赤い電車は白い線

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2010年 09月 08日

西国私鉄漫遊譚(3日目東海編その1・養老鉄道の表情)

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養老鉄道・・・その名とは裏腹?に、他県を介さずに岐阜県と三重県とを結ぶ唯一の鉄道線でありながら、その社名の大儀を果たせなかった
三岐鉄道と比べても一歩譲ってキャラクターが薄いように思えます。最終日はそんな養老鉄道のターミナルである大垣からスタートします。



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この養老鉄道、近年に至り近畿日本鉄道(以下、特に断りの無い場合は近鉄(きんてつ)と称します)から切り離された養老鉄道。
俗に「上下分離方式」と言われる、施設や車両は近鉄が継続して保有し「運営」を養老鉄道が行うというスタイルをとっています。
まあ平たく言えば「管理委託」ってやつですね。そういえば私の地元のバス事業者でこれに当て嵌まるケースがあったような・・・。

要は近鉄からすれば不採算路線だったわけですが、その路線を必要とする向きがあり残す努力があったからこそ、養老鉄道は生まれました。
今回はラビットというエサもありますが、直前まで養老鉄道経由で三重県側に抜けるかどうか悩んでいたのですが結果的には初訪問の強み?か
色々と発見があり充実し、よかったと思います。(乗るかどうか)悩むのならば乗っちまえ!ということなのですね。
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まずは昨夜に出札サンに教えていただいたダイヤを目指して大垣駅へ・・・。しかし前述の通りラビットではなく、マルーンの3連が姿を見せました。
よくよく考えればラビットが2連であり、しかも「秋休み」のある時勢で前倒しの2学期が始まった学生輸送にそれが適うとはおよそ思えず、
視覚的にラビットが充てられなくて当然・・・といった呈を醸していました。大垣に到着したその3連からは大量の学生が降車し、
入れ替わりにまたもや学生がドッと乗り込みます。私は最前部の比較的空いているクルマの一端に着席したのですが、
揖斐方面からの大垣止まり列車からも学生が大挙乗り換え、発車時刻になるころには大層な賑わいになりました。
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制服からして2校の学生が主と思え、そのうち1校はあろうことか女子高です。最前部のハコは仮に100名乗車していたとしたら
その内90名がティーンエイジャーであろうというぐらいムンムンで、ハコ中の平均年齢を押し上げる以外に何の貢献もしていないヲッサンは
もうタジタジです(汗 「あつい~、もーやー!」とか「やけたなぁ~」などの他愛の無い会話から本日(8/30)からの始業であると窺えます。
そんな華やかな道中も、共学集団が大外羽(おおとば)で、女子高集団が隣の烏江(からすえ)で下車してすっかり静かになってしまいます。
挙句にその先の美濃高田で他の用務客も殆ど降りてしまい、隣の中間のハコはと覗いてみれば空っぽに・・・。
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そして社名の冠でもある養老駅。ちなみに養老鉄道というのは近鉄合併前の一時期の名でもあり、結果的に「歴史は繰り返す」の理に則ったわけです。
同様の例としては上田交通の鉄道事業分離による「上田電鉄」でしょうか(上田電鉄+丸子鉄道→上田丸子電鉄→上田交通→上田電鉄)。
そして同駅では麗しきラビットと離合!またいつかゆっくり再会を果たしたいところです。
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そして養老駅駅舎・・・ナカナカの造形じゃありませんか。今回は途中下車は一切無しだったのですが、沿線への立ち寄り意欲も湧いてきます。
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頂をモヤに覆われた山並みと穀倉地帯を車窓の友とし、県境を越えていよいよ三重県へ足を進めます。
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駒野では上下列車の交換待ち。どちらも同じ顔に見えますが、仔細に見れば標識灯の形状違いがポイントだったり。
それにしても近鉄からの分離故に復活したとは言え、昔ながらのマルーンが何とも目に沁みますね。このマルーンにしても単色塗りといえば
関東、中京、関西のそれぞれにおける「大民鉄」、すなわち東武、名鉄、近鉄のどれもがかつては単色塗りを纏っていましたね。
名鉄は今も塗装車はほぼスカーレットを纏っていますが、SUS車も導入され今後は漸減していくのでしょう。

それとこれら3社においては不採算路線の扱いやそれを取り巻く境遇も3様と言えます。東武はワンマン化等の経営努力で自社運営、
名鉄は容赦無くバッサバッサと切り捨て、近鉄も切り捨てですが養老、伊賀、北勢は幸いにして受け皿があり存続・・・となっています。
名鉄も経営努力がゼロであったわけではないのでしょうが、とにかく対JRを含めた中京圏のクルマ社会の「深度」ぶりは凄かったです。
岐阜市内線の路面に「描かれただけ」の安全地帯での電車待ちなんて、生きた心地がしなかったですもの、ホント。

閑話休題。
3両の電車は三重県に入り、徐々に旅客を増やしながら桑名到着です。いわゆる大垣口と桑名口とではそれぞれに区間運転がありますが、
データイムでも大垣口が30分ヘッドなのに対して桑名口は20分ヘッドと、需要の面で差を見せています。
通し路線であることは運行上効率的なこともありますが、実態は完全に双方で分離しているような印象を受けました。
次はいよいよ桑名から北勢線乗車を果たします。

(つづく)
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by ar-2 | 2010-09-08 22:59 | 外出・旅行


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