赤い電車は白い線

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2008年 04月 09日

鉄道廃線跡を行く(JR東日本大船工場引込線・後編)

踏切画像が連続の前編でしたが、いよいよメインの後編です。



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某社敷地内を望みます(敷地外から)。
奥に制限高サを示すオレンジ色の四角い板がぶら下がっているのがお判りいただけるでしょうか?
これは踏切の存在を表すものでしょう。
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さらに行くともう一箇所。
やはり制限高サの板があります。ここは踏切の存在が瞭然です。
左が駅方ですが、遮蔽フェンスが見えないところからすると、この敷地内の二箇所の踏切は両外側でのみ遮蔽されているものと思われます。
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敷地内通過が終わりました。
順序的にはここは9号踏切となるはずですが…。
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隣の工場方の踏切から望むと、なんと8号になっているではありませんか。
右には2キロポストも見えます。
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これが当の9号踏切。奥が工場方です。
一体これは…。
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先程の8号踏切に戻ってズーム目一杯で駅方を望みます。
やっぱり踏切は二箇所あるように見えます。しかも右側には黄色い番号板のようなものが…。
果たして、ここには何箇所の踏切があり何番を名乗るのでしょうか。ひょっとして二箇所で一つの扱い(同番号)ってこと?
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いよいよ工場のゲートが出現しました。
取り付けられている反射板がいかにもJRっぽいですね。
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大船工場、長島地区側の門扉です。
学校の帰途、友人とこの門扉の前でウロウロしながら中を覗っていたら、
「門の前の学生さーん、何か用ですかぁ?」なんてスピーカから流れてきたもので、慌てふためいて退散した想い出の場所(笑
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門柱には然るべき告知が。もう2年も経ったのですね。
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ガランとした構内に作業員の方や車両の姿はありません。
架線柱と吊架線があの日と変わらぬまま、青空の下にありました。
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敷地内の廃材が車両のものではなく施設のものであるのが物悲しい。
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ここはかつて車両工場でした…。
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かつて秋季に行われていた一般公開時の情景を思い浮かべると、今の静寂が嘘のようです。
操業を止めた工場とはいえ、自転車に乗った警備員の方がパトロールしている姿が見えました。
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大船工場、深沢地区側の門扉です。
開け放たれた門扉の向こうには何台かのトラックが…。何かの作業が行われているようです。
一般公開の際にはここから入退場したものです。
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元々遊休化していた敷地の多かった大船工場。
工場そのものが無くなってしまった今、これから敷地はどのように姿を変えていくのでしょうか。
正直、マンションあたりがオチのような気もしますが…。
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バス停名だけは永遠不滅!?
かつて、このバス停付近にスカ色のモハ72全金を輪切りにしたようなモックアップが在ったのを覚えておられる方はいるでしょうか。
あれがバス停の待合室だったのか単なるモニュメントだったのか、判然としないままも記憶の片隅にあります。

大船工場~メモリアル
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以下、プリント接写につき粗はご容赦を。
平成元年12月10日撮影、当時廃車の進行していた101系のそれも非冷房車。
ここはいつ来ても解体が盛んでした。
解体部門の正式名称は確か「大船電車区梶原派出」だったと思います。
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ここは車両の新造も行いました。
901系B編成(→209系910番台)の中間サハが最近の例ですが、日光線向け107系も忘れられません。
昭和63年5月18日に報道陣公開。実質165系の更新車とはいえ、当時はJRの手になる初の新造車として話題になりました。
記事がきちんと切り取られていないのは愛嬌で(汗
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平成3年8月10日撮影。
いつもの構内には見慣れない◎ンコ色の車両が!
それはクモヤ90。車番が消されてはいるが二段窓に改造された怪しい姿は紛れも無くクモヤ90001。
現車は国鉄末期の1987年に車籍抹消されていますが、よもやこんな車両が眠っていたとは!!
恐るべし大船工場。
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平成7年頃でしょうか?
房総ローカルに残存していた非冷房車の廃車が進行していた頃。
グロベンが懐かしい。これの大目玉車を千葉まで撮りに行ったのも想い出です。
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私の保有するモハ80239の電車履歴簿。
廃車の施工場所欄に大船工の文字が。かつて何両もの旧形国電が鉄屑と化した場所。
その工場自体が無くなろうとは、当時誰が想像し得たでしょうか…。
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by ar-2 | 2008-04-09 20:08 | 鉄道廃線(廃駅)跡


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