赤い電車は白い線

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2008年 03月 15日

「銀河」の最終日に想う

我が国最後の客車寝台急行列車「銀河」が、昨晩発の列車を以てその歴史に幕を閉じました。
この事自体は多くのメディアやブログ等で触れられていますので割愛しますが、気になった点が一つ。

ある大手新聞紙の記事によれば、昨晩の東京駅には「銀河」目当てに約2000人、横浜駅には約250人に及ぶファンが集まったと記されています。
この数字は多いでしょうか、少ないでしょうか。
近年相次ぐ寝台列車廃止に際しての、最終日の野次馬数字としては最多のものでしょう。

私の手許に、20年前のスクラップ記事があります。
それは豪華寝台特急「北斗星」の運行開始を報じるもの。その一部を引用します。

「青函トンネルを通って東京から札幌に直行する寝台特急「北斗星」の一番列車は十三日午後四時五十分、JR上野駅の十四番線ホームから発車した。第一号車をカメラにおさめようと、鉄道マニア約一千人が反対側のホームまでぎっしり並び、駅員は整理に追われた。」

バブル絶頂期の最注目列車のスタートが一千人。
「銀河」の最終日はその倍の2000人…というのは真実なのでしょうか。
だとしたら、世の鉄道ファンにはいかに「葬式好き」が多いかということの証左でしょう。

30年近く前の1980年1月20日に行われた国鉄鶴見線のモハ72系電車のさよなら運転。
この時の沿線の人出は、何と一万人だったと記録されています。
深夜発の夜行列車の末端区間と、白昼に運転されたイベント列車の沿線とではその人出を単純に比較することは出来ません。
ましてや、1980年前後は「ブルートレイン、エル特急、Nゲージ、銀河鉄道999」といったアイテムが巷を席巻、鉄道趣味が一気にメジャーとされた時代でした。

昨今はwebの普及によって廃車回送等のスジも簡単に知れ渡るところとなり、これらを撮影するファン同士でのトラブルも後を絶たないと聞きます。
今更「撮り鉄」のイメージアップなぞ望むべくもないですが、最後の最後になってバタバタするのはやはり「夏休みの宿題」的感覚が、日本人の感覚に根強いものとなっているのでしょうか。

もっと言うと「追い込まれなければ行動しない」という体質。
第二次大戦、即ち真珠湾攻撃のキッカケがこれではなかったか。

私のようなOB撮り鉄を含めて、しかと先見の明を持つべきであると思います。
尤も、最終日の喧騒を楽しみたいという「ムード派」の方は別ですが…。
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by ar-2 | 2008-03-15 21:40 | 多事壮言(旧・雑言)


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