赤い電車は白い線

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2011年 11月 21日

追いかけて讃岐路(1日目その4・あの日見た新製冷房車を追って)

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「前夜~1日目その1」「1日目その2」「1日目その3」に続いての「1日目その4」です。栗熊から30レの1207Fに揺られて瓦町まで戻り、琴電における私的な未乗区間(元山~長尾)踏破と1000(Ⅰ)新製冷房車改め1300形との接触を果たすべく長尾線を目指します。あの日見た新製冷房車を追って・・・。



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瓦町12:13発の長尾行は「お~いお茶」の広告を纏う1300形1301F。この編成とは昨年秋以来の接触ですが、そのビジュアルを含めた変化は見られず健在。1300形車番の対照ですが、以下の通りとなっています。

デハ1313+デハ1316(1974・5東急)→琴電1301+1302
デハ1291+デハ1298(1976・7東急)→琴電1303+1304
デハ1305+デハ1308(1974・5川重)→琴電1305+1306
デハ1243+デハ1250(1978・10東急)→琴電1307+1308
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1301Fには定刻に瓦町を後にし、未乗区間の元山以遠に進めばお初の景観が目に飛び込んできます。水田(みずた)が近代的な高架交換駅であったのに驚かされたりしながら、やがて始発着区間便の設定もある平木に到着。止む気配の見せない雨粒滴る前面貫通扉窓越しに構内を見やれば、対向列車も構内留置編成もどちらも1300!
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塗色なんて脳内変換でいくらでも補正できる。そこに彼らが走り続けている事の重大さを、今一度ひしと噛み締める想いです。あの日見た新製冷房車は、期待以上でもそれ以下でも無い泰然とした佇まいで私達を迎えてくれました。
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瓦町から30分ばかり走って終点長尾に到着です。駅前にはかつてコトデンのスーパーが在ったそうですがその跡形も無く、侘しさが感じられる佇まいです。駅舎は風変わりな「L状」ともいうべき間取りとなっていて1986(昭61)年に新築された由。web上や商業誌においては1988年築説から開業時(明45)築説まで氾濫する有様ですが、駅舎内に掲示されている長尾線の前身である高松電気軌道の社紋についての解説文にもあるように、1986(昭61)年4月築というのが真相となっています。駅舎正面側とホーム側それぞれの間口上部にある高松電気軌道の社紋入りガラス窓についてもレプリカの可能性がありますが、これについての経緯はちょっとハッキリしていません。
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長尾駅のホームは地形上の制約が見えないにも関わらず緩くカーブして設けられていますが、これはかつて存在したという長尾以遠への延伸計画に際して、数百メートル東に位置する長尾寺を避けるための措置であったとされています。幻に消えた延伸計画の名残を体現したホームに立ち西の方角を見やれば、長尾線沿線のシンボル白山が佇立しています。長尾からの折り返しは13:08発の1253Fですが、次なる目的はロケハンで気になったポイントでの撮影です。
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その途上、平木留置の1303Fの屋上に思わず注目!長尾方の1303はクーラがCU-71DNですが画像の築港方1304はRPU-11006となっています。ということは長尾線の1300形だけでクーラバリエーションが3ツ・・・美味しいです。
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近代的な高架交換駅であった水田の1ツ長尾寄の西前田で下車。ここより築港方によさげな築堤があったので急ぎ足で向かいます。すると目的のポイント手前で警報機鳴動!辛くも間に合い何とか1カット押さえました。空模様は相変わらずお湿り陽気ですが、光線状態を全く気にしなくて良いというメリットもあります・・・が、やっぱ晴天が良いです(笑 やって来た長尾行は1305F。今朝方に片原町でも遭遇していますが、やはりあの新町で見送って以来の接触に「また遭えたね!」の感もひとしおです。
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続いて少しばかり長尾方に戻った踏切で今度は築港行を迎撃。こちらも新町で見送って以来の接触となる1307F!屋上に載せたCU-71F系クーラは、セカンドステージを果たせなかった800(Ⅱ)形デハ8012とデハ8022の形見そのものです。いま私はかつての京急高性能車トリオ(600(Ⅱ)、1000(Ⅰ)、700(Ⅱ))と800(Ⅱ)の息吹がしっかりと讃岐入り
している現実を見届ける事が出来、本旅程に関わる数多の労が完全に報われた想いがするのです。本当に来てよかった・・・。
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そしてここでお約束の邂逅タイムです!
デハ1305(琴電1305、同ナンバー!)・・・また、遭えたね。既視感溢れる大師線での晩年の記録ですが、これすらもう叶わぬものとなっており時間の経過を感ぜずにはいられません。
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デハ1308(琴電1306)・・・また、遭えたね。京浜間をブッ飛ばしていた艶姿を私は永遠に忘れません。このデハ1308の記録は不思議と数があり、そのセレクトにかなり迷いました(笑
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デハ1243(琴電1307)・・・また、遭えたね。讃岐の大地懐深く余生を過ごす彼らに心あらば、四直の仲間達と顔を合わせた過ぎ去りし日々へと想いを馳せる事もあるでしょうか。彼らを愛した私にとってもまた懐かしいものです。
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デハ1250(琴電1308)・・・また、遭えたね。京急1000(Ⅰ)の最終増備編成という栄光の区切りを背負った1243~、その記録は平日朝にしか設定されていない「普通車の久里浜行」で、画像の47ゥは金沢文庫始発でした。
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撮影を終えて西前田の駅に戻り、13:50発の長尾行で再度退行します。次なる目的地は平木~学園通り間に架かる新川橋梁で、長尾線の前身である高松電気軌道開業以来の姿を保つ明治鉄橋としてその名を知られています。その大特徴は片側が階段状とされた石積み橋脚ですが、これは将来の線増に備えてこのような造りとされたそうです。
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左右不整合のビジュアルと線増を想定した設計思想は、九州鉄道大蔵線の茶屋町橋梁に何となく通じるものがありますね。そして21世紀の今日も現役は新川橋梁はというと先の台風12号の置き土産か、橋脚の上流側に色んなモノが絡まってヒジョーに見苦しくなってしまっています(涙 下流側はそれなりに見れますが・・・。長尾線もかつては線路規格が低く大型車の入線が不能でしたが、今やそこを18M級の全鋼製電車が闊歩するのですから時代は確かに変わりました。
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撮影後学園通りの駅まで戻り、14:35発の築港行1253Fで瓦町まで乗車。丁度駅改札外では琴電のイメージキャラである「ことちゃん・ことみちゃん」の結婚記念というブライダル・イルカ(ICカード)の販売会がなされていました。ご当地萌えキャラの結婚なんてネタだろと言ったらそれまでですが何あれ「ことちゃん・ことみちゃん」というキャラクターの沿線での浸透や知名度、そして人気といったものを日曜日に私が思い知らされるとは、この時想像だに出来ませんでした。この後、瓦町駅至近のホテルにチェックインし一息入れた後、いよいよ恒例「夜のお散歩」へと繰り出します。

つづく
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by ar-2 | 2011-11-21 21:49 | 外出・旅行


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