赤い電車は白い線

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2011年 02月 03日

如月の湖国逍遥(前夜~1日目その1 京都の朝、嵐電の朝!)

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都合、4度目の豊郷行。いや、厳密には4度目5日目といったところでしょうか・・・。2010年の6月30日夜に東京駅を発ち、意を決して訪れた京都・豊郷・・・それまでの「鉄分100%」というプロセスからはかけ離れた「聖地巡礼」によって得たものは、豊郷という地への興味は言わずもがな、皮肉にも鉄分である「嵐電」と「近江鉄道」の魅力だったのです。

あれから近江鉄道自体は豊郷行の度に乗り合わせ、その都度の新しい発見とも相俟って私を「リピーター」に仕立ててくれました。翻って嵐電はというと、実に7/1以来・・・勿論お目当ては「平日朝限定の2連運行」です。しかしながら、事前調査にも限界があり、決して周到と言えるものではなく・・・その道中や如何に!



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日付を遡って1月31日。その日は当然のように出勤だったのですが、繁忙期なら兎も角今の時期は所定で上がれてしまうので、一旦帰宅ということも出来なくは無いのですが移動距離(=体力消費)を考えると得策とは思えず、身支度と荷造り合切を整えて出勤し発車まで時間を潰す事としたわけです。ここで某氏がお相手をして下さり、二次元に関わる情報交換を・・・ナカナカ手広いですな(謎

そしてファーストアプローチはお約束の「ドリーム京都・神戸11号」、東京駅八重洲南口22:30→京都駅烏丸口6:39でバッチリ暗唱済です(笑 ていうか10月の東名集中工事の「4時間遅れ」で懲りたんじゃないのかよと自分でも突っ込みたくなりますが、今回についてはもう「耐性がついた」というか「割り切り」というか、予めの綿密なプラン立てという過程を放棄して「ココとココとココ」という絞り込みをし、例え4時間遅れても立て直せる(というかそもそも無計画なだけ)という自負があったからです。
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今回乗車したバスは西Jのクルマ(1号車)だったのですが、シートがJRバス関東のとは全然違いました。というか取替えられたのでしょうか?途中、足柄での休憩はスルーしたものの未明になって喉が渇く始末でどうにもならず、相変わらずの不眠クオリティーをキープしたまま、夜の明けきらぬ京都駅烏丸口に所定よりも数分早着したのです。まずは第一関門突破・・・でしょうか。嵐電の2連運行を目に出来そうです。
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早速嵐電へ・・・と行きたいところですがまずは用便。別に我慢していたわけではないのですが、朝の所定の生理現象なわけで・・・。で、JR京都駅ビル内の1階とB1階にお手洗いが備わっているのですが、どちらにも「紙」は愚か「ホルダー」も備わっていません。いや、厳密に言うと¥100の自販機が入口にありますので、それを購入するか事前に用意しておかないと大変な目に遭ってしまいます(汗

私も大分以前は「国際観光都市の中心駅にトイレットペーパーの一つも無いとは何たることか!」と大憤慨の極みだったのですが、まあそれだけ不届き者が多いことの証左なんでしょうね。諦めるか生理現象を感じなかった事とする外に選択肢はありません(マテちなみに蛇足ながら、地上時代(改良工事開始前)の京急蒲田の空港線&下り本線ホームの浦賀方にあったお手洗いは、入口に自販機があるもののペーパーはちゃんと備わっていました。私は自販機で購入して騙されたクチなのでよく覚えています(笑
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とりあえず尾籠なハナシはこれぐらいにして、嵐電に向かいましょう。まずは駅前のホームから出ている市バス206系統に乗車して四条大宮まで。それと、モトの云々に関わらず市バスの「1日乗車券カード」を購入しておきます。運賃支払いの煩雑さ解消の意味もありますし・・・。このあたりについては2010年7月5日の記事に詳述してありますので、ご参照ください。四条大宮からはようやく嵐電の人となりますが、ここでもやはり「1日フリーきっぷ」を当然のように調達、ホームのモボ26号に乗車します。このモボ26号、単行でしたので2連運行はまだなのかなと思ったのですが、これが大変な勘違いだったようで・・・。
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モボ26は言わずもがなの吊り掛け駆動。マイルドな音色に耳を傾け、確かな京都入りと満足感を早々に覚えます。そして今回の目的は2連運行ですが、そこには稀少形式モボ501形登板の可能性への期待が含まれています。何故稀少かは後述しますが、そんなわけで以後の行動をどうしようかと思案しかけた刹那・・・反対の上り線をモボ501+モボ102の2連がっていきなりかよっ!次駅の西院(さい)で迷わず下車し、四条大宮から折り返してきた同編成を捕らえます。しかしモボ501は次位・・・。
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そして互い違いの対向式ホームであることを活かしてモボ501を後部から捕らえようとした刹那、対向にはモボ502先頭の2連がモロ被り!あまりに突然の事態に半ば気が動転しかけますが、すぐさま体勢を立て直して駅前の踏切へ出、辛くもモボ501を捕らえました。

