記憶のレール(国鉄~JR)