カテゴリ:保存車両を訪ねて( 23 )


2015年 03月 07日

鉄道博物館へ行ってきました(その4・新幹線高架下で本気出す)

・鉄道博物館に行ってきました(その1・埼玉入りが久し振り過ぎる件)
・鉄道博物館へ行ってきました(その2・保存車両の視るべきポイントをズラしてみる)
・鉄道博物館へ行ってきました(その3・てっぱく落穂拾い)


お帰りはニューシャトルに乗らず、某氏もおすすめの徒歩コースを辿ります。
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大宮工場の北端に保管車両が肩を寄せ合っているエリアがあります。
しかし塀が身の丈以上でして・・・まずは門扉の隙間からパパラッチ!
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次いで門扉の下からパパラッチしたら枯草にピントが!(爆
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三度目でパパラッチ成功!
手前は操重車のソ300で、奥に見えるのは301系の先頭車ですな。
因みに割と最近にガスタービン車のキハ391とED16 10が解体されてしまったそうですが、ED16に関してはもう十数年前に4号機も一足先に解体されています。ということは大宮にはED16が2台も保管されていたわけで・・・。確かに青梅に1号機が居ますからダブりといえばダブりですが、その法則で当て嵌めると今現在大宮に残っている保管車両も先は危ういかも知れません。
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高架下側に少し移動してパパラッチすると何とも美味しそうな客車が!
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・・・と言ったら不敬罪になってしまうでしょうかw
手前に見えるのは御料編成に連結される供奉(ぐぶ)車の344号です。いわば侍従といった随行員が乗車する車両です。次いで奥にかけてEF15 192、オハ35 2001、EF80 36、EF58 93、角度的に見えませんがEF60 510と留置されています。
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ここでこれらの車両の公開時の艶姿を公開!!(何 無論全てウチの撮影です。
先ずは供奉車344号の海側です。
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そして同じくの山側ですが、この時は見ての通り何と体験乗車列車に供されています。左の青色はやはり保管車両のスハフ42で、現状は知り得ません。
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EF15 192(右端)です。
文化むらに165号機が保存されていて、且つその際に高崎で保管されていた200号機が解体されているのを考えると、よく残っていると思います。左端の茶色のゴハチ(125号機)も大宮の保管車両でしたが、既に解体され現存しません。真ん中の青大将の93号機は大宮のヌシみたいなものですが、安住の地が無い現状では先の事は判りません。
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EF80 36です。
同形のラストナンバーである63号機が文化むらに保存されているのを考えると、よく残っていると思います。
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EF60 510です。
文化むらに同形の501号機が保存され、更には19号機が動態保存されているのを考えると、よく残っていると思います。「ダブり」という同条件にして、戦後製の新性能機よりも頑丈に造られていると察されるED16が2台とも残らなかったのは、何とも不思議というか「大宮ならでは」の拘りがあるようにも思えてなりません。
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現在の高架下に戻ります。
EF15 192とEF80 36に挟まれているオハ35 2001は、釜石線に復活したC58 239と一緒に盛岡市の県営運動公園に保存されていたものです。一度廃車になった半鋼車の車籍復活は不可能に等しいものがありますが、今後の去就が注目されます。
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大宮工場北端を離れ、大宮駅方向に更に進んで大栄橋へ。ここは直下が工場敷地になっています。
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5月の大型連休頃に収蔵予定というムーミンはお色直し中・・・。
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そして大宮駅西口に出、画像のショウルームへ・・・テックステーションでしたっけ。
この後は最近EF81牽引にシフトしているという「カシオペア」を捉えに行きます。

終章に続く)
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by ar-2 | 2015-03-07 16:48 | 保存車両を訪ねて | Comments(0)
2015年 03月 07日

鉄道博物館へ行ってきました(その3・てっぱく落穂拾い)

