赤い電車は白い線

khkar2.exblog.jp
ブログトップ
2011年 05月 16日

青22号への想いは尽きず

c0155803_20213553.jpg

まず本朝のJR最寄り駅にて遭遇したるは・・・田町の183ですね。この時間の下り回送ということは恐らく「修学旅行集約臨」の送り込みなのでしょう。私が小学生の折の「修学旅行集約臨」は田町の167(湘南色・原型白熱前照灯)でしたが、今は特急形なんですね~。とはいえ、このクルマも今となっては相当「前時代的」なモノに映るようになってきていますが・・・。そしてこの183の顔付きですが、やはり国鉄特急形車両のそれを形成するにあたってはチャンピオンマークこそが「最」重要パーツであると、目にするたびに思わせられるのです。塗色は申し分無いのですが・・・。
c0155803_20473638.jpg

そしていつもの京葉路。乗車した各停は葛西で武蔵野の通過待ちとのことなので、新木場で乗り換えようと扉前に立てば・・・!気付けば開扉するや否や飛び出し、ホーム端で先客の同業者と共に「通勤快速」のケツを追う自分が居ました。そう、最後まで残った4本のうち既に2本(2番・3番)が離脱した京葉の201、「湾岸の青(ベイ・ブルー)」の雄姿です。
c0155803_20451299.jpg

※2011年3月10日 東京にて 震災前日の朝にも同編成を捉えていました。いつもの朝、いつものビジュアル、そんな「日常」が続くと誰偽り無く信じ切っていたのですが・・・。

編成はK4/54、即ち最後まで菱形パンタを有する唯一の編成です。残るもう1本のK1/51については、東京方の基本編成6連の方向幕が前面・側面とも全て故障により「京葉線」表示のまま「1年以上」放置されている故、実質10連貫通として取り扱われているようなのでK4/54こそが京葉における最後の分併201であると居えます。私自身は通勤で同線を用いているので、それこそ201が4本体制の頃はほぼ毎日乗車の機会に恵まれるほどの遭遇頻度がありましたが、先の震災を境にして勤務体系や出勤日の変動があり、他方201の置き換え計画は粛々と進められその遭遇頻度はまさに「一変」したのです。
c0155803_2049565.jpg

※2011年2月17日 葛西臨海公園にて 85ダイヤの通勤快速は各停に先行されるので、葛西の外側通過線をいつも低速で通過。平時ならこの場所・時間はド逆光となるので、曇天向きポイントとしては低速通過は実にありがたいものでした。

私が通勤快速で201と遭遇するのは実に上画像の折以来、まる3ヶ月振りの事になります。そしてこの2月17日は忘れもしないカトーの9ミリモデル発売の日でもありました。更には奇しくもモデル化されたのは画像のK2/52(廃車済)でもあったのです。いろんな偶然が重なって、時にその事象は必要以上に強い印象を以て刻み込まれる・・・しかし、それでもそれは「日常」に過ぎないのです。
c0155803_2153973.jpg

※2009年9月12日(8:45頃) 東京にて 目の醒めるようなベイ・ブルーのデュエット!私は最大で「3本並び」を目撃した事がありますが、成田新幹線の遺構である鍛冶橋下の地下空間において時折展開されたワンシーンは、まことに印象深いものです。

画像は3番線の85ダイヤと2番線の95ダイヤの並びですが、これについては言うなれば「改正前」でして、改正後~現在に至るまで85ダイヤは2番線への着発となりダイヤもスライドしています。そしてその改正後ですが、3番線着発の81ダイヤ(原則201充当)と2番線着発の55ダイヤにおいて「数十秒間」201のデュエットが見られる事がごく稀にありましたが、55ダイヤはほぼ205、それも量産先行車編成などの転入車による「外様グループ」が専ら充てられていたので、私も目に出来たのは数えるほどでした。
c0155803_2138156.jpg

日々の通勤経路にありながら、5月に入ってから私が201を目にしたのは本日が実に「2度目」です。もう稀少性をタップリ過ぎるくらい盛り込んだオーラを匂わせ、麗しき菱形パンタのK4/54は本当にゆっくりと新木場のホームを離れて行きました。そして〆は・・・もう何度このフレーミングを構えたでしょう。大東京を背に湛えた「青22号」の一条の帯は、さも私の網膜に焼き付かんほどに長い時間をかけて高架線に漂い続けたのです。

201が、そして首都圏の「青22号」が秒読みの体勢に入っています。私の実車趣味の原点である「青22号」、そしてその終の場が私の本籍でもある長野県であるというのも、因縁たらしめたるものを感ぜずにはいられません。いろんな偶然が重なって・・・そう、私が記すことは一つ。

「お疲れ様201、私は湾岸でその姿を見届けます」
[PR]

by ar-2 | 2011-05-16 21:37 | ベイシティライン・京葉 | Comments(4)
Commented by ED75-1020 at 2011-05-16 23:43 x
こんばんは。ar-2さん。
201系の京葉線もいよいよ残り2本となってしまいましたね。
201系のあのブレーキの緩和音とジェット音が個人的にはかなり好みです。
私は最後の活躍を直接、見届けることはできませんが、このような記事やネットを通して遠くの地から見届けたいです。
K1+51編成の幕故障を見た時に、正面幕部分のローマ字の「y」の下の部分が見えなくて「keivo line」に見えたので発注ミスかと思っていましたw

話題は変わりますが、家の近所のローソンでは明日の朝、うちわが再入荷する様ですが、他の地域はどうなんでしょうか?
私は再出撃してきますw
Commented by クロポ415@俺も青22号育ち at 2011-05-17 00:19 x
こんばんは

・・・・そうなんですね。首都圏で青22号が見られるのも、もうあと僅かなんですね。
あとこれが、「国電区間」で最後まで残ったステンレスじゃない通勤電車が奇しくも「青22号」であることも考えると・・・・・胸が熱くなります。
Commented by ar-2 at 2011-05-17 21:04
ED75-1020 さん、こんばんは。
201の制動緩解→ジェット音のパート、同期する電機子的なチョッパ音とともにいつまでも耳に残りますね。
残る2本の201ですが、一部媒体で報じられているように本日K1/51が長野へ回送され、
京葉の201がラス1という重大局面を迎えました。今後の通勤時に、果たしてどれだけ目に出来るか気をもむところです。

>うちわ
少し前には在庫過剰気味の店舗ばかり目にしていましたが、関連アイテム第二弾取り扱い開始の本日、
比較的近所の口ーソンでは「うちわ終了」の告知があったとの報せを受けていますので、
関連アイテムは並べど「うちわ」は再入荷していないという皮肉な展開となってるようです。
そういえばムギと律の「うちわ」だけまだ入手していません(汗
Commented by ar-2 at 2011-05-17 21:14
クロポ415さん、こんばんは。
1965年から実に46年、連綿と継承された首都圏における青22号がつにラス1を迎えました。

国電カラーの掉尾・・・そうなんですよね。先の朱色1号消滅に際してはメディアにも採り上げられましたが、
青22号についてはそのような気配は微塵も無く、「京浜工業地帯の労働者を癒すため」として
選定され生まれたカラーリングは、どうやら「華は無くとも気高い」最期を無事迎えられそうです。


<< K1/51廃回!ついに京葉の2...      京王3000イメチェン・11F... >>