2011年 10月 05日

湖国大観(2日目その2・湖東縦走!赤神山と愛知川と)

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10:22発の805F米原行で日野を後にし北上再開。電車は穀倉地帯の真っ只中を走り、やはり明治駅舎である桜川の
相変わらずの健在を確認しながらジャンクション八日市に到着、ここで八日市線へと乗り換えます。



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八日市から10:44発の803F近江八幡行に乗車します。八日市線沿線は京阪神のベッドタウン化が進んでおり、
近江鉄道全線においても貴重な収益源となっています。そのため日中でも少なくとも30分ヘッドが確保されているという、
本線部における1~2時間ヘッドの区間とは対照的なものです。八日市を出た近江八幡行は本線から右カーブで
徐行しながら進みすぐに新八日市に到着。前回訪問時以来変わらぬ洋風駅舎の佇まいを車中から確認します。
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次なる目的地は沿線の赤神山バックに撮れるポイントなのですが、ここも概ねの目星だけで降車駅を定めていません。
803Fのロングシートに座りながらロケハンをして見極め、ここだろうという事で下車したのは市辺です。
市辺では列車交換という事ででして、やって来たのは・・・700系701F「あかね号」です!僅か1編成の存在である
700系701Fは近江鉄道全線で満遍なく運行されているので、恒常的利用の旅客であっても見かける事は少なく
「幸せのあかね号」とまで呼ばれているとか。私のように1日中沿線で移動していれば見かけないほうが不思議ではありますが、
八日市線における遭遇は初めてなのでテンションは上がり、そして赤神山バックの「あかね号」撮影が確定したのです。
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市辺からは線路に並走する八風街道を八日市方向へ戻り、見極めたポイントに到着・・・ビンゴでした。バックに聳える
赤神山は岩肌が剥き出した独特の威容を誇り、その中腹あたりに所々見える建物が太郎坊宮の別名を有す阿賀神社です。
山岳信仰の霊地として古来の歴史を有す阿賀神社における御神体は赤神山そのものであり、標高350メートルの頂からは
麓の蒲生野はもとより湖東一帯の絶景を見遥かすことが出来るそうです。今回は乗り歩き中心でしたが、先の日野同様に
ここもいずれは訪ねてみたいところです。

私にとって9月末の近江行というのは今回が初めての事でしたが、このタイミングは曼珠沙華の咲き乱れる頃合と
重なり、ここ八日市線はもとより近江鉄道全線の沿線で目を楽しませてくれる事となったのです。蒲生野の穀倉地帯の
淵を彩る鮮やかな赤い帯、その傍らを赤神山を背に湛えた「あかね号」は軽やかに駆け抜けて行きました。
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赤神山バックのポイントでは「あかね号」と803Fの撮影で切り上げ、先程の市辺ではなく八日市方隣駅の太郎坊宮前を
目指します。距離的にはこちらのほうが遠く、途中のコンビニでアイスを舐めたりしながらようやく太郎坊宮前駅到着です。
その駅名が示す通り赤神山登山の玄関駅であり、八風街道の傍らからは参道が伸びています。駅はというと波板で側壁と
一体化させた造りの上屋があるだけの片面1線の無人駅です。ホームには私以外の旅客も居ましたが皆近江八幡行へと
吸い込まれて行きました。この時間の人の流れなのでしょうね。程なく姿を見せた上り米原行は先程の「あかね号」です。
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近江鉄道唯一のクロスシート車である「あかね号」ですが、現在は「江~姫たちの戦国~浅井三姉妹博覧会」の
ギャラリートレインの装いとなっています。車内ではテスト期間なのか半ドンと思しき学生の姿が目立ち、おしゃべりに
夢中な女学生グループにクロスシートは特に好評のようです。まさか185系のシート自身もこんなセカンドステージが
あるとは思ってもみなかったでしょうね。そんな華やか?な車内の戦国電車はほどなく八日市に到着です。
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八日市は車庫や本社のある彦根を別とすれば最大の中枢ともいえるジャンクションでして、構内には留置中の編成も見えます。
駅舎は戦後に女学校を移築したという堂々たる木造建築が1990年代まで残っていましたが、現在は三角屋根の近代的な
新駅舎へと装いを改めました。画像右がその駅舎でして、駅前には商業ビルが聳えバスプールも整備され栄えている様子。

八日市の駅外に降り立ったのは初めてですが、これは先程の「あかね号」での八日市到着時の合成アナウンスのCMで
昼食を思案していた矢先に駅前食堂の存在を知ったからです。このようなCMはとかく聞き流しがちですが、
土地勘の無い旅客からすれば有難いものですし、そしてまたそれが宣伝媒体として有機的である事も実感させられます。
そんなわけで駅前にある「さざなみ」さんで生姜焼き定食で腹ごなし。冷たいお茶も美味しいほどの陽気です。
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昼食を済ませて駅へと戻ります。上りホーム傍らでは224が両側面の客扉を全開にして昼寝中・・・涼しそうです。
そういえば今回は貴生川方からの近江入りということもあってか、220形を目にしたのはこれが最初です。
以前の貴生川入りの際も最初に目にした220形がこの224だったことが想起されますが、果たして今回はどれだけ
220形に接せられるでしょうか。
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次なる目的地である五箇荘へは12:46発の高宮行で移動。列車待ちの間に件の800系の細部を観察していたり
していましたところ、音も無く?スーッと現れたのは・・・お待ちかね!「狂気の吊り掛け電車」こと220形です!
前面にスノープロウを備えた精悍な顔立ちが220グループ髄一のイケメンな226のお出ましに、近江入りの
更なる喜びを覚えます。小さな16メートル級車体に詰め込まれたギミックはもはや「伝説」レベルと言っても差し支えなく、
そのあたりの顛末についてはこの時の記事を参照下さい。
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すっかり既視感に満ちた小さなハコに収まれば根っからの「吊り掛け萌え」のテンションは炸裂寸前、発車案内の
合成放送ももどかしく今や遅しと待ちわびます。車内には近江鉄道の華である女性アテンダントも乗務していて、
明朗な声音でハキハキと案内しているのが印象的でした。そして226はジャンクション八日市を定刻発車です!

