赤い電車は白い線

khkar2.exblog.jp
ブログトップ
2014年 07月 13日

北関東の保存車巡りに行ってきました

予告通り、行田のゴーナナ他の北関東の保存車を巡ってきました。集合場所は某赤羽とのことでしたが、時間に余裕を持って出たので方々で立ち寄り・・・。
c0155803_23141516.jpg

遭難新宿ラインであれば乗り換えなく戸塚からダイレクトアクセスですが、山貨内が案外ノロノロであり時間を要すのと、旅客の入れ替わりが激しく落ち着かないので、乗り慣れた客線で東京へ出ます。そこから上野へ向かい、撮り鉄の真似事を兼ねながら現行コンデジの習熟を試みます。
c0155803_23155175.jpg

なんだかパッとしないデザイン・・・。
c0155803_23161169.jpg

大昔(私が生まれた前後頃)の地平ホームの上屋を今に伝える痕跡ですね。
c0155803_2317026.jpg

ホーム上には昔ながらの立ち食い蕎麦スタンドも健在ですが・・・
c0155803_23172647.jpg

大連絡橋にはこんな小洒落た蕎麦店がオープンしていました。これも「時代」なのでしょうが、どうもこの手の「空間」のショップは日本人の肌に合っていないように思います。無理に背伸びしすぎでしょ?
c0155803_2319779.jpg

入線する車両は変わりましたが、複雑な配線は私がティーンエイジャーであった頃と不変です。
c0155803_23194826.jpg

地平ホームの13番線から、「ああ上野駅」の発車メロディーに送られて上野を後にします。画像は田端運転所の入口あたり・・・。覚えていますか?星ガマとEF510の居る場所に、今から約20年前にはロクニの41号機の廃車体が置かれていたのを。切り抜き文字のナンバーを剥がされ、それは痛々しいものでした。
c0155803_23222823.jpg

ほどなく列車は尾久に到着、我が東京「北」の青春の拠点。いまや遊休化した側線が目に付くばかりか、そこを埋めるのはリタイヤした疎開車両群です。
c0155803_23234320.jpg

尾久のホームの青森方は上屋が無く、空が望めて開放的だったのですが、20年も経てば当然のように様変わりしています。
c0155803_23243340.jpg

客車区方を望めば今なお健在の東サロ(晩年は「ゆとり」)!スロフの701番ですが、現役の頃は連結妻に赤帯は回っていませんでした。一体何のために?
c0155803_23254256.jpg

よく見れば2両いますね・・・。「レインボー」も「江戸」も「なごやか」も居ないのに、東サロだけがしぶとく生き残っているのは、ある種異様です。
c0155803_23265174.jpg

ホームで撮り鉄の真似事をしていましたら、ノーマークのこの列車と・・・
c0155803_2327207.jpg

この列車が通過して行きました。判っていたら前から狙ったのでしょうが、そう考えると後ろから狙う事も無かったのかなと思え、これはこれで良い記録になったのかもです(何
c0155803_23281970.jpg

結局、尾久では撮り鉄の真似事に興じて夢中になり30分も時間を潰しましたが、某赤羽へは余裕の定刻前でした(謎
c0155803_23303985.jpg

その後は怒涛の保存車巡り・・・。
全区間でハンドルを握って頂いた某氏、急な変更に対応いただいた某氏、そして折返し寝過ごし乗車にもめげず(ry の某氏、有難うございました。保存車巡りの詳細顛末は、後日に保存車両を訪ねてカテゴリで激烈展開したいと思います。
[PR]

by ar-2 | 2014-07-13 23:33 | 外出・旅行 | Comments(0)


<< 北関東でのお買い物      ウラ76 >>