赤い電車は白い線

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2012年 11月 29日

生田緑地のスハ42 2047を訪ねて

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本日2本目です。

旧客の保存例というのは決して多くありません。あまつさえ普遍的な鉄道車両として価値を見出される事自体に恵まれないというのもありますが、例えば保存蒸機の「刺身のツマ」的な位置付けで残されても材質の違いから持ち堪える事が出来ず、蒸機を遺してさっさと朽ちてしまうケースが少なくないからです。そんな旧客の保存例を首都圏近郊で挙げてみると、ソラで言えるのは小金井のスハフ32、羊蹄丸のスハフ44・・・これは嬉しい事に真岡に引き取られましたね。それと生田緑地のスハ42・・・といったところでしょうか。

唐突に旧客のハナシをするのは他でもなく、少し前のオロ80、高原のポニーとともに(序・・・準備編)というタイトルばっか大仰な記事の通り、次作でオロ80を手掛ける予定である事から実車を観察して気分の切り替えを図っておこうというものです。観察といってもそこで得た全てが反映されるわけでは決して無いのですが、要はそうする事によって少しでも心を込めて造れたら・・・という「願掛け」みたいなものです。そんなわけで、幸いにして近傍の川崎市内は生田緑地に保存されているスハ42を訪ねてきました。



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まずは生田緑地までのアクセスですが、バスが溝の口と向ヶ丘遊園から発着している事が判りました。乗り換え回数を少なくするのであれば湘南台経由ですが、定期券を用いて安く上がるのは武蔵小杉経由。というわけでスカ線車内でバスの時刻を調べたところ溝の口発はタッチの差で間に合うかどうか・・・のはずが、今朝方の京浜東北非常発報→南武線も巻き添えで感知→急停止位置が架線の繋ぎ目(車掌アナウンスによる・・・ASの事か)で車両点検というコンボのお陰で南武線はダイヤ乱れorz。溝の口からは諦め向ヶ丘遊園からとしました。バス便がデータイムは1本/1時間ですので・・・。
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登戸から向ヶ丘遊園までは目鼻の距離なので線路沿いにウォーキング。某貸しレが無くなってからは二度と来ることもあるまいと思っていましたが、こんな機会があるとは・・・。向ヶ丘遊園からはバスが待たずに来るようなので、2停留所だけですが「溝19」系統に乗車。停留所名はそのものズバリの「生田緑地入口」です。
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生田緑地内には日本民家園など幾つかの有料施設が展開していますが、緑地内自体は無料で入場できます。
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そして見えてきたのはお目当てのスハ42 2047!
これ「だけ」を見に来るのは鉄ヲタでも保存車フェチかよほどの客車ファンぐらいではないでしょうかw
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早速細部を観察・・・の前に、有難い解説板です。以下、原文のまま引用させていただきます。

「この客車は、昭和23年に日本車輌製造株式会社でつくられ、国鉄常磐線
経由東北線の上野~青森間を約37年間に555万キロメートル、(地球を約
140周)走りつづけ、昭和60年3月水戸機関区で廃車となりました。その
後、国鉄大宮工場で改装し、国鉄梶ヶ谷貨物ターミナル駅まで回送され、
ここから40トン積トレーラーにより運搬し、据付けました。
                                    昭和60年10月」

梶ヶ谷まで回送とは成程ですが、当時そうまでして川崎市が旧客を求めたのも今からすれば不思議ですね。ある種のブームだったのでしょうか。とはいえそのお陰でこうして21世紀の今日にスハ42が生き残れたわけですから、何はなくとも万々歳でしょうか。
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これは後位妻の検査標記ですが「60-9」というのは前記の解説板から見て、大宮工で改装した時期を指すものと思われます。それと後位にはエンド標記が無いはずですが、両側とも「②」がレタリングされていてちょっと混乱しますw ご愛嬌ですね。因みにスハ42における位置称呼では「各等全車で一端に便所のある場合は、便所の無い側が前位。」が適応されます。
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とにかくこのスハ42、屋外展示にも関わらず状態がよろしいのが特色。
後位妻には前回に大がかりなレストアを担当したと思われる事業者の銘が・・・。
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2年ほど前の科学館新築の都合から保存場所が少し移動したというスハ42 2047。web上で目にする旧保存場所よりも開放的な位置に移動しているのが判ります。その外観は雨垂れや経年を考えれば少なすぎる錆、それに謎の白い滴(左端)が見えたりはするも激しい痛みは皆無でビューティフルな状態!