モノが単車ですから出力に余裕があり、加速時のトーンも本当に独特なものです。226の加速時の音色はどちらかというと
濁りが無いのに対し224あたりなどは荒削りな感じがするなど固体や時期によって変化が見られ、これもまた
220形の大きな魅力の一つとなっています。MT15主電動機、CS5主制御器、AK3コンプレッサ、MC1マスコン・・・
これら「省電」譲りのメカによって響き奏でられるラプソディーは近江の大地を席巻し、加速時のみならず惰性走行時の
クリアーにしてメタリックな染み渡るようなギアノイズと共に「走行時全てに聴かせる」その存在感はまさに220形
ありきであり、日本中探してもこれほどの電車はもはや他に皆無であろうと私は思います。
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私は220形についてはいつも同じようなことばかり記していますが、それほど安定的な魅力のある事の表れだと思います。
そんなわけですから八日市から乗車した226も大いに乗り通したい気に駆られましたが、この調子なら次もあると思い
予定通り五箇荘で下車、細面の躯を揺らしつつ加速音とギアノイズをいつまでも響かせながら駅を発つ226を見送りました。

ここ五箇荘は近江商人発祥の地として知られ、五箇荘駅から1キロ以上離れてはいますが五箇荘金堂地区はその古くからの
街並みを残し重要伝統的建造物群保存地区とされています。同指定といえば滋賀県内最初の例が近江八幡市内の八幡地区
であった事を思い出しますが、やはり近江鉄道沿線にはまだ沢山の並々ならぬ名刹の在る事を認めさせられます。
今回は愛知川橋梁での撮影が目的だったので見送りましたが、先の赤神山しかり再訪の口実には事欠かないようです。
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その五箇荘の駅舎を出た目の前にあるのが画像の駅前旅館です。現在も営業中かはちょっと怪しく感じましたが、
一地方私鉄の中間駅にこのような旅館が少なくとも営業如何に関わらず残っているケースに初めて出くわし、感激しました。
その昔、いまで言うところのビジネスホテルやシティホテルの先代的な位置付けとして駅前旅館は全国至るところに存在し、
国鉄の幹線・亜幹線を問わずターミナル駅はもとより比較的規模の小さい中間駅の駅前でも見る事が出来たといいます。
その後は鉄道網の高速化やニーズの変化によって駅前旅館の類はもはや「絶滅」したと言っても過言ではない時代に至り、
それだけにここ五箇荘で駅前に「旅館」の文字を見つけた驚きと言ったら無かったのです。
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かつての「商都」の忘れ形見のような駅前旅館に驚かされた五箇荘の第一印象ですが、今回目指すポイントは隣駅愛知川との
間に架かる愛知川橋梁です。駅前から国道8号線を上がって愛知川を目指しますが、私以外に歩行者の姿は見えません。
公共交通への依存度の低い地区のアシは専らクルマか自転車といったところなのでしょう。クルマの絶えない国道8号線を進み
やがて愛知川に架かる御幸橋に出ました。並走するプレートガーダは近江鉄道、更に奥には新幹線の高架も見えます。
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御幸橋を越えた向こう岸、近江鉄道の踏切の傍らに愛知川橋梁のポニーワーレントラスはあります。
ここ愛知川橋梁のほとんどはボナール桁と称される英国様式の構造を有すデッキガーダですが、米原方のこの一連だけは
ポニーワーレントラスとなっています。これも英国ハンディサイド社の舶来品で、かつては1897年製を示すリボン型の
製造銘板が数枚装着されていたそうですが、1枚が盗難に遭ったため残りも全て撤去し近江鉄道で保管しているそうです。
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その鋼橋群を支える橋脚も石積みのオリジナル状態を保ち、およそ1898(明31)年の八日市開業からの変わらぬ
姿態を留めています。一世紀をゆうに越える堂々たる明治鉄橋を河原から見上げれば、遠くから響くのは既聴感溢れる音色!
緑の茂みの影から颯爽と飛び出したるは高宮から折り返してきた226!繊細なギアノイズと共に鋼橋を闊歩する
「ダドン!ダドン!」という足音は明治の響き。誇れる絶世の吊り掛け電車と一世紀越えの舶来鉄橋は紛う事なき近江の至宝!
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800系も絵になります。この愛知川は鈴鹿山系にその源流を発し、およそ48キロの流れを湛えながら琵琶湖に注ぐ一級河川。
その流れは近江の大地に恵みをもたらし、清らかな伏流水となって酒造や稲作に欠かせぬものとなっています。


(つづく)
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by ar-2 | 2011-10-05 23:02 | 外出・旅行 | Comments(0)


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