赤い電車は白い線

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2014年 11月 02日

2015年3月14日改正に思うこと

昨日の記事関連で、2015年3月14日改正のもう一つの大きなネタ、それは北陸本線の区間廃止による第三セクター化です。これまでも整備新幹線法の云々で並行在来線のJRからの切り離しがなされてきました。以下に思い当る限りで列挙してみますと・・・

・信越本線 軽井沢~篠ノ井 (→しなの鉄道) 65.1キロ
・東北本線 盛岡~青森 (→IGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道) 203.9キロ
・鹿児島本線 八代~川内 (→肥薩おれんじ鉄道) 116.9キロ

となります(キロは営業キロ)。そして此度の北陸本線の廃止区間は金沢~直江津間、営業キロは177.2キロで東北本線の203.9キロには及ばずともの長距離ですが、実はこの177.2キロというのは北陸本線の全長のほぼ半分(総営業キロは353.8キロ)に相当するわけで、全長の1/3ににも足らない程度の距離が廃止されたに過ぎない東北本線とはちょっと事情が違ってくる気がします。杓子定規を振りかざせば、例えば東海道本線の全長の半分となると東京~豊橋であり、この区間が廃止されて第三セクター化されれば果たしてどれほどのインパクトになるかと考えれば、北陸本線のそれも結構な「事の重大さ」が見えてくるのではと思います。

北陸本線の陰に隠れてではありませんが、北陸新幹線開業でもう一つ第三セクター化される路線があります。信越本線の長野~直江津75.0キロがそれで、妙高高原を境界として「しなの鉄道」と「えちごトキめき鉄道」とに第三セクター化されます。しなの鉄道は既に1997(平9)年10月1日の長野新幹線開業により軽井沢~篠ノ井を押しつけられていますが、篠ノ井~長野は北陸新幹線開業後も変わらずJRが経営するので、「飛び地」を挟んでしなの鉄道の路線が存在するという妙な格好となるわけです。これにより「信越本線」は高崎~横川、篠ノ井~長野、直江津~新潟と連続しない3ブロックに切り刻まれてしまう事となり、憐みの極みという情念よりも「路線名って何だろう」の想いを強くせずにはいられません。
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北陸本線に因む手許の車両をザックリ並べてみましたが、何と言うか特に意識して蒐集してきたわけではないので少ないですねw 北陸本線といえば最後に残った特急王国ですから、本来?ならここに485・489・583といった各系列及びカラフルな個性派が並ぶべきなのでしょうが、ウチにはそれらの車両が1編成もありません。それはそれで、やはり嗜好がかなり偏っているようです(汗
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2015年3月14日改正といえば更にもう一つ、ある意味地元の路線に関わる重大なものがありましたね・・・そう、「上野東京ライン」の開業です。とはいえどもこれは元々あった東京~上野の連絡線が国鉄時代に旅客営業を止め、その後は入場車や回送車の通過に限定され、やがて神田~秋葉原間の線路が撤去され分断されてしまい、平成に至り東北新幹線の東京乗り入れに際して高架線の一部区間が撤去されてしまった・・・のが復活したに過ぎず、まあ何というか「また繋げたんだねぇ」というのが率直な所感ですw
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しかし繋がっただけならハナシはそれで済みますが、ここに旅客列車が通り且つ直通するというのが「上野東京ライン」の超目玉。そこで取り出したるはピク誌№758(2005年3月号)「常磐線今昔」・・・
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「思い出の場面」の一葉は、何と神田で撮影された「有楽町行」の常磐線旧国!

これぞ「元祖上野東京ライン」!!


またもや歴史が繰り返しただけなのです。国鉄時代に潰え、民営化後にまさかの復活を果たしたもの・・・架線集電客車(カニ22→スハ25-300)、電気式ディーゼル機関車(DF50→DF200)、EH級電気機関車(EH10→EH500)・・・。

何あれ、関連路線は白紙改正必至であり、東京口の日常的な利用者の一人としても興味津々。3月は春休み期間中で忙しいものの休みをとって改正直後の概況をレポートしてみたいですね。鉄板は初日14日でしょうが、本当に色んな意味で面白くなるのは「平日」の初日となる月曜日の16日ではないかなどと思ってもみたり。本件についてはまた改めて触れる機会があるでしょう、
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by ar-2 | 2014-11-02 14:11 | 多事壮言(旧・雑言)


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