・鉄道博物館に行ってきました(その1・埼玉入りが久し振り過ぎる件)
・鉄道博物館へ行ってきました(その2・保存車両の視るべきポイントをズラしてみる)
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クモハ101の連結妻前の壁面に、201系の顔があります。といっても本体はハリボテで、本物であるのは字幕類だけです。するとおもむろに回転し始め・・・
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ま~わる~
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ま~わる~
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ま~わる~

・・・で終了。
何というか唐突すぎるというか・・・。とりあえず空いているスペースに何か置いておかないと手持ちぶさた的な匂いがしなくもない。
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これもそんな一品。
2階だか3階の一角に現れる201系のシート。解説があるだけ救いとはいえ、唐突すぎて混乱しそう・・・。関心がなければ単なる休憩スペースにしか見えず(事実、床面には飲食禁止の旨ある)いずれは撤去されそうな気もします。
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館内には食事処が2個所あります。
まあそれは兎も角・・・
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その2個所ともアルコールの提供が平日に関しては16時からという。
逆に土休日は終日解禁となるわけですが一体なぜ?これについてはあくまでも推測ですが、当日もそうだったのですが平日は幼稚園児等の遠足の団体客が多いと言うこと。そこにアルコールを帯びた老害が「邪魔だ!!五月蠅い!!静かにしろ!!」などと常識人気取りで発狂する可能性も否定できず、そうなった際に提供した側の責任等が拘束力云々に関わらず問われるわけで。なので自衛でそうしているのではという事です。
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館外に接する通路は、車両の搬出入を考慮して開口部が大きくなっています。
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交通博物館時代から引き継いだ資料を詰め込んだ部屋があります。
私的に興味を惹いたのはこれ・・・「特ロ」の座席だそうです。スロ54かスロ60あたりのものか?
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これは蒸機の旋回窓。
銀河モデルのパーツにそっくりです(爆
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四ヶ郷(しかごう)の駅名板が何故こんなところに・・・。
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縦型駅名板も大量収蔵!!
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いわきにしごう(磐城西郷)→現・新白河
ひがしなすの(東那須野)→現・那須塩原
たいら(平)→現・いわき
みほ(三保)→廃止(清水港線)
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そんなこんなで一通りの見学を了した所感・・・
鉄道に興味の無い向きは楽しめるだろうけど、いわゆるコア層にはどうなんだろうっていう。
まあウチにはそのへんで草臥れている廃車体のほうがお似合いなのかも知れません(何

その4に続く)
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by ar-2 | 2015-03-07 16:14 | 保存車両を訪ねて | Comments(0)
2015年 03月 07日

鉄道博物館へ行ってきました(その2・保存車両の視るべきポイントをズラしてみる)

・鉄道博物館に行ってきました(その1・埼玉入りが久し振り過ぎる件)

