赤い電車は白い線

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2011年 07月 10日

「船の科学館」に行ってきました~無期限休止を前に

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ウスウス感付いてはいましたが、とうとう梅雨が明けてしまいました。夏至の頃はとうに過ぎ、日々日照時間の短くなっていくのを感じつつある反面、
トップライトの陽射しは日に日に厳しさを増し・・・もう眼前は「夏、一直線!」です。とはいえ今月・来月ともに指定休の類は特に入れておらず、
かねてより目論んでいた豊郷行はとどのつまり先送りの公算が濃厚です。そんな淋しい?夏の幕開けのお出かけとも言うべきか、
先頃無期限休止および羊蹄丸の保存展示終了が公となった「船の科学館」へと退勤後に寄り道してきました。



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まずは定時で退勤の後、新木場から70000系電車に揺られ東京テレポートへ。この駅にはちょっと(苦い)思い出があります(謎
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ここからは公的な案内によれば徒歩12分で「船の科学館」へ到達するとか。歩けない距離ではないので暫し台場地区散策としゃれ込みます。
それにしてもこの界隈、案外空き地が目立ちますね。これを見て思い出すのは、かつて「意地悪婆さん」(物故)が都知事になった際に
かねてより計画されていた「都市博」を有無を言わさず中止とし、これに対し鈴木(前)都知事が「まるでサリンをばらまかれたようだ」と
ワケの判らない事を宣っていたことです(笑 今日の台場地区における遊休地の多さはその都市博中止を元凶とする見方もありますが、
もとより需要があれば結果は違っていたでしょうから、都市博云々などというのは後付けの論理に過ぎぬ・・・と私は思います。
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http://www.funenokagakukan.or.jp/kaiji/kyuushi.html
そんなノスタルジー?に浸りながら、人影もまばらな西日の射す台場地区を進めば・・・見えてきました、「船の科学館」です。
1974(昭49)年に「戸締り用心・火の用心」で御馴染みの笹川良一氏の手により設けられた海洋博物館ですが、一連施設の老朽化や
バリアフリー化のなされていない現況を鑑みて、来る9月30日を以てリニューアル再オープンを前提とした無期限休止となる事が決定し、
併せて付帯展示物の青函連絡船「羊蹄丸」についてはその保存展示を終了する事となったのです。
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この「船の科学館」について私の職場で同僚幾名に種々乞うてみたところ、「名前は聞いた事はあるが行った事は無い」「(科学館)の目の前まで
行った事はあるが入館はしていない」といった認知度や興味の薄さを反映する返答があった反面、「子供の頃(ン十年前)に行った事がある、
でも(当時の)晴海なんてプール以外に行く用事も無かったよなぁ」といった年季の入った情報もあり様々でした。特に「晴海」というキーワードは
当時この界隈が「お台場」ではなかった事を顕すものであり、その昔「ビッグサイト」無き頃の「「晴海会場」の時代をまざまざとイメージングさせ、
併せて「プール」の存在という新たなる情報の拠り所ともなったのです。
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※手前の酔っ払いはマネキンです
そんなわけで色々と期待しての入館・・・なのですが、閉館が17時ということもあり押していたので、今回は付帯展示施設の初代南極観測船
「宗谷」と、件の「羊蹄丸」の見学のみに留めます。なお、それら船舶の見学に際しては「本館」で購入したチケットが必要となるので、
見学前に購入しておく必要があります(船舶内においてチケット発売はなされていません)。
まずは「宗谷」ですが、観測船という性格からか艦内の廊下が狭い上に天井が低く、全高1730mmの私でもアタマを若干屈めないと接触するほどです。
その「宗谷」の見学を終え、本題の「羊蹄丸」へ・・・画像は車両甲板(施設名は「青函ワールド」)に佇むDE10 30です。
(※機番に認識違いがありました。本分訂正してあります。)
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同じくこちらは都内唯一?のスハフ44形式であるスハフ44 25(函ハコ)です。
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当時の検査標記でしょうか・・・。
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※左の作業員はマネ(ry
DE10 30、スハフ44 25ともに足回り付きで、車両甲板の線路上に鎮座しています。
画像の通り、車両甲板内の分岐も一部残存していますね。
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艦内保存ということもあり完璧と言って良いほどの美観が保たれていますが、車内もいい雰囲気です。
二重窓、背ズリの頭もたれ、呼んで字の如くの網棚・・・。
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羊蹄丸と言えば、このパネルにあるように1992(平4)年にイタリア・ジェノバで催された「国際・船と海の博覧会」への出展が忘れられません。
それまで掲げられていた煙突のJRマークをJNRへと復原するなど大掛かりな整備の後、自力航行ではなく台船積載により曳航されての
イタリア行であった事も特筆されましょう。当時の記事は「鉄道ファン」誌のPOST覧で目にしました。
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津軽海峡を映し続けてきた操舵室へも立ち入る事が出来ます。
この羊蹄丸艦内の様子ですが連絡船時代の客室等は一切保全されておらず、恐らくは前述のイタリア行を境にして大改装された事により
その殆どが失われたのではと推測されます。故、青森にある「メモリアルシップ八甲田丸」のようなものを期待して行くとガッカリさせられる
かも知れません。とは言え数少ない青函連絡船の残存個体であり、その去就も取り沙汰されているわけですからシッカリ記録したいものです。
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JNRよ、おまえは何処へ・・・。
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羊蹄丸は保存展示終了、本館も再開時期未定の無期限休止となるカウントダウンがいよいよ始まった「船の科学館」ですが、
同館では最後に多くの来客を取り込もうと、来る7月20日から最終日である9月30日までの入館料を大人¥700→¥200、
小人¥400→¥100へと大幅に引き下げ、更には幾つかの記念展やイベントも企画されているとのことです。
これまで訪れたことの無かった方もそうでない方も、この夏は「船の科学館」の艶姿に接してみては如何でしょうか。
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by ar-2 | 2011-07-10 22:00 | 外出・旅行 | Comments(6)
Commented by youroumania at 2011-07-11 06:51
おはようございます
昨日はウチも・・・時間帯も同じくニアミスしていたんですね。

