赤い電車は白い線

khkar2.exblog.jp
ブログトップ
2015年 03月 07日

鉄道博物館へ行ってきました(その2・保存車両の視るべきポイントをズラしてみる)

・鉄道博物館に行ってきました(その1・埼玉入りが久し振り過ぎる件)

早速入場となるわけですが、ここもICシステムという執着ぶりで、招待券と引き換えに窓口でICカードを受け取り、それを用いて入場するという仕組みです。先ず目に入るのは右手のマイテ39 11ですが・・・
c0155803_14392269.jpg

その手前には有井の1号機関車がw
c0155803_14412517.jpg

マイテ39 11の一等展望室は「悪趣味」「霊柩車」とdisられて止まない桃山風造りですが、ウチ的には全然有りです。むしろ何かにつけてやたらウッディー感をゴリ押ししてくる現代のコンセプトトレインの類のほうが余程悪趣味かと。
c0155803_1442526.jpg

芦野公園に残っていたオハ31 26は車内に津軽鉄道時代のダルマストーブが点対称で残っていて、穴埋めとなる座席が無くやむを得ずそうしているのであれど、何となく中途半端な印象が拭えません。
c0155803_14462788.jpg

クモハ40074。貴重な半流が残ったのは嬉しいが、やはり動態保存時を知っているだけに物悲しさもあります。40054とは生き別れになっちゃったし・・・。
c0155803_14472916.jpg

気動車旧標準色を纏ったキハ41307(→キハ04 8)。
国鉄→遠州鉄道→北陸鉄道→関東鉄道→筑波と5者を渡り歩いた経歴の持ち主です。
c0155803_1449585.jpg

運転台を見れば明らかな液体式。
これは他ならず、北陸鉄道入線に際して液体式に改造されているからであり、外見の国鉄時代とは矛盾しここでも中途半端さが出ています。
c0155803_14525380.jpg

時代がグッと下がってレムフ10000・・・総11両と案外少数派です。
c0155803_14545248.jpg

乗務員室をチェックします。
中央に鎮座するのは石油ストーブ、左奥の別室は便所、その右に配電盤、備品収納箱と続きます。備品収納箱の上に載っているのは何だろう?
c0155803_14564381.jpg

別角度から。
執務机と椅子、そしてその脇には仕様で灰皿ですw
いうまでも無くここは「勤務場所」ですが、今とは時代が違います。
c0155803_154035.jpg

続いてナハネフ22 1です。
三段式の枕木方向という寝台配置は10系ハネのそれと同じですが、中段が10系ハネのような座席状態の背摺兼用ではなく、折り畳み式で専用に設けられています。上段は当然固定。
c0155803_15720100.jpg

その寝台状態。
「走るホテル」という20系のフレーズが耳に残りますが、寝返りも打てない寝台幅52センチのカイコ棚が、果たして本当にホテルであったのか疑わしい気もします。一等寝台(登場時)の個室群は確かにそれなりの居住性があったわけで、恐らくそのあたりの評が独り歩きして定着してしまったのではと思うのです。
c0155803_15114367.jpg

クモハ101-902車内の広告枠に収まる旧っるい路線図!
c0155803_15133281.jpg

何が何だって凄えのは洋光台止り!
ということは1970(昭45)~73(昭48)年の間で・・・
c0155803_15142564.jpg

南武線の快速(初代)は1969(昭44)~78(昭53)年の間なので上記期間にも当て嵌まり・・・
c0155803_15151234.jpg

東京競馬場前が廃止されたのは1973(昭48)年だからやはりその3年間における時期のものでしょう。
ちなみにウチは未だその頃生まれていませんがw

その3につづく)
[PR]

by ar-2 | 2015-03-07 14:35 | 保存車両を訪ねて


<< 鉄道博物館へ行ってきました(そ...      鉄道博物館に行ってきました(そ... >>