2011年 11月 30日

追いかけて讃岐路(3日目その1・屋島への道)

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「前夜~1日目その1」「1日目その2」「1日目その3」「1日目その4」「1日目その5」
「2日目その1」「2日目その2」「2日目その3」 に続く「3日目その1」です。
レトロ列車での琴平往還の後、夕食を兼ねての居酒屋入店・・・ではありましたが、旅程に関わる予算がそもそもタイトであり、金額を気にしながら呑むのは精神衛生上好ましくないという事で程よく切り上げ、部屋呑みへとスイッチ。そんな夜も明けた11月20日(日)、讃岐行最終日は皮肉にも時折晴れ間を見せる陽気となりました。この日のプランニングは実はギリギリまで纏まらなかったのですが、ないアタマで思考した結果一応のカタチにはなったと思います。



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およそ熱心な撮り鉄でえあれば昨日のお湿りのリベンジとして土器川だの香東川だのと言わんばかりでしょうが、それもワンパというか他にも色々見てみたかったので、昨晩の呑みで即興で思いついた屋島へのコースという選択肢を採りました。屋島といえばかつての四国観光の代名詞的スポットであったと言われていますが、その後のレジャーの多様化や海外旅行の大衆化によってお約束的な凋落を辿り、そのメインアクセスであった屋島登山鉄道も既に過去のものとなっています。
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日頃のルーティーンから解放され、二泊もの寝坊生活が染みこんでしまったのか慌しくホテルでの朝食を摂り、すっかり既視の存在となった瓦町駅へと向かいます。離れ小島の志度線ホームから8:26発の列車で琴電屋島を目指し8:41着。東讃電気鉄道時代の1929(昭4)年に建てられた駅舎をゆっくり眺める暇も無く、駅前に出れば直ぐに「屋島山上」の字幕を掲げた琴電バスの中型車(エアロミディ)が姿を見せました。駅前から屋島へと伸びる幅広の道路はかつてのメインストリート。その延長上には屋島登山鉄道によって切り開かれた「筋」が瞭然なままです。
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屋島登山鉄道廃止により屋島への公共交通機関(除タクシー)が途絶してしまったものの、廃止の翌年である2006(平18)年には琴電バスによるこのシャトルバスが運行を開始、運賃は片道¥100とテコ入れっぷりが窺えます。この8:45発は山上行第1便ですが、その時間帯からして観光には少々早いのでは・・・と思うも、私達を合わせて10名前後の乗車がありました。バスは前述の通りのエアロミディで前後扉、後乗り・前降りの運賃後払い方式ですが、車内床面は懐かしやフローリング(笑 注油メンテも大変だろうなと思うも、十数年前までは市バスでもフツーにありましたからね・・・。琴電屋島駅を発ったフローリングバスは往復通行料と駐車場代をセットにした通行料を支払う料金所を抜け、屋島ドライブウェイへと進入。途中、土砂崩壊箇所があるようで仮設の自動信号機設置による片側交互通行の措置がとられていました。
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グングン高度を上げながらバスは進み、右車窓にはかの「屋島壇ノ浦」の景色が展開します。やがて所要10分ほどで山上駐車場に到着。駐車場だけで見れば結構クルマで埋まっているので想像していたほどの寂れっぷりではなかったのですが、逆に言えばかつてはこんなものではないほどの活況があったのでしょう。四国霊場八十四番札所である屋島寺を擁す立地だけあり、弘法大師と共に旅の途にあるお遍路さんの姿が散されますが、私達が目指すはその屋島寺の向こう側に在るであろう屋島登山鉄道の屋島山上駅駅舎です。

