赤い電車は白い線

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2013年 07月 15日

行くぜ東北!三陸の「いま」と県北バスを訪ね視て(2日目その2・重茂半島への路、大津波の傷跡と共に)

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行くぜ東北!三陸の「いま」と県北バスを訪ね視て(1日目・「ビーム1」は三陸を目指して)
行くぜ東北!三陸の「いま」と県北バスを訪ね視て(2日目その1・朝の宮古駅前の表情とバス観察)

いよいよ本旅程の目的の一つとも言える、情報の少ない県北バス重茂(おもえ)車庫へと向かいます。そのアプローチは宮古駅前8:30発の石浜行・・・重茂半島へのバス便は5本/日しか無いので、プランニングには大分腐心した経緯があります。
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その8:30の石浜行はトップドアのブルリですが、車体外板は傷みが目立ちます。20年落ちの排ガス規制U-代というのもありましょうが、寒雪地にして沿岸部という環境もまた大きく作用しているのではと思います。
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バスは私達を含めて総勢5名の旅客で宮古駅前を発ち、市街地で散発的な乗車と降車を経た後、市街を抜けR45で南下しつつ宮古湾をトレスした先の高浜二丁目で1名が降車してしまうと、よそ者の私達だけが旅客として車内に残るのみとなりました。R45は休止中の山田線(宮古~釜石)と宮古湾に挟まれるように南下しつつ、湾の向こうにはこれからの進路となる重茂半島が泰然たる姿を湛えています。そう、宮古市街と重茂半島は宮古湾を挟んで対峙する位置関係にあるのです。
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途中乗降で見えた旅客は、私達以外は全員高齢者か婦人ばかりであり、いわゆる交通弱者にとってはたとえ短距離であれどバス交通への依存は厳として存在し、欠くべからざるものとなっているのが窺えます。他方、私達のような年代にとってはマイカーありきというのも地方にとっては事実のようで、ここに公共交通の在り方と在り様の議論の分かれ目が集中するわけです。そんなドライな発想は趣味的見地からすれば無用の極みですが、思わずそんな雑念がよぎらずにはいられないほど、石浜行のロマンスシートが並ぶ車内は閑散たるもの・・・。ふと前方を見やれば、重茂車庫を8:10に出た宮古駅前行のUD高出力車と離合する刹那でした。
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バスは宮古湾のドン突きの少し先、津軽石地区に入ってほどない川帳場でR45を左折し、赤前地区へと入ります。ここでのコース取りは独特で、こんな狭隘路を曲がるとは!といったスリリングさもあるのですが、それより何より身につまされるのは、異様なくらいに家屋の密度が無く、いやむしろ皆無にも等しい原野に拓かれたロードを丹念に縫ってコース取りする様・・・。そう、この宮古湾のドン突きに直面した赤前地区は、先の大震災による大津波で甚大な被害を受けた地区の一つなのです。

そこが例えば、です。一目見て不自然に均された荒地であるならば、ああ、ここに家屋があったんだなと、ある種「心の痞え」に似たものは芽生えるかも知れませんが、夏草に一面覆われてそれすらも見出す事の出来ない呵責の、何と、何と、心苦しいことでありましょうか。2名のよそ者を乗せたそれこそ退役間際のようなバスが、斯様なエリアを律儀に面倒なコース取りをしながら車体を揺らして行く様は、私の貧相な語彙では到底表現しえないものがあり、旅から帰還した今だからこそ、深いショッキングを覚えるのです。
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赤前地区から宮古湾を回り込むようにして東側に出、かつて津軽石漁港のあった沿岸道路をバスは黙々と進みます。その随所では復興に向けた工事が行われています。2年やそこいらで「復興が遅い、遅れている」などと宣うのは、マスゴミのアジテーションの一環にして、それを鵜呑みにして被災地の現実を見もせず知りもせずにいる人達だけでしょう。被災地の実際を「視」れば、それだけのものが返ってくるのです。
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重茂半島へといよいよ分け入ったバスは、さきほどまで走っていたR45を宮古湾を挟んだ左に望みながら、大型バスの通行が信じがたいような狭隘路を進んで行きます。道路は小さな湾の一つ一つをトレスしますから、カーブの止まない事、止まない事。画像のように対向車と離合出来るポイントはまだ良いほうで・・・。
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地元のクルマは判っていますから、ちゃんと余裕を見て止まってくれる場合もあります。
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それより何より肝を冷やしたのは、重茂半島からの戻り(同じバスでしたが)・・・この宮古湾に面した狭隘路、それこそ一歩間違えば湾に転落しかねないようなポイントばかりの要所要所で、重茂半島の復興工事へ携わるダンプカーと幾度もの離合を繰り返した事!もちろん1台2台などではありません。数十秒おきに離合するといった感覚でしたが、兎に角お互いのドラテクが確かなのか、信じがたいような角度でスムースに切り抜けられた数多の場面は、カメラを構えるのも忘れるほどに唖然とさせられました。私が言うのも何ですが、よそ者の車両が乗り入れようものなら、無事では済まない予感がプンプンです。
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こんなにも、たおやかな湾も牙を剥く・・・それが海なのでしょう。
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宮古湾に沿っていた路は東に向きを変え、重茂半島の懐へと分け入って行きます。ここからは峠越えですが、もうどんなワンディングロードでも驚きませんね。ところどころの路傍に黄色い巣箱の様なモノがあり、ここに滑り止めの砂袋が備わっています。
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やがて峠のサミットに位置する月山登山口停留所。ここには事前に調べておいた名物?物件がありまして、3Eのバス廃車体を利用したバス待合所がそれです。但しこの待合所、バス停から少々離れて位置していますから、この中に居たらバスに気付いてもらえさなさそうなので利用価値は低いですw
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サミットを越え、エンジンブレーキをかましながら下った先には音部地区が見えてきました。ここには音部漁港という漁業の拠点がありましたが、先の大震災による大津波で壊滅しています。
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その音部漁港を抜けて高台へと上がる路傍のガードレールは・・・2年前のままなのでしょう。
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お客様は新聞紙?
そう、このバスは重茂半島への新聞輸送も兼ねている(というかそっちが本分?)ようで、音部漁港を過ぎたあたりからの停留所随所で、時にガソリンスタンドや店舗前で客扉を開け、待ちわびた商店主に渡したり、ドライバー氏が置きに行ったり・・・。一番アグレッシブだったのは、ドライバー氏が席に座った位置から引き窓を開けて路肩に新聞紙を放った某理髪店前とかw そういう取り決め?なのでしょう。
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そして宮古駅前を発って1時間と少々で・・・漸く重茂車庫に到着!ツーステ高床のトップドアブルリかっけえ・・・資本があったら引き取りたいぐらいですねw ドライバー氏は重茂車庫建屋に新聞紙の束を置きに行っている最中・・・いよいよ県北バスの営業所(車庫)巡りが始まります。

2日目その3に続く)
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by ar-2 | 2013-07-15 23:57 | 外出・旅行 | Comments(0)


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