2013年 07月 14日

行くぜ東北!三陸の「いま」と県北バスを訪ね視て(1日目・「ビーム1」は三陸を目指して)

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8年振りという岩手のバスとの接触を果たしたのが本年2月の事。それから数えること5ヶ月のスパンを置いて、再び岩手へと赴いてきました。実は今回の旅程のそれは2月の時点でほぼ決まってはいたのですが、5ヶ月もの準備期間?があったにも関わらず行程の煮詰めがイマイチであり、もっと旅程を有効に使えたのではという消化不良気味なキライがるのも否めません。とはいえ、今回の旅もまたまだ見ぬ「岩手のバス」の魅力の片鱗へと触れる事が出来、実り多いものでした。

今回の行先ですが、2月が「温泉とボンネットバス」を求めて八幡平の「山」へを目指したのとはうって変り、「三陸鉄道とバス営業所巡り」という事で対照的に「海」へとスポットを当てました。三陸鉄道については後段で詳述して行きますが、バス営業所巡りというのは岩手県北自動車(県北バス)のそれを指します。何故県北バスかというのは、2月がキッカケとなったフシもあるにはありましょうが、同じ岩手県内のバス事業者でも岩手県交通(県交通)と対蹠的に、趣味的見地でのweb上での情報が非常に少なく感じたからです。

これは県交通が21世紀に入ってからもモノコックバスを有し、且つそれらを題材としたバスツアーを精力的に展開していが故にの「知名度」や趣味的な「関心度」の差がもたらしたものと考えますが、「知りたい」と思っても「知れない」となると、だったら現地に行って「知っちゃえば」イイじゃない!と思うのが私の性のようでして、そんな事から今回の旅程の大まかなプランが出来上がったのです。
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夏休みを目前にした「海の日」絡みの3連休を控えた7月11日(木)夜、勤務をある程度の根回し?で切り上げて同行の友人と合流すべく東京駅へと向かいました。今回のファーストアプローチは品川BT~宮古~山田間を結ぶ夜間高速バス「ビーム1」ですが、その発車時刻までは少々インターバルがあるので新橋養老で旅立ちの盃です。なんというか、いつもの感覚で呑むと乗り遅れ必至ですww
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呑み足りないと言えばそれまでですが、バス乗車後の事も考えそこそこに留め、新橋から帰宅客で賑わう山手線で品川へと移動。高輪口から徒歩5~6分程度見えて来た「品川バスターミナル」(品川BT)が今回の乗車地で、また「ビーム1をはじめとした各方面への夜行高速バスの発着拠点でもあります。施設は京急バスの手になるもので、当然ながらここから発着する路線も京急バスが携わっているものばかりです。
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品川BTの1階にはチケットカウンターや洗面所があり、とくに手洗い場のスペースを広くとってあるのは如何にも夜行乗車明けのニーズを意識したもの。全面的に待合いスペースとされている画像の2階はやや殺風景ですが、自販機やゴミ箱も備わっていますので必要十分でしょう。
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岩手三陸は宮古までダイレクトアクセスする「ビーム1」は、その愛称を浄土ヶ浜が本州で最初に朝日が昇る事を由来としています。「ビーム1」は県北バスと京急の共同運行で、私達が本日乗車するのは県北バスの「岩手200か15-47」。どちらの運行事業者のクルマに当たるか確率は5割ですが、今回は県北バスずくしを予定しているだけに幸先の良さを予感させます。
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本日は休前日でない木曜日発であるにも関わらず、品川BT発の下り便は2台体制・・・画像の京急のクルマがその2号車に相当します。乗り具合も1号車と2号車合わせれば1台で事足りる程度なのですが、これは翌日の金曜日宮古発上り便が2台必要であるための措置であり、言うなれば「送り込み」を兼ねているわけです。一見、旅客の需要と無関係に見える不思議な配車も、実はそうではないという妙どころが面白いですね。
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発車時刻の10分前となり乗車扱いが開始され、早速県北バスの1号車に乗車します。窓側シートの通路側には上半分がシースルーのカーテンが設けられていまして、年式が新しいクルマ故なのか見慣れない設備に驚きました。カーテンを引いても引かなくても変わらないヨという人は別として、安眠効果には一定の効果があるようですし、プライバシーとまで大仰な事は申しませんが、「他人の目が気になる」といった昨今の「神経質社会」にあっては歓迎されるものでしょう。今後普及して行くのか気になるところです。
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果たして「ビーム1」は品川BTを21:40に定刻発車!傍らの第一京浜(R15)は右折出来ないのか北上せず、八ツ山通り~山手通り~旧海岸通り~八千代橋左折~札の辻右折~R15と回り込むコース取りを経て、漸く北上の進路を取ります。ほどなく浜松町BTで乗車扱いがあり、以後は途中休憩を別とすれば明朝の盛岡南まで乗降扱いは無し。車内も減灯→消灯へと流れて、夜行高速バス独特の「夜のしじま」に包まれて行きました。
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明けて7月12日(金)、二度目の途中休憩である5時前の紫波SAは雨の中。うだるような暑さの東京とは対照的な陽気で、気温も様変わりしています。それもそのはずで東北地方は梅雨が明けておらず、東京中心で物事を考えるのはとても危険な事だと偶に思うのですが、まさにそれを実感させられました。関東以西の梅雨明けが異常なだけなのです。
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紫波SAから30分程度で盛岡南に到着。ここは2月にも訪れていますが、単なる営業所としてのみならず、この「ビーム1」と盛岡駅までを結ぶフィーダポイントとしての機能もあります(「ビーム1」の時刻に合わせて盛岡駅とを結ぶ連絡バスが設定されている)。それならばいっそ「ビーム1」を盛岡駅へと経由させればというのは素人考えのようで、そもそも東京からは歴として盛岡行の夜行高速バスが他の事業者によって運行されていますから、そこまでの必要も無いのでしょう。
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しかしここでめくるめくはその史実の不思議さで、県北バスはもともと全国的に夜間高速バス開設がブームとなっていた1980年代後半に、京急と共同運行で東京~盛岡間を開設する計画を練っていたのです。その後、県交通や国際興業、更にはJRバス(関東/東北)も加わってこの計画は進みますが、共同運行事業者がこれだけ多くては採算ベースにはのらないと、堅実?な県北バスと京急は計画から離脱。しかし、これが後に着目点を変えた事による東京~宮古間「ビーム1」開設へと至る節目となったわけであり、どこで何がどう転がるかは判りません。県北バスの東京~盛岡間が実現していたならば、「ビーム1」が開設されていたかわからないのですから。
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雨に煙る盛岡南を後にした「ビーム1」は、R4~茶畑右折~R106へとコース取りし、山また山の区界峠を越えれば山田線とピッタリ寄り添いつつ沿岸部を目指します。果たして7時過ぎ、「ビーム1」は品川BTから約10時間の長旅を経て宮古駅前に無事到着!そして私にとっては1990(平2)年8月の家族旅行以来、実に23年振りの宮古到達の瞬間でもありました。「ビーム1」は現在山田まで延長されていますので、バスはもうひとっ走り。その後ろ姿を見送った刹那から、三陸の「いま」を視る旅は始まったのです。

2日目その1に続く)
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by ar-2 | 2013-07-14 13:22 | 外出・旅行 | Comments(0)


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