昨日のレトロ列車乗車時に車内で配布された「公式」ガイドブックによれば駐車場から山上駅駅舎までの所要は徒歩15分とありました。結構あるんだな・・・と言うのが率直な所感でしたが、この駐車場との位置関係、もっというと屋島寺までの距離というか不便さが屋島登山鉄道の命運の分れ道の遠因となったような気もします。屋島寺敷地内にある案内図を頼りに山上駅駅舎を目指し人跡少ない道へと進路をとれば、思わずボランティアガイドと思しき方から声が掛かります。どうやら道に迷ったのかと思われたっぽいですが、ケーブルの駅に行くという意図を告げると安心してくれました。ついでに「結構(距離が)ありますよ」という助言まで頂いたのですが、全くその通りでゆっくり歩けば20分以上は確実に要すでしょう。
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人跡乏しいとは言え、車道としても十分通用する(後に実際に車道である事も判明しましたが)程の幅員にはそれなりの機能や地位がかつて存在した事が窺え、まだ見ぬ駅舎への期待は膨らんで行きます。果たして、それが15分という目安を超えていたか否かは覚えていませんが、緩くカーブした道の切れ目向こうの「偉容」を視界に捉えた刹那の第一印象はまさに「出た・・・」というものでした。
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屋島登山鉄道、屋島山上駅駅舎。1929(昭4)年の開業から戦中の休止期間を経ていまなお屋島の峰に佇み続けています。先の琴電屋島駅駅舎も東讃電気鉄道時代の同年築ではありますが、その意匠は明らかにカラーを異とするものであり、琴電屋島駅駅舎が中庸さに徹した纏まりのある造型に対し、この屋島山上駅駅舎は「前衛建築」の極みともいえるビジュアルを擁し、築年当時の時代背景を考えてもかなり奇抜なセンスによってこの造型が生まれたのではと思います。
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あらゆる部位におけるピースの形状や意匠がてんでバラバラであり、救いようの無い程の不調和が感じ取れますが、それが却って類型を想起させないインパクトとして見る者の印象に深く刻み込まれ、屋島山上駅駅舎のアイデンティティを絶対的なものとしています。捉える角度やポジションが異なれば視界に飛び込んで来る山上駅駅舎のそれは全くの別物となり、例えるならば・・・そう、ゴテゴテにフルーツ等の食材を盛り付けたチョコレートパフェのタワーのようなものでしょうか。
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山上駅駅舎から今来た駐車場及び屋島寺へのアプローチですが、駅前にはそれを挟むように2・3軒の建築物があります。うち1軒は自家用車が留められている事からも察しがつくように「現住」です。他の軒には人気が感じられませんでしたが、破れたテントの「御手荷物お預かり所」の文字が実にうら寂しく感じられます。駅前にはケーブル運行当時の平成8・9?年に建てられた公衆便所があり、今も管理がなされているのにはチョット驚きました。
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駅舎の脇からホームへと下りれば、「2」の車番の付されたかつての「辨慶号」が佇んでいます。恐らく山下に位置する登山口駅には「1」の「義経号」の姿があるはずです。1950(昭25)年日立製という車両はおヘソのライトがチャームポイント。前面の幕板は垂直ではなく少しばかり傾斜がつきアクセントになっています。反対の登山口側の表情は幕板が浅く別人の顔立ち。側面は片側3箇所に外吊り扉を配し、白色の車体に稲妻をイメージさせる赤帯を配したデザインとなっています。
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山上駅の階段ホームに佇み近接する隧道越しに登山口方向を見れば、隧道天井からめくれた?鉄板のようなものが風に煽られながら時折大きな音をたてていました。屋島登山鉄道の「廃墟化」は確実に進んでいます。
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2号の車内をノーファインダーで撮影。恐らく廃止以降は全くの手付かず状態なのでしょう。背もたれの形状に「戦後」の匂いが感じられます。運転台付近には扇風機が見えますが、旅客の居室部には無く夏場はさぞ暑かったことでしょう。屋島山上駅駅舎自体は近代化産業遺産に指定されてはいるものの、登山口から山上までの軌道敷や隧道といった施設や車両までもが対象とされてはおらず、親会社琴電倒産のあおりた受けるカタチによる廃業故、ただでさえ老朽化の進んだ一連の「非指定」施設は放置状態にあり、今後ゆくゆくは何かしらの決断が迫られる事になるのでは・・・と思います。
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屋島山上駅駅舎の見学を終え、帰りのバスの時間を考慮しながら後にします。山上駅から先程の駐車場までは案内図によれば別コースでのアクセスも可能のようですのでそちらにスイッチ。その途上には「源平古戦場展望台」というスポットがあり、源平合戦の場となった屋島壇ノ浦を眼下に八栗寺や志度方向から瀬戸内までのパノラミックビューが展開します。画像は瀬戸内側の画で奥に横たわる大きな島が小豆島、本土はその向こう側にあるはずです。

この展望台の反対側には「甚五郎」という廃ホテルが残っており、屋島斜陽化の現実の一端を見せ付けられます。かつて島内には現在よりも沢山の廃墟・廃宿泊施設がありそれらは「公的」に大分整理されたとも聞きますが、屋島の凋落振りは確かに前述のようなレジャーの多様化、海外旅行の大衆化、そしてバブル崩壊など複数の因子によるものと合わせて、他方「有名観光地の驕り」も見逃してはなりません。その端的なエピソードとして「鉄道ピクトリアル」誌1993年4月臨時増刊号(№574)「四国の鉄道」特集における「30年前の四国鉄道遍路乗り歩き撮り記」記事中、著者が1962年に屋島を訪問した際の体験として「~屋島神社にお参りして展望台のベンチに腰を下ろしていたら、そこへ腰掛けたらひとり10円よ!と茶店のおばさんに怒鳴られたのにはびっくりした~」というのがあり、屋島に限らずですがこういった些細な事象の何十年にも亘る積み重ねの結果が・・・と考えれば、それはまことに皮肉なものでありましょう。

屋島寺を抜け駐車場へ戻り、10:05発のシャトルバスで来た道を戻りました。何かと悲観的なハナシばかりがつく屋島ではありましたが、屋島ドライブウェイの懸崖から眺める瀬戸内のたおやかな絶景だけが確かなもののように思えました。いよいよ次回は「追いかけて讃岐路」の最終章、グランドフィナーレです。

つづく
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by ar-2 | 2011-11-30 20:16 | 外出・旅行 | Comments(0)


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