赤い電車は白い線

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2014年 06月 15日

急行「白山」の時代考証を詰める

先日手許に並べてみた急行「白山」編成のネタが続きますが、その記事の折にアップした編成図が1965(昭40)年10月改正以降となると、青色15号の客車が混じって来るのでは?と、数日前の就寝後の寝床で何となく感じてしまったのです。

というのも、所謂20系固定編成客車以前に生まれた在来形客車が青15号化される端緒となったのが、1964(昭39)年7月に制定された「車両塗色および標記基準規定」であり、そのなかで実際の施工日となった同年の10月1日以降に於いて、対象とされた在来形客車の青色15号化がスタートしているのです。ならば、青色15号が混じらない同時期以前の編成とすればとなるわけで、その編成図を検証してみましたところ・・・

1964(昭39)年10月改正
↑上野・金沢
1号車 スハフ42
2号車 オロ61
3号車 オロ61
4号車 ナハ10
5号車 ナハ10
6号車 ナハ10
7号車 ナハ10
8号車 ナハ10
9号車 オハ46
10号車 スハ43
11号車 ナハフ10

冒頭のリンク先記事内容にある1965(昭40)年10月改正以降の編成図と異なり、福井延伸後の金沢回転編成発生によっての8号車がナハフ10とされていない為、オハ46とスハ43が同居しています(福井延伸後は8号車がナハフ10であるほか、9号車がナハ10、10号車がオハ46))。なのでナハフ10については手許に2両有していますから対応に支障はは無いものの、先日のメークアップからすれば1964(昭39)年10月改正の編成を成すのであれば、オハ46が1両不足する事になります。

オハ46という形式は、いわばスハ43の軽量車ver.というのが大まかな概念ですが、細分化すると「新造車」と「編入車」とに大別され、且つそれぞれのスペックを異にしているのです。まず新造車ですが、これはスハ43増備の過程で、屋根板を鋼板屋根とし雨樋をプレス製としたグループを新形式として区分したもので、総60両が落成しています。特長としては前述の通りの鋼板屋根ですから、妻板のキャンバス押さえが廃止され、雨樋もプレス製ゆえ細くスッキリしており、パッと見はスハ43ながら「明らかに違う」部分を湛えているのがオハ46の新造車なのです。

対する編入車ですが、これは先のオハ46新造車よりも以前に製造されたスハ43のうち、年次改良による軽量化(台枠変更など)で重量区分が実際には「オ」級で収まっていたグループをオハ46へと改めたものです。その両数、実に160両!新造車の2.5倍であり、これによりにオハ46は新造車よりも編入車が遥かに多数派という、珍奇な構成となってしまい、編入車は軽量化が施されているとはいえ、鋼板屋根やプレス製雨樋のものは皆無ですから、細かい部分を除けば見た目も中身もスハ43そのものなのです。

果たして、1964(昭39)年10月改正時の「白山」の受け持ち区である「金サワ」在籍のオハ46は、手許の資料によれば-498と-515の2両であり、3ケタナンバーで見当のつく通り編入車です。補足ですが、オハ46編入車の車番についてはスハ43時からのものを踏襲していますから、飛び番が発生していて完全連続とはなっていないのです。というわけで不足のオハ46についてはスハ43の塗り替え&形式変更で済ませられるに至り、昨日のツヤ消し黒入手がこれにリンクするのです(車体色のぶどう色2号は手許にストックがあるので)。
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次いでは、その1964(昭39)年10月改正時点での上野(高崎)~長野間の電化区間における牽引機を検証します。手許にはちょうど良いカマがありまして・・・トミックスのEF62(茶色)です。この個体、実は少々いわくつきでして、もともとは青色車体であったのが、取扱いの不手際で転落させ車体を破損させてしまい、偶々某店で見つけた茶色車体(車体のみ・ナンバープレート附属)へと換装させたという経緯があります(画像下のケースのインサートが品番2102で、青色のものであるのに注意)。
c0155803_20444656.jpg

トミックスのEF62は俗に言う2次量産車で、これの茶色というとかなりのマイナータイプであり、実車におけるその存在を信じない方も居るくらいです(実話)。しかしこれについては文献上で存在するものとされていまして、二次量産車のトップバッターである25・26号機(昭和38年度第3次債務車)が相当します。唯一弱い?のは、私はこれの記録を未だに商業誌含め数多の媒体を通じて目にしていないという事。一生の内のどこかで、2次量産車の茶色時代の記録を何としても確認したいとは思っています。トミックスの製品もそのあたりは忠実で、25・26号機ともにナンバープレートを収録・・・それ以外の2機分のナンバーは蛇足ですねw そんなわけで、昭和38年度車であれば1964(昭39)年10月改正時点では既に運用に就いていたと推測され、急行「白山」編成への抜擢が果たせるわけです。

※追記
「白山」の長野~直江津間の牽引機は、1965(昭40)年10月改正でDD51へと置き換えられており、客車に青色が混じる云々に関わらず、D51重連牽引とするならば上記の1964(昭39)年10月改正の編成が最終形態となる事を付記しておきます。
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by ar-2 | 2014-06-15 21:02 | 鉄道模型(国鉄形客車) | Comments(2)
Commented by Hxdlb at 2014-06-26 22:43 x
こんにちは。EF62 茶色で検索してたまたまたどり着きました。

鉄道ファン誌の1981年7月号にぶどう色時代のEF62 24の写真がありますよ。
私もずっと不安だったクチですが、安心してTomixの茶色の62で「黒部」風の編成を牽かせて楽しんでいます。
Commented by ar-2 at 2014-06-27 23:35
>Hxdlbさん
こんばんは。24号機ですと1次形ですが、当該書籍の記録は2次形の茶色で相違無いでしょうか?
何あれ、貴重な情報ありがとうございます。いずれかに是非に目にしたいと考えています。


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