赤い電車は白い線

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2013年 02月 12日

行くぜ東北!邂逅の岩手のバスと秘湯・松川温泉の旅(2日目その6・松楓荘の表情)

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行くぜ東北!邂逅の岩手のバスと秘湯・松川温泉の旅(1日目・みちのくの夜を駆って)
行くぜ東北!邂逅の岩手のバスと秘湯・松川温泉の旅(2日目その1・アイスバーンの轍と共に)
行くぜ東北!邂逅の岩手のバスと秘湯・松川温泉の旅(2日目その2・岩手の地に神奈中ブルーリボン登場!)
行くぜ東北!邂逅の岩手のバスと秘湯・松川温泉の旅(2日目その3・市内散歩と盛岡冷麺)
行くぜ東北!邂逅の岩手のバスと秘湯・松川温泉の旅(2日目その4・昭和の香りの盛岡バスセンター)
行くぜ東北!邂逅の岩手のバスと秘湯・松川温泉の旅(2日目その5・松川温泉への路)

岩手山の西側、八幡平温泉郷の奥に位置する松川温泉。八代将軍徳川吉宗公在位の頃である1743(寛保(かんぽう)3)年開湯し、今日日まで実に270年に亘り湧き続ける湯処です。そもそも今回私達がここを目指したのは他でもなく、今なお現役である岩手県北バスのボンネットバスが冬季限定で運行されるのが松川温泉線であり、実際そうしたキッカケが無ければ生涯訪れるのは愚か知る事すら無かったでしょう。結果としてボンネットバスは長期整備による運用離脱で全くの本末転倒・・・となるはずが、友人が事前にサーチしセレクトした「松楓荘(しょうふうそう)」とも併せて松川温泉への興味が沸き、それはそれはナカナカ新鮮な一夜となったのです。



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松川温泉行のバスを見送り「松楓荘」へと到達した私達。盛岡市街を後にして約2時間、その玄関先で目にした気温計が松川温泉と松楓荘の立地の全てを物語っています。

そもそも、何故松楓荘なのか。それは

「料金が安かったから」


です。これだけですと随分不躾な印象を抱いているように思われるかも知れませんが、実際に「安い」のはエコノミーなプランであって、グレードアップしたプランですと料金面では他の松川温泉における宿とひけをとりません。因みに松川温泉における温泉宿は3軒で、バス停の終点側から峡雲荘松川荘、ここ松楓荘。客観的な判断ではその宿自体のグレードも位置関係に比例しているようで興味深かったのですが、何より何より、その松川温泉で最も鄙びているとされる松楓荘が最も長い歴史を有しているという事実、つまり松川温泉270年の歴史はそのまま松楓荘の歴史でもあるという、驚くべき「超老舗」の側面があるのです。

一般的に「老舗」というのはおしなべて「イコール敷居が高い」というイメージがついてまわるものであり、それが開湯数百年という立地の温泉宿ならば尚の事でしょう。ところが松川温泉にはその概念が全く当て嵌まらない。どういうことだ・・・オイ、といつもの調子で興味津々のレーダーが反応し、出立前に種々調べてみましたところ個性的なお宿のようで。ただ、個性的過ぎ?て大衆迎合型ではないが故にかユーザーの受けはイマイチなのか・・・
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キーワードで・・・
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反応しません。こんなのって・・・あんまりだよ!
尤も、裏を返せばそれ故に秘湯としてのポテンシャルが保たれているのではと言えなくも無く、ボンネットバスと同等か或いはそれ以上の期待を以ってして岩手へと向かったのです。
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その松楓荘の面構えは山小屋風で、web上の画像で判断する限り他の2軒とは趣をまるで異にしています。間口傍らの気温計が氷点下10°に差し掛からんとしているのを見て絶句しながらも、漸くの到達感に満ちながらフロントに挨拶。恐らく若女将と思しき方に応対いただき、ほどなく客室へと案内されます。
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今回私達がセレクトしたプランは公式ページにおけるCプランで、夕・朝食付きでの最もリーズナブルなプランです。そのプラン毎における価格差は料理の差かと思いきや、これまたweb上で調べてみましたところお部屋の差としても顕れるのだとか。う~む、とりあえず屋根と壁があればイイかと気楽に考えていたのですが、案内されたのは松川渓谷が望める側の部屋でナカナカのロケーション!
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といっても見える景色は真っ白ですがw 真ん中に見える吊り橋は松楓荘名物の岩風呂(洞窟風呂)へのアプローチでして、それに続く桟橋も見えます。これは後で訪れてみましょう。それにしても深山幽谷の趣・・・素晴らしいですね。
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客室のハナシに戻りますが、今回一晩を過ごすお部屋には基本的なスペックとして小さいながらもTVがあります。もちろん映りますが鄙びた時間を過ごしたいのであれば触れないのが肝要かとw 実際、私達も映るか否かを確認しただけで翌日まで一切機能させませんでした。押入れには浴衣と丹前、歯磨きセットにハンドタオルといった一応のステーショナリーが揃っています。上着類は狭いながらも押入れの一区画にハンガーを吊るせますから、そこに収めましょう。