早速入場となるわけですが、ここもICシステムという執着ぶりで、招待券と引き換えに窓口でICカードを受け取り、それを用いて入場するという仕組みです。先ず目に入るのは右手のマイテ39 11ですが・・・
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その手前には有井の1号機関車がw
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マイテ39 11の一等展望室は「悪趣味」「霊柩車」とdisられて止まない桃山風造りですが、ウチ的には全然有りです。むしろ何かにつけてやたらウッディー感をゴリ押ししてくる現代のコンセプトトレインの類のほうが余程悪趣味かと。
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芦野公園に残っていたオハ31 26は車内に津軽鉄道時代のダルマストーブが点対称で残っていて、穴埋めとなる座席が無くやむを得ずそうしているのであれど、何となく中途半端な印象が拭えません。
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クモハ40074。貴重な半流が残ったのは嬉しいが、やはり動態保存時を知っているだけに物悲しさもあります。40054とは生き別れになっちゃったし・・・。
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気動車旧標準色を纏ったキハ41307(→キハ04 8)。
国鉄→遠州鉄道→北陸鉄道→関東鉄道→筑波と5者を渡り歩いた経歴の持ち主です。
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運転台を見れば明らかな液体式。
これは他ならず、北陸鉄道入線に際して液体式に改造されているからであり、外見の国鉄時代とは矛盾しここでも中途半端さが出ています。
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時代がグッと下がってレムフ10000・・・総11両と案外少数派です。
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乗務員室をチェックします。
中央に鎮座するのは石油ストーブ、左奥の別室は便所、その右に配電盤、備品収納箱と続きます。備品収納箱の上に載っているのは何だろう?
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別角度から。
執務机と椅子、そしてその脇には仕様で灰皿ですw
いうまでも無くここは「勤務場所」ですが、今とは時代が違います。
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続いてナハネフ22 1です。
三段式の枕木方向という寝台配置は10系ハネのそれと同じですが、中段が10系ハネのような座席状態の背摺兼用ではなく、折り畳み式で専用に設けられています。上段は当然固定。
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その寝台状態。
「走るホテル」という20系のフレーズが耳に残りますが、寝返りも打てない寝台幅52センチのカイコ棚が、果たして本当にホテルであったのか疑わしい気もします。一等寝台(登場時)の個室群は確かにそれなりの居住性があったわけで、恐らくそのあたりの評が独り歩きして定着してしまったのではと思うのです。
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クモハ101-902車内の広告枠に収まる旧っるい路線図!
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何が何だって凄えのは洋光台止り!
ということは1970(昭45)~73(昭48)年の間で・・・
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南武線の快速(初代)は1969(昭44)~78(昭53)年の間なので上記期間にも当て嵌まり・・・
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東京競馬場前が廃止されたのは1973(昭48)年だからやはりその3年間における時期のものでしょう。
ちなみにウチは未だその頃生まれていませんがw

その3につづく)
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by ar-2 | 2015-03-07 14:35 | 保存車両を訪ねて | Comments(2)
2015年 03月 06日

鉄道博物館!!8181カシオペア!!ホームライナー逗子!!(予告編)

そんなわけで昨年12月の予告が実践され、本日某ブローカー様の接待で遠路を厭わず出撃してきました。して・・・
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開館8年目にして初訪問の鉄道博物館を軸としての日帰り行でしたが、これほど充実した一日も久し振りではなかったか・・・。純度の極めて高い鉄ヲタで本当によかったと思う、そんな気概にさせてくれた一日でした。そして・・・

9ミリにおけるE26系「カシオペア」、そして発売予定のEF81 81入線の機運が暴騰しています!!(爆


いつも機運だけで困ったものですが、E233はUT仕様が出れば・・・等々の言い訳は兎も角として、本編はボリュウムを調整せねばならないので、記事編纂は後日にでも・・・。
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by ar-2 | 2015-03-06 23:29 | 保存車両を訪ねて | Comments(2)
2014年 07月 16日

東武を中心とした北関東(西部)保存車巡り~ディレクターズカット集

本日4件目・・・。
というわけで、東武を中心とした北関東(西部)保存車巡りの小ネタ集です。
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「ほしあい眼科」さんの青い西武顔(やはり701と思われる)。
少し判りずらいが、通過標識灯が何故か緑色・・・不気味w
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岩槻城址公園のデラ。腕を伸ばしてボンネットの上を撮ってみた。
まあ何のことはなく、手摺しか写っていないんだけどw
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佐谷田の秩父デキ傍の踏切で、程なく列車が来たので迎撃するも被写体ブレで轟沈。ヘッドマークには100周年とあるようで・・・結構な歴史だねぇ。6000系も三田線から退いたのが1999(平11)年だから、かれこれあれから15年も経つのか・・・。
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妻沼のキハ2000、頑丈なはずの鋳造銘板がバックリ。それもそのはず・・・今年で還暦だ!
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「ビャーン!!」というけたたましいタイフォンを奏でていたであろうラッパが、そっぽを向いているのは仕様か。「ビャーン!!」はゴーナナでも聴けたけど、8000系とかではどうだったんだろう。あのけたたましさは間違いなく踏切事故を過剰に警戒しての仕様と信じて止まない。

