赤い電車は白い線

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2011年 03月 20日

セントラル・エスケイプ(1日目その2 リニア・鉄道館の印象~急行形電車)

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セントラル・エスケイプ(1日目その1・命綱のメガロポリスを行く)に続く1日目その2です。
名古屋からあおなみ線で向かったのは終着駅である金城(きんじょう)ふ頭。同駅到着直前、左窓眼下に3月14日(月)にオープンしたばかりのホヤホヤの鉄道博物館「リニア・鉄道館」が見えてきました。



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昨年秋の高速バス「4時間遅れ」を思い出させる伊勢湾岸道の下を潜り、金城ふ頭には14:39着。
駅舎を出てまず目に入るのは・・・ウワサの結婚式場です(謎
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そして隣接して聳える「巨大なリニア」が、今回オープンした「リニア・鉄道館」です。この施設の構想が公となった時、率直なところ「鉄道博物館」の二番煎じ的な印象を抱きました。ただ、JR東海自体はそれ以前から小規模ながらも中部天竜に「佐久間レールパーク」を展開していましたから、それの発展形と捉えることもできましょう。もっと言うと、車両の保存に熱心であった初代社長が身を退いてからはレールパークの存亡が囁かれていたくらいですから、そのような危機的な期間があったにも関わらず今回のような常設展示博物館がオープンしたのはある意味「奇跡」かも知れません。
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今回、私があえてオープン直後にして「春休み中」という多客時のリスクを承知でも訪れたのは、事前に公にされていた展示車両の布陣が大いに気にかかったからです。それは逆に、今尚混雑していると聞くに及んで未訪問の「鉄道博物館」よりも、展示車両という点については多分に惹かれたということなのでしょう。何はともあれ、中京地区最大となる鉄道博物館の様子を窺うこととしましょう。
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エントランスから入ってすぐの「シンボル展示」スペースにはC62 17と新幹線300X、リニアの車両が置いてありますが、イマイチ興味が涌かず奥の「車両展示スペース」へと歩を進めます。以後の記事中における車両の紹介も偏向的な嗜好に基づきますので、その点はご了解下さい(笑 車両展示スペースに入り左に目をやれば新幹線車両が飛び込んできます。100系なぞまだまだ新しいイメージがあるのですが、それどころか「「フツーに現役」の300系が殿堂入り・・・それも量産車と試作車の揃い踏みとは、新幹線だけで成り立つとも言われるこの会社らしいです。
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車両展示スペースの最奥部には「収蔵車両エリア」がありますが、此処こそ私の今回の訪問目的が集約されているコーナーでもあります。まず、収蔵というだけあってか車両への立ち入りが出来ないばかりか、妻面(前頭部)しかまともに拝めない展示方法には賛否もありましょうが、とにかくこの車両が残ってよかった!というのがクモハ165-108とサロ165-106、そしてサプラーイズ!なのがモハ63638です。
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クモハ165-108、このナンバーはサロ165-106ともども私がソラで言える数少ないナンバーです。それほどこの両車への思いや印象は強く、久し振りの再会に思わず胸を熱くするのです。このクモハ165-108は現役の165系においては最後まで原型の白熱前照灯を有し、神領電車区のT8編成の一員として大垣夜行の救済臨にも充当され上京の機会があり、その存在感は多分なものでした。
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メモリー:クモハ165-108
2001(平成13)年5月6日、ゴールデンウィークの多客臨として運行された大垣夜行の最終上り便の返却回送が運転されました。この返却回送は神領車による大垣夜行救済臨の掉尾を飾ると同時に、神領区の165系における最終運用としても歴史に刻まれたものであり、その編成中にはT8も込まれていたのです。組成は大垣方からT13、クハ抜きのユニット(編番失念)、T8の順の8連。画像では判別できませんが側面の種別板挿しには別れを惜しんで「快速」の種別板(かつて1980年代まで中京地区の快速で使われたデザイン)が挿し込まれていて、その花道をささやかならがらシッカリと惹きたてていました。

神領区の165系はモハ165-504(回送運転台を有す中間モハ、WCと洗面がデッキより客室側にある)などの個性派のイメージが強く、とりわけこのクモハ165-108もその例に漏れません。それは原型の白熱前照灯と併せて前面窓下の通気口の残存によるものです。私も全ての車両をチェックしたわけではないのですが、当時ないしそれ以前の頃にこの手の通気口を残していた急行形電車といいますと東北地区の455系等くらいで、新前橋のモントレーは前面補強によりほぼ消滅、田町の167系アコモは前面補強後にも残ったのはごく一部、静岡区の165系でも当時のアルバムを綴っても該当車は見えず、その点からしてもこのクモハ165-108の如き白熱前照灯にして前面窓下の通気口残存というケースは稀有なものであったと思われるのです。もちろん、湘南色車ということも加味してですが。
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メモリー:サロ165-106
1996(平成8)年3月のダイヤ改正で特急格上げされた急行「東海」、そして併せて「東海」から引退する165系へのはなむけとして逆台形ヘッドマークやグリーン帯の復活といったイベントがなされました。グリーン帯の復活はK3編成のサロ165-106と-107に対してなされ、東京方クハが白熱前照灯であることからもこのK3編成は絶大な人気を博し、後にカトーが発売した「さよなら急行「東海」セット」もこのK3編成がモデルとされたほどです。当時、私は「撮り」に特化していたお陰でサロ165への乗車は夢と消えてしまいましたが、とりあえずの記録は残しています。ただ、サロ165-106のグリーン帯仕様はポジフイルムで撮影しておりプリントもしていないので、ここにお目にかけるのはグリーン帯復活「前」の同車とさせていただきます。因みに奥が-107かどうかは断定できません(編成替えもあるので)。
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メモリー:サロ165-132
そして今回は-106以外のサロについてもその姿を偲んでしまいましょう。こちらの-132はクーラが-106と異なりAU-13でして、新製冷房車のうちでも5両しか存在しなかったグループです。尤も、AU12からAU13に交換されたクルマが居た可能性もありますが・・・。
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メモリー:サロ165-108
欲を言えばこのクルマも残してほしかった!腐食しやすかった一段下降窓への切り札として、窓ごと取り替えてしまうという荒業?でマイナーチェンジされたのがこのユニット窓改造車。見た目は二段階くらい落ちていますが、ファン的にはまさに「好み」そのものです。

セントラル・エスケイプ(1日目その3 リニア・鉄道館の印象~旧形国電)に続く。
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by ar-2 | 2011-03-20 23:55 | 保存車両を訪ねて | Comments(0)


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