ここでスハ42の概要に触れておきましょう。スハ42は、オハ35の戦後型における「キノコ折妻」グループと同一の車体を有するも、台車をウイングバネのTR40とした事及び自重増加によってスハ42という別形式にした由。もとは新製車ですが後天的な台車振替によりオハ35へと編入されたモノや、車内見付をナハ10と共通化し、数多の部分で2t近くの軽量化を実現した整備工事によりオハ36へと改形式されたモノ、そのオハ36のEG(電気暖房)搭載による自重増加でスハ40となったモノなど、パッと見は共通でも形式違いという客車ならではのバリエーションを生んでいます。

本車スハ42 2047は前述の通りオハ35戦後型のキノコ折妻と共通の車体を有し、屋根板は鋼板となっています。オハ35でもそうですが、屋根板のキャンバスか鋼板であるかの相違は製造年次によるものではなくほぼシンクロして並行製造。何か経緯があったのかはたまた偶然であったにしろ、生田緑地に鋼板屋根の本車が充てられた事は幸運だったのではないでしょうか。もし屋根板がキャンバスであったならば、その後の保存状態の良し悪しに関わっていた可能性を否定できませんからね。
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手前に見える後位側出入台は3-4位とも客扉窓が変形の二段Hゴム窓を有しています。客窓のアルミサッシ化と併せて近代化工事(1961年以降)で施されたのではと考えられますが、対する前位側出入台は1-2位とも客扉窓はノーマルHゴムとなっています。4位側に位置する洗面所窓は画像の通り大窓のHゴム支持となっていますが・・・
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3位側の便所窓は小窓のHゴム支持となっています。
この画一性の無さが旧客の醍醐味でしょう!
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車内も嬉しい事に公開されていますが、その入口の掲示によれば来年春まで改装工事とか。
思いつきの訪問とはいえ何と絶妙なタイミング・・・これはもはや天佑だ!
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それでは開放されている1位出入台から「乗車」してみましょう。
前述の通り、こちら側の客扉窓はノーマルのHゴムですね。
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足を踏み入れた刹那に「ギッ・・・」とi嘶く木床が堪らない車内でまず目に付くのは、1箇所のみを「見本」として残した他は全撤去されているロールカーテン。恐らく破損を懸念しての措置と思われますが、これは維持して行くうえで「考えて」の結果と見る事が出来ます。その証拠に画像では感じ取り辛いかも知れませんが、兎に角状態が良い!ありがちなモケット破れは見えず、ましてやガラス破損などとんでもないレベルです。
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客窓も開きます!
とかくこの手の窓は大抵がバカになっているものですが、気持ち悪いくらいスムースに上昇出来ました。
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ちゃんと注意書きも。
置いたらそれっきりの放置ではありません。しっかり面倒見てもらっています。このクルマは本当に果報者です。
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便所は閉鎖されていますが、洗面所はわざわざガラスで仕切ってあり様子が窺えます。
タイル貼りの床の何と目にも美しいこと!これはもはやミュージアムコンディションだ!
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開放時間は決められています。
何でもそうですが決まり事が無くなるから荒廃する、当たり前のことです。
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出口は3位出入台・・・おじゃましました~。
その独特の二段Hゴム窓が鮮烈ですね。内枠は一枚になっているようですが・・・。
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今回の目的の大勢は実は「床下機器の位置関係の把握」にありまして、こんな感じでパチパチやってきました。無論9ミリレベルでここまでやろうなどとは思いませんが、実物に接してみれば成程納得と思う部分もあるわけですから、決して無益ではないはずです。
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キノコ~
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キノコキノコ~
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ザ・キノコ!

背景の木々も色付いて、まさに秋の味覚キノコにうってつけw
ここで少しばかりですが紅葉狩りと洒落込みましょう。
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生田緑地・・・穴場かも知れませんね。
緑地内には日本民家園などもあり、今回は時間の都合で割愛しましたが興味深いところです。
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お帰りはバスで溝の口まで出て・・・20分強でしょうか。
南武線は直ぐに来たのが画像の種別。まさかこれの「歴史は繰り返す」が具現化するとは思ってもみませんでしたね~。
ところが乗車した溝の口から小杉までは各駅停車なので、全然快速っぽくなかったというオチがついたのでしたw
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:おまけ

そういえばD51もありました(汗
敢えてスハ42と連結させていないのはスペースの都合もありましょうが、お陰で(スハ42が)引き立っています!
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by ar-2 | 2012-11-29 22:16 | 保存車両を訪ねて


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