1960年代以降、日本全体が「いけいけどんどん」だった時代は自動車の無法運転で踏切事故が後を絶たず、東武でも労組が「踏切こわい」と標榜してノロノロ運転闘争に走ったぐらいだからねぇ。そう考えると、ラッパはそっぽを向いていると言うよりは、交差する道路に向けた意図とするのが現実的というか尤もな気がする。真相は如何に?
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その名は「オタ City」


市の公用車は全て痛車で、市内の喫茶店は全てメイド喫茶・・・そんなの嫌です!(爆
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清華幼稚園には愛しきモハ3505のみならず、懐かしや丸型ポストもある。こんな素晴らしい幼稚園、仕事を辞めてでも入園したいぐらいだが、それが叶うのは百年先も自分の脳内だけw
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「1軒目で物欲に勝った」と人は言うが、それならそもそも何のために模型店を訪れるのかと小一時間。冷やかして良いのは量販店だけ。個人店や小規模店では財布をメルトダウンせよ!というのは・・・在庫によりけりです(弱気
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by ar-2 | 2014-07-16 22:03 | 保存車両を訪ねて | Comments(0)
2014年 07月 16日

東武を中心とした北関東(西部)保存車巡り(後編)

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東武を中心とした北関東(西部)保存車巡り(前編)

「マスタードシード」さんを後にして、時折小雨がパラつく関東平野に次なるスポットを目指します。

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by ar-2 | 2014-07-16 18:24 | 保存車両を訪ねて | Comments(2)
2014年 07月 16日

東武を中心とした北関東(西部)保存車巡り(前編)

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アプローチ記事の通り、先の7月13日に北関東(西部)の保存車巡りに出向いてきました。当初は前日開催予定だったのがスライドしたり、ドライバー氏を急遽変更していただくといった慌ただしさもありましたが、天候もまずまずでしたし、所期以上の収穫も得られて実りある一日となりました。

続きを読む・・・
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by ar-2 | 2014-07-16 13:14 | 保存車両を訪ねて | Comments(2)
2014年 06月 10日

【業務】北関東の東武保存車両【連絡】

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私にしてはマトモな業務連絡・・・過日相談のあった件、表題の通り北関東(埼玉・栃木・群馬)の東武車両の保存車のピックアップです。そのデータとして有用なのが、画像の大分昔に入手した「保存車・廃車体一覧3」(鉄道友の会刊)。但しこれの発刊が1999(平11)年、既に15年も前ですから、相当数の保存車なり廃車体に変化が生じているであろう事は想像に難くありません。なので先ずはそれ前提で情報を把握していただき、併せてweb上におけり現状精査で対象の選定をしていただければと思います。以下、車番及び場所について同書から(ほぼ)原文のまま転記します。

【栃木県】
30 SL 葛生町:嘉多山公園
ED4011 EL 今市市森友:けっこう漬森友店
ED5067 EL 宇都宮市:こども総合科学館

【群馬県】
デハ27 EC 渋川市石原966:平形眼下 ※管理人注・現在は移設修復
モハ1724 EC わたらせ渓谷鉄道神戸駅:レストラン清流
モハ1725 EC わたらせ渓谷鉄道神戸駅:レストラン清流
モハ3505 EC 前橋市東大室町:精華幼稚園
クハ6222 EC 大泉町:割烹「停車場」 ※管理人注・閉店済?
ワラ105 FC 大泉町:割烹「停車場」
ワラ109 FC 大泉町:割烹「停車場」

【埼玉県】
ED4021(?)EL 東武動物公園駅構内北端 ※管理人注・ED4012と思われる
ED5020 EL 杉戸高野台駅西口:長戸路公園
ED5052 EL 東武動物公園(「中央駅」前) ※管理人注・撤去済
モハ1726 EC 岩槻市:岩槻公園東側駐車場脇
クハ701 EC 東武動物公園駅構内北端 ※管理人注・撤去済
モハ5701 EC 東武動物公園駅構内北端 ※管理人注・東武博物館に移設
クハ703 EC 行田市前谷463-1:「マスタードシード」
モハ5703 EC 行田市前谷463-1:「マスタードシード」
モハ6101 EC 東武動物公園駅構内北端 ※管理人注・撤去済
モハ7310 EC 越谷市大間野町:ステーキハウスペコペコ ※管理人注・足回りのみ現存?
モハ7329 EC 東武動物公園(オドンゴの砦脇) ※管理人注・消息不詳
モハ7876 EC 東武動物公園駅構内北端 ※管理人注・撤去済
キハ2002 DC 妻沼町:中央公民館
ヨ126 FC 杉戸高野台駅西口:長戸路公園
ワラ24 FC 越谷市大間野町:ステーキハウスペコペコ


