赤い電車は白い線

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2010年 12月 03日

讃岐の国に夢を見る(2日目その5・琴平電鉄の生き証人~滝宮駅、そして・・・)

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瓦町の踏切で本朝以来の鉢合わせとなった1070形(1073-1074)!夜はまだ長いので、早速1070形の後を追うと共に、「夜のお散歩」的オプションとして或る駅舎の見学も組み込みます。



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夕ラッシュ時を迎えた瓦町駅。琴平線は日中からの15分ヘッドをキープしたままですが、画像の17:49発滝宮(たきのみや)行は土休日は一宮止まりとされているので、いわゆる区間延長が平日には行われています。日頃は無聊の極みであるはずの混雑帯も、旅行中の身の上に大好きな車両がホームに滑り込んで来るとなれば楽しいもの。1200形の4連がやってきました。
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4扉の1200形は言わずもがなの元・京急700形。過分なまでの多扉の威力を発揮しながら、夜の琴平線を下ります。私が乗車した最前部1203号からは、駅の改札位置等にもよるのでしょうが仏生山、空港通りなどで纏まった降車が見られました。そして終着滝宮。高松市を抜けた隣の綾川町に位置します。ここまで来ると琴平は間近なのですが、それは明日の楽しみということで・・・。
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高松琴平電鉄琴平線の前身である琴平電鉄、その1926(大15)年の栗林(現・栗林公園)~滝宮間の開業時に設けられた駅舎がここ滝宮には現存しています。琴平電鉄といえばその開業時に用意された汽車製の1000形、日車製の3000形が一地方私鉄としては破格のレベルであったと評されていますが、これは開業準備時の会社幹部による関西私鉄の視察において特に阪急電鉄(当時は阪神急行電鉄)の影響を大きく受けたことによるものとされ、この滝宮駅駅舎のデザインも当時の流行に倣ったもとの言えましょう。
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ここ琴平線滝宮駅、そして先程訪れた長尾線元山駅、そして8年前に訪問した志度線屋島駅は、いずれも洋風のデザインであり、奇しくもそれぞれ前身の異なる3線(琴平線=琴平電鉄、長尾線=高松電気軌道、志度線=東讃電気軌道)のシンボリック建築として現存している縁は何とも不思議なものです。

1070形を追うはずが滝宮駅での降車となったのは、琴平で折り返してくる1070形の迎撃と、本駅舎の見学を兼ねられて有用との判断。尤も駅舎については明日の「レトロ車両特別運行」時の停車時間でも見学できる算段なのですが、夜の古典駅舎というのも味わい深く、その表情を飽きずに鑑賞するものです。そうするうちにようやく、築港行の1070形がやって来ました。
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琴電1070形、言わずもがなの元・京急600形(Ⅱ)です。乗車した1073-1074の履歴を簡単に記しますと

700形(Ⅰ)デハ709(1957東急)→600形(Ⅱ)デハ613(1966改番)→廃車(1984)→琴電1073号
700形(Ⅰ)デハ758(1957東急)→600形(Ⅱ)デハ616(1966改番)→廃車(1984)→琴電1074号

となります。京急600形(Ⅱ)の琴電への譲渡は1984(昭59)年から行われ、トータルで2連3本が琴電初の冷房車形式としてデビューしました。南国という立地だけあって冷房車投入は大好評となり、ラッシュ時に従来の非冷房車と組成した場合には非冷房車はガラガラで、冷房車1070形に旅客が殺到するという状況が当たり前だったとか。その後に投入された京急1000形改め1080形も好評裡であり、ラッシュ時はもとよりデータイムにおいてもこれら元・京急車はフル回転となったわけです。
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車内には流石に製造銘板は見えませんが、京急車両による「昭和61年度」という珍しい年度表示のプレートが現存します。そしてその隣の禁煙プレートも一目で京急オリジナルと判るものですが、実は本日これまで幾本かの元・京急車に乗り合わせるもこのオリジナルプレートは初見、つまり1080・1200形においては別物の禁煙プレートに取替えられてしまっているのです(全車かは不明)。

600形(Ⅱ)改め1070形も、琴電入りして既に初期のグループは26年の月日が経過しました。特に1071-1072(元・デハ605、デハ608)は1957(昭32)製で1984(昭59)に廃車、同年末に琴電入りしています。つまり京急時代が27年、琴電時代が26年とその在籍年数が間もなく同年に及ぼうとしています。これは1070形の車齢の高さもさることながら、そう簡単に車両代替をなせなかった琴電の懐事情、そして初の冷房車形式として存分に運用されてきたこと等、様々な事象を読み取る事が出来ると感ぜずにはいられません。
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そして京急600形(Ⅱ)のオリジナル台車であるTS-303、今も現役かと思っていたのですが、日中乗車時に仏生山の工場脇側線の無蓋車の荷台に、同形もしくはTS-310と思しきフレームが廃棄状態で積み上げられているのが見えました。断定は出来ませんが、車齢を考えるとTS-310との交換も否定できません。もしそうであったとすると、逗子の保存車のTS-303が完全体での唯一の現存例となりましょう。

かつての湘南の韋駄天は、側面にその面影を残すのみとなった今も讃岐の地に健在でした。滝宮から築港までの道中、シートのバネが効き過ぎるのかまるでトランポリンのように跳ねるのには苦笑しましたが、それはまるで1070が往年の健脚っぷりをアピールしてくるようでした。私は残念ながらリアル600形(Ⅱ)世代ではないのですが、2000形、2100形の始祖ともいうべきその姿に接し、クロスシートを有すロマンスカーの血統の歴史の深さを改めて認識させられました。現場では車齢の高いことから限定的な運用(予備車らしいです)と聞きますが、またいつか讃岐入りした折に元気な姿が見られるよう、1日も永く1070形の健在であらんことを切に祈る次第です。
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築港で折り返し瓦町で見送り。1070形・・・またいつか。

琴電漬けの後はお約束の赤提灯。事前にアタリをつけておいた焼き鳥「大吉」さんです。
こじんまりしとした店内ですが落ち着いていて雰囲気も良く、焼き鳥を中心とした肴を堪能しました。
讃岐の夜は更けて・・・明日はいよいよ「レトロ車両特別運行」を体験します。

(つづく)
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by ar-2 | 2010-12-03 10:15 | 外出・旅行 | Comments(2)
Commented at 2010-12-05 14:48 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ar-2 at 2010-12-05 22:27
↑さん、こんばんは。初めまして。HNに物凄く親近感を覚えてしまいます(笑
詳細な実見記録、大変参考になります。1073-1074について改めて調べてみましたところ、
4次車からはTS-310だったんですね。完全な認識欠如でした(汗
・・・となると、TS-303未だ健在でしょうか?今すぐにでも確認したい衝動に駆られてしまいます。

京急における初期のウイングバネ台車も、よもやの貨車高性能化で風前の灯・・・ですね。
げに昭和は遠くになりにけりです。


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