肝心の間取りですが、恐らく四畳半程度と思われます。恐らく・・・というのは、敷物が畳状のもので純然たる畳敷きではなかったためで、その下は板張りになっているのではと思われました。その畳状の敷物はビョウで留められていて、温度変化もあるのかピンと張られておらず歪んでしまっています。このあたりユーザーの判断が分かれるのかも知れませんが、私には充分でした。そして肝心?の生命に関わる暖房設備ですが、部屋内にはストーブ/エアコンの類は一切見えません。では、どうしているかというと・・・
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それは窓下を這い、木製の覆いでカバーされている「スチーム管」ありきなのです。松川温泉界隈は、一つ先の立地である「松川荘」の後背に松川地熱発電所が聳えているあたりからも察せられるように熱源に恵まれたものであり、その趣を独特としています。効能はと言いますと必要十分であり、木製の覆い上部にビョウ留めされた布地を上げ下げする事により調整も成せるよう配慮され、後の就寝時に布地を下げたままでも凍えるような事態とはならず、その有効性が窺えました。このあたり、7年前に模型仲間で泊まった修善寺の某旅館における電気?ストーブのスイッチON/OFF攻防戦で安眠できなかったというエピソード(私は別部屋だった)と比しても、蒸気暖房の安定性が証明されるような気がしなくもないですが、翻って国鉄時代のSG(蒸気暖房)では「暑すぎる」「寒い」などの個人差に依拠するクレームも少なくなく調整に苦労があったようで、その意味では今回は偶々良好だったのかなとも思います。

暖房に関わる余話としては私が10代末か20代頭の頃だったと思うのですが、乗り合わせた天王寺発新宮行の夜行普通列車(通称「釣り夜行」)の165系の暖房が利き過ぎて難儀した記憶があります。それも年末12月の暮れにも関わらず、汗だくになるほどの暑さにTシャツ1枚になる始末であった事は今も忘れられません。後で思ったのは、日根野区の165系の殆どは1986(昭61)年の急行「アルプス」昼行便全廃により松本運転所から捻出された布陣なわけで、恐らくヒーターが強化されていたままだったのでは・・・という事です。それも今や何もかもが佳き想い出なわけですが。
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一応避難経路なんかも確認しておきますが、廊下のこの消火栓・・・見た事の無い様式です。単に剥き出しなだけかも知れませんが(汗
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松楓荘の建物は東西に横長です。全長に亘ってほぼ2階建ですが、その配置を画像の中央階段基準で大雑把に示しますと・・・

←(東) 玄関/フロント/食堂=東階段(客室)中央階段(客室)西階段=混浴露天/内湯 (西)→

となります。図示には含んでいませんが、中央階段1階から松川渓谷側(つまり南側)の岩風呂へのアプローチがあり、画像中央階段2階から1階を見下ろしたもので左下のアルミサッシ扉がそれに当たります。
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そのアルミサッシ扉を抜けるともう1枚の扉があり二重構造。一応注意書きがあり、中央階段1階の北側に備わっている長靴をこれより先は着用の旨があります。そして二枚目の扉を開ければ松川渓谷を渡る吊り橋と、それに続く桟橋が目に飛び込んできます。

1日目その7に続く)
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by ar-2 | 2013-02-12 18:50 | 外出・旅行


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