モードはマニュアルでISO400。こうでもしないとシャッタースピードが稼げないわけですが、いかんせん粒状性は粗くなってしまっています。。そして私が常用しているIXY25ISは、レンズの特性なのか左隅の縦方向が常にアウトピンなのです。右隅は問題無いのですが・・・。それと致命的なのは被写体への角度にもよりますが、「一点測距」であるので走行状態の後打ちのカバーにかなり無理があるということです。これはかつて常用していたEOS10(銀塩)の「三点測距」に馴染んだ身からするとかなり辛辣な事ですが、廉価なコンデジにそれを求むのもナンセンスというものでしょう。ここ西院では「陽の低い冬場の都市部」という光量やその回り込みの制約を承知で撮影に望んだものの、かかるコンデジのスペックの限界と私自身が望む理想との乖離、そして稀少形式をマトモに捕らえられなかった悔恨の念が強く残りました。

しかし、今更銀塩を復活させたとしても例えばそれをPCに取り込むにはプリント単位でスキャンの必要があること、更にはフイルム自体が極めて「前時代的」なものになりつつある(先日、横西のヨ◎バシで見た35mm判フイルム売場の小ささにショックを受けました)事などからも、やはり現実的なのは相応の「多点測距」が可能なデジイチへのスイッチなのかも知れません。今年は鉄模投資縮小検討の余地がありそうです・・・。
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そんなわけでして今回はモボ501・502とも記録は叶ったものの、残念な仕上がりとなっています。しかし他に代用の手立ても無いので恥を偲んでupしていきましょう。その対向してきたモボ502の四条大宮からの折り返しを捕らえたのが上画像。先頭はモボ611です。このモボ611形611号は今後の嵐電の標準色となる「京紫」(きょうむらさき)を纏っていますが、旧車発生品のKS-46L台車を履くのが大特徴です。
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※画像はトリミングしてあります

KS-46L台車は住友金属の手になる鋳鋼製の低床台車で、種車である戦前派モボ111形が履いていました。このKS-46L台車の車軸の回転部分の支持方式は今となっては稀な「平軸受」、いわゆるプレーンとなっていまして、それ故の保守の煩わしさや乗り心地の観点から嵐電においては疎んじられた存在となっていてます。かつてモボ611形は6両全てが同台車を履いていたものの現在は交換等によりモボ611・615に使用されるのみとなっている上に、同台車を履くグループ(モボ611・615と後述のモボ501)については原則として平日朝ラッシュ時の2連運行時のみの稼動とされており、嵐電の車両群においては乗るのも撮るのも一筋縄ではないのです。2連の運行自体は例えば春・秋の行楽シーズンであれば土休日のデータイムにもなされますが、そこへの充当は正直「運」次第でしょう。
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西院での短時間の衝撃的出会いに唖然とするも、すぐさま後を追って後続のモボ633の単行に乗車します。どうやら朝の嵐電は単行と2連を交互に運転しているようです(後でダ◎ヤ情報読んだら記してありました)。そして太秦広隆寺、陽の低さが本当に惜しいのですが何とか嵐山から折り返してきたモボ501+モボ102をゲット!本日前半のハイライトシーンです。

