赤い電車は白い線

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2011年 12月 17日

一幅、一服

聖夜前の前哨戦、本日は件のシステムトラブルをダイレクトに受け持つルーティーンでした。もうこうなったら潔く手作業・・・ですが、機械化に慣れきった身からすればそれこそ全身を使って従事するのも新鮮であり、むしろ機械作業よりも筋肉痛の懸念さえなければよっぽどスピーディなのでは?と思えたほどです。まあ某道具をランスに見立てて悦に入ったなどという痛い瞬間は無かった・・・と思いたいところですが何だかんだでヒト山は越えました。

ちなみに明日は微妙なタイミングの公休日でして、先日に「GMで十分」と考えていた鉄コレ東武6050の捜索に繰り出そうかとも考えたのです。というのも某氏のブログ記事の一文を目にして「そういや、そんなネタあったよなぁ」と顔面蒼白し、舌の根が乾くどころか前言撤回も甚だしい勢いで入手しようかと思ったのです。が・・・ほんの少しばかり冷静になってみれば私にとっての「大物」の控えていた事も失念していたわけで、ここは本命尊重を慮ってその気まぐれを鞘へと収めて刻を待つこととしたのです。
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今朝方にも記した「あさぎり」の御殿場~沼津間廃止とJR車撤退、それを思い出し昔々のアルバムを綴ってみれば・・・ありました。1991(平3)年2月3日に初めて訪れた御殿場線の狩屋踏切での1コマ、御殿場行連絡急行「あさぎり1号」(401M)の雄姿の後打ちです。この年の3月改正で小田急のSSE3000は引退していますから、それから実に21年目にしてJR371は引退し「あさぎり」の沼津到達にもピリオドが打たれるわけです。

そうか、もう20年も経ったのか・・・という感慨は寂寥を誘うのみ(涙 ですが、この画を見る限りでも富嶽の冠雪量が近年に比べて多いような気がします。やはり温暖化とかが影響しているのでしょうかね。こういう画を観ると20年振りに同ポイントへと立ってみたくもなりますが、ここにきて「きたぐに」に関わる乗車プランのハナシが急浮上・・・しています。まあ来年の事ですし現時点では不確定要素が強いのですが、583は好きなクルマの一つですから・・・今後の調整次第ではなきにしもあらずでしょう。
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by ar-2 | 2011-12-17 23:32 | 多事壮言(旧・雑言) | Comments(0)


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