赤い電車は白い線

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2014年 11月 02日

「はくたか」

来る2015(平27)年3月14日に、いよいよ北陸新幹線が開通する運びとなりました。これの意味するところは、東京対北陸の「昼行列車」が実に1997(平9)年9月30日限りで廃止となった特急「白山」以来、実に18年振りに復活するという事です。

形式的には上記の通りとなりますが、更に更に突き詰めるとやはり「はくたか」の名称が信越経由の東京対北陸系統として採用されたことでしょう。「はくたか」はそれまでの「白鳥」の大阪~上野編成を独立させるカタチで1965(昭40)年10月に生まれました。これ即ち、1963(昭38)年のアプト式廃止後の粘着運転オンリーの時分ですから案外?歴史は浅いのです。当初はキハ82系で運行されましたが、信越・北陸の電化成就により電車化を目論むも、碓氷峠における線路容量(要は通過電車編成の編成両数)が仇となり、古巣の信越経由を捨てて上越経由へと改められました。1969(昭44)年10月改正の事です。

碓氷峠越えの電車協調運転の克服を成した489系が生まれ、こけら落としの「白山」で営業の途に就いたのは1972(昭47)年の事。既に「はくたか」は電車化約3年を経、以後もすっかり上越特急の顔ぶれとして定着して行ったのです。しかし皮肉にも「はくたか」は後年に廃止されてしまい、民営化後の北越急行経由の上越新幹線連絡特急としての復活まで、相当のインターバルを要さねばなりませんでした。

いま、間もなく「はくたか」は古巣である信越経由の東京対北陸系統の、それも「新幹線」として大いなる出世を遂げようとしています。列車名で見れば「白山」は名門的な歴史があり、穿った見方をすれば「はくたか」に庇を貸して母屋を取られた格好となるわけですが、「はくたか」が国鉄時代に名称消滅して以後、永らく信越経由の東京対北陸系統の暖簾を守り続け1997(平9)年に潰えた「白山」からすれば、18年の時を経ての後進の大躍進に草葉の陰から喜んでいるのではないでしょうか。
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私のD51重連「白山」は、その鎮魂譜たらしめたるものです。
今後の運転会の予定は未定ですが、自由テーマとして「嗚呼、北陸本線」なんてどうでしょう?とか、勝手な事を考えてもみたり・・・。
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by ar-2 | 2014-11-02 00:08 | 多事壮言(旧・雑言) | Comments(0)


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