赤い電車は白い線

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2012年 11月 22日

似て非なるもの~クモハ12050の場合

さて、この時入手したかのRMM100号付録の旧31系キットですが、早速カタチにしようかと思案中です(直ぐに手を付けるかは別w)。実は私にとってこのキットは3度目と言うべきで、1度目は片運のクモハ11200仕様に組み自由形の塗装を施してフリーランスとし、2度目はリベットを白キャップで溶かすという大失態を犯しポシャらせてしまい、そして此度がその3度目となるわけです。

ここまでの流れからすると「二度ある事は・・・」というよりは「三度目の正直・・・」に相当すると(都合良く)解釈でき、その構想練成にも力が入ろうというものです。ま、入るだけで大した事は実際しないのですが(汗 その仕様はどうなるかと言いますと、もっともベターな両運のクモハ12050にしようと考えています。あの1996(平8)年3月改正まで現役であり続けた鶴見線の12052・12053や、佐久間レールパークに展示されるも最終的には解体されてしまった12054が該当するタイプです。

そこでその青写真?ついでに、手許の12052・12053の記録をある視点で振り返ってみましょう。そのある視点というのは、12052が昭和4年車で12053が昭和6年車であるという、一見単なる製造年の差異に留まらず実はそれが外観に反映されていたという事実を、今更ながら再確認の意味を込めて展開してみようというものです。
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【※画像クリックすると拡大します】
左:1991年3月24日 12053(昭和6年車)増設運転台側 武蔵白石
右:1992年3月29日 12052(昭和4年車)増設運転台側 海芝浦

まずは増設運転台側、つまりクモハ11200時代は連結妻であった側です。前面貫通扉は引き戸のままとされ、方向板挿しがオフセットされた顔立ちは往年のサハ57改クハ55に通ずるものがありましょう。鶴見線の2台のその顔立ちに大きな差異は認められませんが、仔細に探れば無線アンテナへの引き通しを地味に違わせていますね。あとは銘板の枚数/位置とか・・・。よく見るとウインドヘッダが4年車はリベットであるのに対し、6年車は溶接に見えます(痕はありますが)。
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【※画像クリックすると拡大します】
左:1991年3月24日 12053(昭和6年車)非貫通側 大川
右:撮影年月日不詳  12052(昭和4年車)非貫通側 品川

次いでこちらはオリジナルの顔立ちを保つ非貫通側前面。こちらは・・・色々違いますね。箇条書きで纏めてみますと・・・

・間柱とそれに続く腰板および幕板のリベットの有無
・間柱の手摺の形状と位置
・ウインドシル下の手摺の有無
・幕板の手摺の有無
・4年車の台枠接合部が本来リベットの筈が失われて溶接となっている

リベットは4年車のほうが多い反面、6年車は手摺でゴチャゴチャしている印象がありますね。
それと右の4年車は側窓に保護柵が設けられている頃合ですが、排障器を塞ぐ「ダブル車上子」が見えません。
で、別の記録を追ってみますと・・・
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・1992年3月29日 12052(昭和4年車)非貫通側 海芝浦

ちゃんと備わっている記録がありました!
という事は品川のカットはこれ以前という事になるのでしょうか。ところがwebで漁ってみると一方の12053でも保護柵の無い時期に車上子が備わっていて、保護柵設置後に車上子の無い記録があったり・・・よくわかりません(涙
まあ無いよりはあったほうが(ry
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・1996年3月24日 12052(昭和4年車)1-3位側 鶴見線営業所

次いで側面です。
これはクモハ12のさよなら運転当日(ダイヤ改正は3月15日であり、その後に催された)にサプライズ?的になされた鶴見線営業所での撮影会におけるカットをトリミングしたものです。かなり見苦しいですが、リベットの多い4年車の特徴が窺えるかと思います。その範囲は幕板、ウインドヘッダ、間柱、ウインドシル、腰板とまんべんなく及んでいます。
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・1996年3月24日 12053(昭和6年車)1-3位側 鶴見線営業所

そしてこちらが対照の妙たる6年車の12053、一見してその「異様」さがお判りいただけましょうか。即ち12052と比較して、幕板のリベット無し、ウインドヘッダは溶接、間柱のリベット無し、ウインドシルのリベットは一列、腰板のリベット無しというもので、これこそが4年車と6年車の間に厳として存在したアイデンティティなのです。因みに当のRMMのキットは明らかに12052の4年車をモデルとしていますから、これから6年車を仕立てるとなると繊細なるリベット削りを要としますので、ある意味それなりのハードルではありましょう(無いよりはあるほうが(ry )。
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・1992年12月6日 11248(昭和6年車)2-4位側 大船工場

参考にこちら、クモハ12050の種となったクモハ11200の保管車として有名であった11248も紹介しておきます。同車は鶴見線の大川支線の制約によるケースを除いた国鉄最後の17M級旧国による旅客営業として、1980(昭55)年10月の101系化まで南武支線で活躍しました。その後はお約束の如くここ大船工場へと廃回されたのですが、何かこの11248は大船工場にとって記念すべきクルマであったことから(記憶が曖昧ですが)保管対象とされ、更に廃車手続きも直ぐとはされなかったのです(最終的に1984年廃車)。

以後、工場公開の機会に人目に触れるケースを除けばさして注目もされず年月を経ていったのですが、やがてその大船工場(晩年は鎌倉車両センター・・・だっけ?)自体が閉鎖されてしまったわけです。同所には他にもナハネフ22-1といった保管車両もありましたが、こちらは埼玉の鉄道博物館へと安住の地を得るも11248については一切の消息が途絶え、恐らくというかまず間違いなく解体処分とされてしまったのではないかと考えられます。先の12052・12053についても揃って大井に保管されていたのが、12053は貴重な荷電13007や三段窓を今に伝えた90801ともども重機の餌となってしまい、辛うじて12052が残されているに留まります。

以上が私の知りうる4年車と6年車との差異の検証ですが、他にも台枠なんかが違うらしいですね。そこまでは流石に追い切れませんが、模型的には外見の相違だけでも拘ってみると面白いかも知れません。そして他ならぬ私ですが、RMMキット組みはほぼストレートにしますw だって手摺なんて新たに植えるクリアランスも無いしオーバースケールだし・・・。まずは水平・垂直・の原則に徹し、「スッキリ・カッチリ」を目標にして仕立てたいと思います。
実は既に水面下で準備が進んでいるとか、いないとか?
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by ar-2 | 2012-11-22 22:59 | 記憶のレール(国鉄~JR)


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