赤い電車は白い線

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2012年 04月 11日

中京魔譚(2日目その3・終章~旅の終わりは)

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「2日目その2」に続く「2日目その3」です。

「レトロ電車館」での充実した見学を終え赤池の駅へと戻りながら、まだ帰路の新幹線までは幾らかの余裕がある・・・という事で思惑を巡らせれば、出立前に某氏から「名古屋は市庁と県庁が並んでいて、そのどちらも面白いから見たほうがイイ」といったような情報のあった事を思い出し、急遽私のもう一つ?の趣味でもある近代建築堪能を組み入れる事としたのです。



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赤池からは中線で折り返し始発となる3000系に乗車。上前津から本日初の名城線へと乗り換え市役所まで移動します。私がかつて初めて名城線に乗車した頃は砂田橋止まりだったのですが、それも今や環状線ですから確実に時は移ろっています。
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そして市役所で下車し、構内の案内図を頼りに出口から地上に這い出れ振り返ると・・・思わず「キングだっ!」と叫びたくなるような堂々たる帝冠様式建築と、間を置かずに居並ぶ「異形」のこれもまた帝冠様式建築が視界に飛び込んできます。
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手前に聳えるのは名古屋市庁で1933(昭8)年築。センターに帝冠様式建築の理に則るが如く瓦屋根を被った塔楼を配した様は、先の「キング」(神奈川県庁)の影響を多分に受けたであろうビジュアルですが、その塔楼部の三面に配した針時計や、本屋隅部をRで仕上げた独特の意匠があります。
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そしてこちらは愛知県庁。先の名古屋市庁よりも5年遅れの1938(昭13)年築ですが、どう見繕っても視界を逸らすことの出来ない「まんま城郭を載せた」ような異色の出で立ちには度肝を抜かされます。正直なところ初見は「富豪の悪趣味な屋敷」を連想させる印象でしたが、これもれっきとした帝冠様式建築。むしろこの豪壮たるビジュアルは名古屋らしくもあり、見れば見るほどに味わい深い威容を湛えている事に気付かされます。
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時間があれば館内も・・・というよりは、今日は休庁日でしたね。外観をひとしきり堪能し、いよいよ名古屋駅へ戻ろうかと近傍の案内板を見れば「大津橋」と・・・。そうか、ここはアレが近くにあったのかと思い出し、ここでもまた急遽プランを追加しました。といってもそれほど大仰なものではないのですが、かつて名古屋城外濠を走行していた名鉄瀬戸線の通称「お濠電車」と呼ばれた区間の廃線跡ウォッチングです。画像は市庁/県庁から大津通を南方に少し進んだ箇所に架かる大津橋から、かつての瀬戸方を望んだものです。
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その大津橋の西側袂には大津町駅跡があり、かつての駅舎/ホームへと下りる階段がそっくり残存しています。「立入禁止」の制止札には名古屋鉄道の文字が見えますから、1976(昭51)年2月の廃線以後もお濠電車の跡は同社の保有なのでしょう。
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その大津町駅跡への階段、大津橋の欄干および独特の装飾物の載った親柱、そして手前から県庁/市庁を絡めたビジュアルは、何十年来と変わっていない筈です。ここをオールドタイマーが走っている姿を見たかったですね~・・・。
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大津町駅跡からかつての堀川方へ進めば本町橋が見えてきます。その手前には本町駅がありました。そしてこの本町橋こそ、お濠電車と最大のアトラクションであった「ガントレット」(搾線)が存在した箇所なのです。
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複線なのだけれど当該区間では離合が出来ないし、通過時には速度制限があったりと興味深いガントレット。恐らく分類上は分岐器の一種となるのでしょうが、こちらもまた見たかったですよね。オールドタイマーが吊り掛けの唸りと共にフランジをキィキィ言わせながら、ガントレットをガチャガチャ・・・堪りません。画像も本町橋ですが、この堀川方坑口は煉瓦が巻かれた古色悄然とした佇まいが好ましいです。
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空いた時間を埋め込むように堪能した「中京魔譚」の2日目もいよいよ終局。市役所から名城線経由で栄を経、東山線でようやく名古屋へと辿り着きました。それでも乗車予定の新幹線まではちょうど一時間ばかり・・・。駅構内には「山ちゃん」がありますので、軽く打ち上げと洒落込みます。にしても駅構内にまでとは、さすがご当地名古屋ですね。
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新幹線は沿線で人身事故があったようで、下りは大幅に遅れていますが上りはほぼ定時。乗車の「こだま668」も目立った遅延も無くホームへ滑り込み、名古屋を後にしました。画像はその車中から目撃した西浜松の留置線(浜松~高塚間)に117系などと共に身を寄せひしめき合う数十両の119系。単行もワンマン改造車も分別無く、その解体処分の時を待っています。飯田線といえば119系のイメージが当然のようにあったのですが、この光景はその一時代が確実に終焉を迎えた事を雄弁すぎるほどに物語るものでした。個人的に本件は衝撃の度合いが高かったので、魔譚とは関連の薄い事象ですが敢えて大きめの画で紹介した次第です。
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旅の終わりは切なくて・・・。
新横浜までの数時間は往路の鈍行無双に比べればアッという間であり、その流れに乗ってか先を急ぐように私も家路に就きます。動機が二次元ではあったものの、蓋を開けてみれば案の定の鉄分満載。どうあがいても自分は結局のところ鉄ヲタなんだなぁ・・・と省みるまでも無い事を省みながら、次の旅路への思いを馳せたのです。

(おわり)
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by ar-2 | 2012-04-11 20:18 | 外出・旅行


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