赤い電車は白い線

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2013年 09月 17日

渡島有情(2日目その2・満喫!函館市電)

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渡島有情(1日目・「あけぼの」に見るブルートレイン象)
渡島有情(2日目その1・回遊!函館市電)

函館どつく前から湯の川までの通し乗車により函館市電全線走破はなされたので、散歩がてら?に一つ手前の湯の川温泉電停まで徒歩で戻ります。



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湯の川温泉からは駒場車庫まで2マスだけ移動。やってきたのは800形811号の部品流用車で、今年落成したばかりで僅かに新車の匂いが車内に残る8010号です。
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その天井にはくどいようですが、送風ダクトもラインフローも、扇風機もありません。これでも問題無いという判断に至るのが、函館の土地柄(気候等を含めて)なのでしょう。
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駒場車庫到着直前に遠方を見れば・・・函館ハイカラ號が入区する刹那でした。少々のインターバルを挟んで再出区するスジであり、これに乗車して函館駅前まで戻る予定としています。
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駒場車庫ではこの間を用いて車庫敷地内を少し見学させて貰おうと考えていたのですが、残念ながら平時における車庫敷地内立ち入りは認めていないとの事でした。21年前とは事情が異なるのはやむを得ないところであり、敷地外から眺めるに留めます。
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遠方には個人的に最大の目当てであった700形723号のリバイバル塗装車が・・・。他にも最後の800形である812号がこの塗装を纏っていますが、数年後には部品を流用させ8000形へと更新される事が決定しているので、叶うものなら再訪したいところです。時間があれば、1日中市電沿線に張り付いていますよw! 右端にチラ見しているのは500形未更新車の530号。21年前はある程度の両数が居たのですが、今や当該タイプはこれ1両のみ・・・その歳月を感じずにはいられません。
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建屋の外では2000形2001号が水浴びをさせて貰って気持ちよさそう!2000形は前記事で触れた3000形の冷房無しバージョンであり、台車や主電動機、VVVF制御といった部分まで全て共通です。本当に全く冷房の有無で形式が分けられているだけであり、それぞれのデビュー年が1993(平5)年であるというのと、且つその後も両形式とも増備されている(勿論新車購入)というのが実にユニーク!VVVFの新車ですら非冷房、それが函館市電というキャラなのです。後ろに見える建屋妻の井桁明かり窓が、とってもクラシカル!
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駒場車庫電停に8000形8003号が姿を見せました。エッジの立ったスクウェアなビジュアルに、非冷房ゆえに屋上搭載物の殆ど見えないフラットな屋根がミスマッチ!8000形は800形の機器流用によって生まれた形式であり、現在までに10両が揃っています。番号対照は以下の通り。

803→8001 1990(平2)年改造
808→8002 1990(平2)年改造
804→8003 1992(平4)年改造
801→8004 1993(平5)年改造
802→8005 1994(平6)年改造
805→8006 1995(平7)年改造
806→8007 1997(平9)年改造
809→8008 1997(平9)年改造
810→8009 2012(平24)年改造
811→8010 2013(平25)年改造

増備期間が長期に亘っているのは車両需給を始めとした諸事情もありましょうが、その空白的期間内に姉妹車ともいうべき8100形8101号が、2001(平13)年に登場しています。出自はやはり800形で807号の部品を流用していますが、名義上は新車購入扱いとなっています。姉妹車とはいえど中央出入台が低床化され、側窓もブラックサッシの下段固定窓にシングルアームパンタと、なかなか趣を異にしています。屋上には大型の機器箱が見え冷房装置かと見紛いますが、これは部分低床化により行き場を失った床下機器の由、よって非冷房車です(箱根登山鉄道濃の抵抗器と感覚は近似している)。現時点で1両のみの存在。
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一時代前の函館市電スタイルの代表的形式である710形は全車が非冷房車で、現在も纏まった数(9両)の稼動車があり健在をアピールしています。バス窓を有し丸味を帯びたビジュアルは、まさに路面電車躍進の戦後の近代化時代を象徴する平準的なもので、ある意味ネオクラシックとも捉えられる存在となりつつあります。番号対照は以下の通り。