>東京テレポート駅
駅のそばを通ったとき貴殿のことを思い出してしまいました(笑)

ちなみにDE10は30号機ですよ。
Commented by a氏 at 2011-07-11 12:48 x
早速、行ってきたんですね。
自分もささっと更新するか。
Commented by ar-2 at 2011-07-11 20:53
youroumaniaさん、こんばんは。
DE10については・・・こちらの確認不足でした。ご教示有難うございます。
湾岸地区は色々と想い出(汗 がありますが、「船の科学館」は初訪問でした。
貴ブログの画像における太陽の位置からしても、ほぼニアミスだったようで・・・。


因みに養◎へは行っていません(笑
Commented by ar-2 at 2011-07-11 20:56
a氏、こんばんは。
ネタを振りっ放しというのもアレであるのと、夏休み期間は混みそうな観測もありますので早めの取材と相成ったわけです。
駆け足訪問で消化不良気味なので、もう一度くらい訪れたいところですね。
Commented by 通りすがり at 2011-07-11 21:32 x
こんばんはです。

>船の科学館
20年前に会社旅行で行きましたが、羊蹄丸は全く気付きませでした。宗谷は確かに狭かった様な…
でも護衛艦や61式戦車も対して変わりませんよ。上のモンにはそれが判らなんのですよ。アレ? コホン…

昨年夏に出張で青森に行きましたが八甲田丸はお預けして新幹線開業前の新青森に行き酷い目に。快速は通過するわ、一時間に1本だわ、改札は無人だわと。
ちなみにバスは中古なのか懐かしい木の床でした。
Commented by ar-2 at 2011-07-11 21:45
通りすがり さん、こんばんは。
船の科学館における羊蹄丸の展示は1996(平8)年からとのことですから、その時点ではまだ加わっていなかったのでしょう。
「宗谷」の艦内ですが、実はフロアによっては「若干」通路が広くとられていたりするのはヒミツです(笑

私も新青森は一昨年の冬に通過しましたが、吹雪の中にうっすらと浮かび上がる高架駅だけが確かなモノでした。
それにしても新幹線一つで環境ってホント変わりますね。


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