赤い電車は白い線

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2014年 11月 13日

牛に牽かれて渋温泉 (2日目その3・ここは天国ですかっ!?我、須坂に咆哮す!後編)

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牛に牽かれて渋温泉(1日目その1・新幹線で錯乱の長野へ)
牛に牽かれて渋温泉(1日目その2・21年ぶりの長電!)
牛に牽かれて渋温泉(1日目その3・愛するマッコウクジラ!!)
牛に牽かれて渋温泉(1日目その4・輝けるウイングマーク!)
牛に牽かれて渋温泉(1日目その5・湯の香漂うラビリンス~渋温泉徘徊)
牛に牽かれて渋温泉(番外録・愛するマッコウクジラは本当のマッコウクジラだった!!)
牛に牽かれて渋温泉 (2日目その1・九湯を振り返りつつ渋温泉を後に)
牛に牽かれて渋温泉 (2日目その2・ここは天国ですかっ!?我、須坂に咆哮す!前編)


須坂の後編です。



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須坂の名物というか目玉は、既に退役後10年以上を経ながら未だに姿を留めている新OSカーこと10系でしょう(10系については「OS10」や「OSⅡ」といった呼称もあり)。OSカーという愛称は「Officenen and Students」に由来し、その名の通り通勤通学輸送の切り札として1966(昭41)年にデビューした0系に付されました。地方私鉄としては破格の20M級4扉というスペックは注目を浴びましたが、当時はこれが必要な程にラッシュ時の輸送力が逼迫し苦情が寄せられるほどで、4扉という仕様は決して奇をてらったものではなかったものの、前面材質のFRP化という進取性もありローレル賞受賞の栄誉に浴したのは、ある意味皮肉です。

1966年というと漸くマイカーが普及し始めるも道路整備が全国的に見ても進んでおらず(名神高速が全通していたが東名高速は一部区間すら開通していない)、国鉄・私鉄を問わず地方ローカルであっても旺盛な輸送需要があったわけで、その申し子たる存在の0系は最終的に計2編成を揃え、0系のみでの4連という総力戦的列車も運行されたのです。長電のイメージに繋がる赤とクリームのツートンカラーも0系から採用されたもので、長電の歴史を語るうえで欠くことのできぬ存在と言えます。
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いまなお須坂に姿を留める新OSカーこと10系は1980(昭55)年の日車製。0系以来14年振りのモデルチェンジで見せたそのスタイルは20M級ながら3扉へと平凡化しました。その理由としては車内保温云々と言われますが、それは0系でも中間2扉締切回路で対応できましたから、その実は利用客の減少というのが大きい部分かと思われ、事実10系は0系のように2編成揃えられる事はなく1編成の増備に留まったのです。その後は他車と組むことも無く終始単独で運用され、やがてマッコウクジラが入線し始め車種統一が進むと持て余されるようになり、結局ワンマン化の対象から外れ車齢僅か23年で退役。昭和50年代生まれの10系が昭和30年代生まれのマッコウクジラに追われるなんて、運命なんてわからないです。
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10系の前面は0系とは異なり非貫通化されましたが、その造形にはやはり時代が出ていて京急800(Ⅱ)のような垢抜けた顔立ちに特色があります。扉の塗膜の剥離が激しいですが、むき出しの下地の通り材質が違うのでしょうか。アルミとか?
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モハ11の台車、NA-36です。
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クハ61の台車はNA-36Tですが、運転室側にのみ画像の如き変化があります。軌条塗油装置かと思われるのですが・・・。
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クハ61の屋根上です。車体中心線上の先頭部にカバー付きのホイッスルがあり、その右隣に四角い台座を有すブーメランアンテナが備わっています。
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こちらはモハ11の屋根上パンタ周り。跨線橋の柵越しにほぼノーファインダーで撮っています。ヘタすりゃカメラを落としかねませんww
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モハ11の屋根上全景。
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モハ11の屋根上先頭部には、大きさの異なる誘導無線アンテナが2基装備されています。京急のIRに例えて当て嵌めれば、大きい方が送信側で小さい方が受信側となるのですが・・・果たして。モハ11にもやはりカバー付きホイッスルがあります。
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昨日も遭遇・乗車した最後の3連の3500系であるL2編成が姿を見せました。10:26発の208レ長野行になるようです。発車まで時間があるのでしばし観察・・・。
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長野方先頭車のモハ3612の屋根上。
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同じくモハ3612の屋根上先頭部。誘導無線アンテナの台座が残ります。
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モハ3612のパンタ部と、それに続く中間車モハ3602の屋根上。
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モハ3602の屋根上、手前が長野方。
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湯田中方先頭車クハ3652のパンタ部屋根上。
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同じくクハ3652の屋根上全景です。
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中間車モハ3602の外観。床下の蜂の巣が美事です。
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長野方先頭車のモハ3612の車内。
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同じく運転室。マスコンはデッドマン付ですね。営団3000系の時代と大きくは変わっていないようです。
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信州中野発の522レの8500系とL2編成が顔を並べます。30年以上前の大昔の一時期に東急東横線で見られたであろう顔合わせが、いま長野で見られるというのも何だか不思議な気がします。

つづく
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by ar-2 | 2014-11-13 15:41 | 外出・旅行


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