以上となりますが、現在はこれに加えて群馬の山中の5070系先頭車、埼玉県宮代町:宮代公園のSL40号などがあるはずです。因みに個人的なゴリ押し希望を少々述べさせて頂きますと、精華幼稚園のモハ3505は現在塗り直されて、以前のピンク帯ではなく東武新塗装(ブルー濃淡帯)に装いをバッチリ改めているとのことなので絶対見たいです!でも遠いのよねん。あと妻沼のキハ2002、大泉のクハ6222、行田のゴーナナは必須。宇都宮のED5067も鉄コレ記念で見てみたいですが、モハ3505と天秤にかけたら・・・と、結局ゴリ押しでしたw 宜しくお願いします。
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by ar-2 | 2014-06-10 09:56 | 保存車両を訪ねて | Comments(4)
2013年 03月 10日

ショック!大船工場保管のクモハ11248解体さる

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※再掲ですが、1992(平4)年12月6日撮影 クモハ11248(2-4位側)

漸く怒涛の5勤が終わりまして・・・単休ですが一息といったところ。明けには再び5勤で、中旬以降はかなりハードになりそうです。そんな本日はかねてより折に触れていた記事一括と行きましょうか・・・。過日の「保存(保管)車両あれこれ」でも触れた美濃太田保管車両の去就ですが、いよいよ西浜松への搬出は粛々と進み、先が見えて来た感があります。その記事によればJR四国色のままであったキハ180-1は名古屋工場での粛清とあり目を奪われる思いで、私にとって美濃川合での逢瀬はまさに最初で最後だったわけです。

そんな保管車両の粛清は「年度末ならでは」の観測もありますが、いささか旧聞ながら大船工場(→鎌倉総合車両センター)で廃車後永らく保管されてきたクモハ11248が、去る2月26~27日にかけて解体されたというまことにショッキングな報せがありました。これはHTTさんからの伝聞であり、当初は「(今日まで)現存していたのか!?」と耳を疑う思いだったのですが、氏のツイート画像(1)(2)の通り紛れもない事実なのです(リンクについてはHTTさんより了解頂きました。感謝申し上げます)

クモハ11248については弊ブログでも「似て非なるもの~クモハ12050の場合」において触れていますが、大船工場での保管車両仲間であったナハネフ22-1が鉄道博物館へと収蔵されたのに対し、クモハ11248の消息は凛として掴めず気になるものではありました。既に大船工場閉鎖後7年を経た今日にあって現存は絶望的・・・とされていた中での電撃的解体は、誇大表現でも修辞でもなく、本当にショッキングという他ありません。

弊ブログにおける大船工場関連記事↓
鉄道廃線跡を行く(JR東日本大船工場引込線・前編)
鉄道廃線跡を行く(JR東日本大船工場引込線・後編)
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そんな同車の記録をと、解体発覚後に記憶を頼りに漁れば・・・ありました。1997(平9)年10月25日の大船工場一般公開におけるもので、私の手許に残るクモハ11248の(前位)運転台側の記録としては唯一のものです。本記事冒頭のように1992(平4)年12月の一般公開では後位側からのみでしかその姿を望めなかったのが、以後はこのように前位から記録出来る機会が設けられたようです。その顔立ちはかの12052、12053と瓜二つですが、言わずもがなのそれらがクモハ11200番台(旧31系)の改造車であるからに他なりません。

