2012年 02月 07日

西国奇譚(1日目その3・ミナミの夜はスカイブルーに染まって)

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メインであるはずの「きたぐに」までが何故か遠い?
野田の銭湯から新今宮へと舞い戻り、環状線内側に位置する新世界へと足を運びます。



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ここももう何度目でしょうか。時間的には遅くないはずなのですが、やはり日曜夜だけあって繰り出している人が圧倒的に少ないです。客引きも手持ち無沙汰といったところでしょうか。
同行の友人はそれぞれあまり呑まない向きと全く呑まない向きであり、まあそれなりに気も遣いますが私のようなアル中に付き合ってくれるだけ有難いものです。酒量は昨晩の失敗もありますから程良く呑み程良く食べて切り上げ、店を出たところで・・・ポツリポツリと降ってきました。
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★クハ103-169他4連
「きたぐに」乗車まではまだ幾らか余裕があるので、「タコ焼き」が食べたいと何故か天王寺まで歩くことにw 新世界にタコ焼き店があればそれに越した事はありませんが、要は全てにおいて調査不足です。というか、私自身も過去幾度かの新世界入りにおいてタコ焼き店の存在を意識した事が無かったというのもありますが・・・。
そんなこんなで線路沿いを10分少々歩いて天王寺着。タコ焼きも調達できたようで、いよいよ「大阪市内」発の乗車券で入場します。ここで魔が差して?阪和線の頭端式ホームをチョッと覗いてみましたところ・・・居た!青22号の103だ!
私にとっては昨年6月20日の京葉201引退以来、決して視界に捉える事のなかった青22号を纏った103が未だにこの世に生きているという事実、それを「直接」目の当たりにするのと活字や媒体を通して認識するのとではワケが違います。
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★クハ103-831(天王寺方)他6連と推測
関西圏の103はおしなべて戸袋窓埋やベンチレーター撤去、窓ガラス支持方の金属化など後天的に弄られた部分が多く好き嫌いがハッキリしそうですが、今やそれらですら確実に淘汰の渦中にあり、既に東日本では死滅した抵抗制御国電の王道中の王道、それも私自身が生まれ育った環境にあって永らく触れ続けてきた「青22号」を装った存在は既に神々しい存在へと映りつつあるのです。
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★クハ103-239(和歌山方)他6連と推測 ※上のTcの反対側
関西圏の103における改造メニューとしての大まかな分別は、戸袋窓埋やあらゆる枠部支持方の金属化を共通項として、側窓黒サッシ化の延命N40、張り上げ屋根化を伴う大規模内容の体質改善40N、一転改造内容を抑制しベンチレーター撤去に留めた体質改善30N・・・というのが私自身の認識です(厳密さに欠ける点はご容赦下さい)。画像のクハ103-239(推測)は6連の内天王寺方の高運Tcから5両めまでが体質改善30Nであるのに対し、1両だけ気を吐くように低運Tcの体質改善40Nとなっています。
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そしてこちらが天王寺のひと時で最も衝撃を受けた1シーン・・・「ダブル青22号」です!凄い、凄すぎる。
奥の低運は側窓下に見えるスピーカーからも判るようにワンマン対応車であるクモハ103-2503で、サハを組み込んだ4連となっています。検査時には羽衣線に充当される事もあるのでしょうか?因みにクモハ込みの同様の4連はこの編成を含めて2本だけだそうです(他の羽衣線専属編成は3連)。
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そのクモハ103-2503、非ユニット窓は一見「純正」なクモハにも見えますが、オデコに目をやれば異形の楕円前照灯がその出自を教えてくれ、かつての片町線木津電化による松井山手分併に際して必要となった電纜を備えたクモハ103-5000台であり、中間電動車モハ103からの改造によるものです。大掛かりな延命工事が未施工なので当然といえば当然ですが、グロベンは撤去されておらず前面窓や字幕窓はHゴム支持のままであり、戸袋窓埋以外はオリジナルに限りなく近い出で立ちがポイントでしょう。
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こちらはまた別の編成で、クハ103-804(和歌山方)他6連です。本車は高運の体質改善40Nですが、反対側である天王寺方のクハ103-797はやはり高運であれど体質改善30Nとなっています。それとこの編成の特色としては双方のクハ間に収まるモハユニットの仕様が隣接するクルマと違えてる・・・というもので、字面で示しますと
←和歌山
Tc-804(40N)、M'-689.M-533(共に30N)、M'-637.M-481(共に40N)、Tc-797(30N)

となっています。これだけ見ると前後のユニットを入れ替えれば編成として見た時に凸凹にならないのに・・・と思えど、そうならないのが実車の面白いところであったりもします。無論、他編成でも見られるやも知れませんしもっとバリエに富んだ組成がある可能性もありますが、私が目にした範囲の一例として紹介した次第です。因みにクーラーキセは両端のクハのみステンレス製となっていました。
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こちらは6連の別編成。横着して車番をメモしていないのが悔やまれますが、手前の和歌山方クハは258か266と推測されます(奥に続くモハユニット共々黒サッシの延命N40であり、且つ前照灯が楕円の一次改良車以後のグループであるという点でweb上の資料から判断)。
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戦後の新性能国電に始まり旧国にまで波及したベストセラー通風器のグロベンを、跨線橋の階段途上から望みます。幼稚園児であった頃の私がスケッチブックに描いた青22号の103が載せたグロベンは無駄にリアルなもので、屋根から一段浮いた本体や上部に突出した球状面に至るまで描画していた事をはっきり覚えていますw 私にとってグロベンとは、103と同化してインプリンティングされたパーツである・・・ということなのでしょう。
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天王寺の頭端式ホームで目にした世界・・・それは私にとって大変な毒であり、ともすれば「きたぐに」乗車とインパクトを二分するほどに深く刻み込まれ、事後の脳内ではもう「創りてぇ・・・」病が渦巻いていたのです。自分で言うのも何ですが、正直また始まったかと思いますw まずは手許の仕掛かり品の山に目を向けてから・・・となるべきなのですが、折角の目を摘むのもおよそ憚られ今暫くは悩みに悩み、時間的経過で全てを忘れるというお約束のパターンに流れそうな気もします。
とはいえ、今に生きる青22号の103への認識を有すようになった事の意義は大きく、実車もそうですが模型的にやはりいずれは仕立ててみたいという意欲をもたせてくれました。名残惜しくも天王寺を私達は後にし、いよいよ大阪から「きたぐに」の乗車行となります。

(つづく)
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by ar-2 | 2012-02-07 18:04 | 外出・旅行 | Comments(2)
Commented by youroumania at 2012-02-09 18:48
こんばんは
最近おいらは都内の仕事が忙しく関西出張から離れていますが久々に行って見たいですね~

てかフェスゲの跡地は片付いたのでしょうか。。。
Commented by ar-2 at 2012-02-09 23:15
youroumania さん、こんばんは。
関西は見るべきものが多くて、いつも不完全燃焼に終わってしまいます(汗 まあそれ故に次に繋がるというのもありますが・・・。

>フェスゲ
確か外資が買収したんですよね、前回と比べて大きく変わっていないように思いましたが、夜だったのでよく見えなかっただけかも知れません(マテ


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