赤い電車は白い線

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2008年 07月 10日

駅は不燃・耐震構造 電車も不燃構造

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昨日、所用で新橋まで出向いた折の帰途、画像のボードに出くわしました。
場所は地下1階からスカ線ホームコンコースへと下りるエスカレータの手前左側。
かつて私自身は新橋に通っていたのですが、このボードの存在には気付きませんでした。
というか、かつてここにはポスター掲出用の緑色のボードが無かったか…それらに隠れていたのかも知れません。

そのボードのタイトルは表題にもある通り「駅は不燃・耐震構造 電車も不燃構造」というもの。
総武快速線が品川まで開通した折に、いかにこの地下線が安全なものであるかを説いたものなのでしょう。
総武快速線が東京を経て品川まで開通したのが確か昭和50(1975)年?だったでしょうか。
まだ横須賀線が東海道線と線路を共用しており、東京も地上ホームからの発着で、東戸塚駅は影も無かった頃でしょう。
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そのボードを仔細に眺めますと、当時の世相がまざまざと甦ってくる思いがします。

>新幹線と同じ安全な運転方法
つまりATCということでしょうか。当時は山手、新幹線、京浜東北の一部にあったかどうか?
それまで責任事故の無かった(と思う)「新幹線」という代名詞を用いることにより、安全性を前面に謳おうという姿勢が覗えます。
現在この区間は、ATCからATS-Pへと保安装置が変更されているようです。
これは時勢によるものでしょう。かつては「ATC]といえば特別なイメージがありましたが…。

>電車は燃えないように出来ています
燃えたら困る、というより河川だって燃えるくらいなのだから不燃ということは無いでしょう。
そしてそこに「絶対」とは謳っていないあたり、実にちゃっかりしているとも思います。

それはさておき、要はこの文章は「A-A基準」のことを指し示しているのでしょうか。
この地下線が開業した頃は、まだ北陸トンネルにおける「きたぐに」の火災事故から数年しか経っておらず、その記憶も生々しかったことでしょう。
この事故を契機に国鉄は防災面でのスペックを磐石なものとするようになり、車体構造のみならずガラスや配線一つまでもが「難燃仕様」とされたのです。
その結果、我が国の鉄道車両におけるその仕様は世界中においてトップクラスのものになったと聞きます。
最も理想的なのは、そういったアクシデントの発生の無いことですが・・・転ばぬ先の杖でしょうか。
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by ar-2 | 2008-07-10 20:39 | 記憶のレール(国鉄~JR) | Comments(2)
Commented by gino-1 at 2008-07-10 23:36 x
もえました。















+
時を感じる看板に激しく萌えました。
Commented by ar-2 at 2008-07-11 21:41
gino-1さん、こんばんは。
最近、局地的に燃焼系?が話題になっているようです(謎

昨今の時勢では「耐震」なぞと宣ったところで容赦ない疑いの眼差しが注がれるでしょうが、
当時はそのようなことがないばかりでなく、有り得ない筈の「不燃」さえ平然と謳うことが出来た時代なのでしょう。
そういった意味でも、このボードはかつてを偲ぶ貴重な存在であると思います。

その「不燃」の象徴であった「主」の113-1000・1500の姿は既に地下線にはありません。
これは私見ですが、かつて西大井駅付近と東京トンネルの錦糸町側出口でそれぞれ発生した
連結器の分離事故…あの2件が113-1000・1500の横総線からの駆逐ペースを早めたのかも知れません。
スカ色の似合う形式だっただけに、残念にも思います。


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