モボ501形は1984(昭59)年から嵐電初の冷房車として武庫川車両で4両が製造されました。足回り等の主要機器は旧車の発生品ながら、車体はワンマン化を視野に入れたという側面左右非対称の「前・中扉」配置となりましたが、前頭部の額縁スタイルとも相俟って都電7000(更新後)の影響を強く受けているように思えます。ところが、この「前・中扉」はそれまでの「前・後扉」によって「後扉から乗車→前扉から降車」という一方向に確立されていた乗客の動線を乱すこととなり、更には客扉自体の幅の狭いことと、絞り込まれた前頭部と客扉の間の吹き寄せの狭さも相俟って充分な降車スペースが確保できず、多客輸送には極めて不向きな造りとなってしまったのです。
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太秦広隆寺からは念願のモボ501に乗車!このモボ501も種車の都合から前述のKS-46L台車を履いています。その乗り心地はというと多少固いかな?とは感じたものの悪いというような事は無く、想像以上にフツーでした。そして太秦天神川で下車しモボ502を迎撃します。

モボ501形は数々の新機軸を搭載するも、結局のところメリットよりもデメリットが立ってしまったことから4両のみに留まった上に、1985(昭60)年製造のモボ503・504は嵐電初のカルダン駆動車モボ2001形の増備によって2000(平12)~2001(平13)年にかけ、哀れ約15年の生涯を終えて廃車解体されてしまいました。そしてモボ501形以後の増備形式は、当然のように「前・後扉」配置に戻ったのです。
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太秦天神川からはやはりモボ633の単行で追尾、西大路三条で下車して四条大宮からの折り返しを迎撃・・・のはずが、2連が全然来ません。おまけにヘッドも開いて・・・しまった、もう2連の運行時間は終わりだったようです(涙 画像はそんな中で後からやってきた四条大宮行の「もり夕子」!「もり漬物」も「夕子」も初見です。これでMODEMOの「夕子」購入の理由がしっかり出来たようで(笑 しかし、「夕子」は2台(モボ101・104)ありますが「もり漬物」はモボ106の1台しかありません。再出庫があれば別ですが、こんな使われ方もあるんですね。
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そんなわけ?で2連運行の終了を悟りながら後続のモボ613で再び西院(さい)へ。ここは検車区の最寄りでもあります。検車区のクラはと見れば、モボ501・502ともしっかり入庫していました。タイミングが許せば、次こそはもっとマシな状態で捕らえたいものです(燃 そうしているうちに四条大宮から回送で折り返してきた「もり夕子」が、入庫のためのスイッチバック開始の体勢に入ります。まずは四条通りの踏切を越え、検車区脇の下り本線上(画像に見える片亘りよりも向こう側)で停車。よく見ると後部にも乗務員の姿が・・・。
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そして直ちに下り本線から逆走して片亘りで上り線に転線、更に検車区内の1番線へと滑り込みます。
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しかし「もり夕子」は1番線内では留まらず、再び上り本線と合流する寸前まで進み停止!四条通りの踏切に「鼻差」で出ている感じです。ちなみにここ四条通りの踏切警報音は今や数少なくなった「打鐘式」です。まあ龍口寺前に行けばいくらでも(ry 「夕子」の横顔の向こうに赤の手旗が見えましょうか。誘導役の係員サンがここで手旗を振って停止目標となっているのです。
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そして「もり夕子」は何事も無かったかのように退行して3~6番線に収まります。このような際どいスイッチバックがなされるのには当然理由があり、1番線から3~6番線への分岐に2連がかからないギリギリのラインが、四条通りの踏切寸前であるということなのです。単行である場合は何の問題もありませんが、原則として平日朝にしか見られない何とも珍奇なスイッチバックシーンでした。
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嵐電といえばコイツも忘れられませんね。「江ノ電号」ことモボ631形631です。そしてこの装いは今年3月までの限定仕様!それ以後は恐らく「京紫」へと塗り替えられるのでしょう。
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そして嵐電編の最後に「京紫」に関わる最新情報を・・・現在増殖中の同塗装ですが、私が2月1日の朝に目視で確認した限りでは611、612、613、614、621、622、623の7台に及んでいます(誤認のあった場合はご容赦願います)。私の事前のイメージでは2~3台だったのですがトンデモなかったですね。画像はモボ623+モボ614の「ダブル京紫」ですが、これまでのツートンに変わり「京紫」の時代となっていくであろう事を、ビジュアル的に強く印象付けられました。

(つづく)
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by ar-2 | 2011-02-03 20:56 | 外出・旅行


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