半鋼製車体の痛みやすさというか維持の難しさは想像に難くありませんが、それを差し引いても、どんなに傷んでも修復や動態保存への途が開かれる可能性に恵まれた蒸機に対し、戦前/戦後、そして現代にかけての近代化や高度成長の足を日に影に支えてきた旧形国電の普遍的価値が、此度のクモハ11248然り、かつて大井工場に保管されていたクモハ12053、クモヤ90801、クモニ13007のように無策同然のままいとも容易く解体されるに至る程度であるというのであれば、それは「絶対に間違っている」と私は言い切ります。

既に現役の個体の無い旧形国電、その姿態はこれから減少の一途を辿るよりほかないのでしょうか。残された個体の延命を祈るのと併せ、メモリーとしてクモハ11248の車番履歴に触れて締め括りたいと思います。

・1931(昭6)年 日本車輌でモハ31076として落成
・1953(昭28)年6月 車両称号規定改正でモハ11248へと改番
・1959(昭34)年6月 車両称号規定改正でクモハ11248へと改番
・1980(昭55)年10月 南武支線を最後に現役を引退
・1984(昭59)年4月 廃車・車籍抹消
・2013(平25)年2月 退役後30数年の保管を経て解体

合掌
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by ar-2 | 2013-03-10 00:06 | 保存車両を訪ねて | Comments(6)
2013年 02月 28日

保存(保管)車両あれこれ

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※2012年3月20日 上り新幹線車中から西浜松通過時に撮影・・・直近の改正で運用離脱した119系が大量に留置されている様は衝撃的であった

本日2本目→1本目はこちら

・・・まあ何というか、リニア・鉄道館への収蔵がなされなかった時点で既定事項だったのかも知れませんが、美濃太田留置車両の西浜松への搬出が進んでいるようです。現時点で陸送搬出されているのは、クハ165-120、モハ380/381-1、キロ28-2303、オハフ46-2009の計5両ですが、遠からず恐らく全ての美濃太田留置車両が搬出されるものと推測されます。

関連記事→
セントラル・エスケイプ(1日目その2 リニア・鉄道館の印象~急行形電車)
セントラル・エスケイプ(1日目その3 リニア・鉄道館の印象~旧形国電)
中京魔譚(1日目その4・美濃太田の保管車両の光と影)

西浜松というのは貨物駅の呼称でして、留置車両の搬出先である浜松運輸区を指す以上は不適当な表現ですが、私ぐらいの世代ですとあの界隈は「西浜松」と一括りするのが慣例でした。というか、浜松運輸区は民営化後の産物でしたね。それはさておき、此度の搬出先が西浜松という段で答えはほぼ自明であり、十中八九「解体処分」でしょう。

これとは対照的というか、東日本の「鉄道博物館」、東海の「リニア・鉄道館」に続けとばかりにブチ上げられた梅小路における鉄道博物館構想、その展示車両の一部はは弁天町の交通科学博物館から移設されるようです。同館と言いますと世界現存唯一のモハ80系国電や、キハ81「ブルドック」にDD54といった国鉄型至上原理主義者には堪らない一級の保存車両が魅力的ですが、私的な最大の関心事は土日はレストラン営業するナシ20-24です。鉄道車両を利用した供食施設もかってはムーブメントのような潮流がありましたが、今やすっかり退潮分野となっています。それだけに、同館のような程度の良好なナシ20で食事が楽しめるのは極めて稀有な事に思えるのです(※業務連絡メモ・・・西北、宝塚、甲陽園とのセット→西北のクロッシングモニュメントはこちら

件の梅小路における新博物館開業後の交通科学博物館の去就は未だ判然としませんが、このナシ20についても何らかの動きがあった場合は、果たして現状のままレストラン営業ないし供食設備として継続されるのかどうか、予断は許さないでしょう。それだけに、いずれかに(今夏?)是非体験しておきたいものです。
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by ar-2 | 2013-02-28 13:45 | 保存車両を訪ねて | Comments(6)