711 1959(昭34)年製→1985(昭60)年車体更新→2010(平22)年廃車
712 1959(昭34)年製→1994(平6)年廃車  
713 1959(昭34)年製→1985(昭60)年廃車
714 1959(昭34)年製→1979(昭54)年廃車
715 1960(昭35)年製
716 1960(昭35)年製 
717 1960(昭35)年製→1973(昭48)年廃車
718 1960(昭35)年製 
719 1960(昭35)年製
720 1960(昭35)年製
721 1961(昭36)年製
722 1961(昭36)年製
723 1961(昭36)年製
724 1961(昭36)年製
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1960(昭35)年製の715号以降は側面車掌台窓上に方向幕を新製時より備え、他車についても後年追設されています。但し712号のみは何故か追設される事なく、オリジナルスタイルのまま1994(平6)年に廃車されています。現在は側面方向幕としての機能は無く、車番が記されています。
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車庫敷地内へと再び目を転ずれば、函館ハイカラ號がひと時のブレイク中。この函館ハイカラ號こと30形39号は、函館市制70周年記念事業と折から進められていたチンチン電車復活計画のマッチングにより成され、1993(平5)年に復原・営業運転に就きました。運転台部分がオープンデッキであるが故に冬季(11月~4月)は運休となりますが、既に復原から今年で20年を迎えるに至り、函館観光名物の一つとしてすっかり定着しています。

復原の種車となったササラ電車たる排2号は、もとを辿れば成宗電気軌道(→成田電気軌道)が購入した1910(明43)年天野工場製の単車(当時の車番は不明)で、1918(大7)年の単線化により余剰となり函館水電へと売却された5両のうちの1両がこの39号。1937(昭12)年に除雪電車へと改造されてからは永らく「ササラ電車」の愛称で親しまれ、1992(平4)年には前述の通りの経緯で函館ハイカラ號への復原に着手されたのです。車体については当時の図面を参照した完全新製ですが、足回りについてはブリル21E-1台車が活用され、クラシカルな雰囲気を盛り上げています(オリジナル台車はマウンテン・ギブソン製とのことなので異なる)。
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函館ハイカラ號こと39号の出庫時刻が迫りつつある頃に、718号が湯の川から回送されて来て入庫、入れ替わるように39号が出庫の体勢となり電停に入線・・・早速乗車します。函館ハイカラ號乗車に際して特別料金は不要ですが、カードリーダー一式等を備えた機器が搭載されていないので、プリペイドカード(イカすカード?)利用は不可という制約がある程度です。
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車内はありふれたレトロテイストですが、今となっては限られた「単車」の乗り心地が楽しい!上下動のピッチングはまさに単車ならではのものですが、気を遣って?かそれほどスピードを上げないので、驚くほどのピッチングを期待してはなりませんw
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クラシカルな窓に飛び込んできた21世紀の市電。
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専属車掌さんも乗務していますが、一応、自動放送も流れますw クラリオンのスピーカですね。
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方向幕対照表も紹介。必要最低限度+αといったコマ内容です。
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楽しい函館ハイカラ號の旅は函館駅前で区切りをつけ、私達はここで下車。39号は谷地頭に向けてひとっ走りです。21年振りの函館市電との逢瀬は僅かな時間ではありましたが、かつてとは全く異なる角度で満喫できた事、そしてその想い出をまた新たにする事が出来たのは、無上の喜びと言わざるを得ません。またいつか、またいつか、函館市電に接せられる日が来る事を楽しみにしています。

(2日目その3に続く)
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by ar-2 | 2013-09-17 21:40 | 外出・旅行 | Comments(0)


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