赤い電車は白い線

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2010年 09月 06日

西国私鉄漫遊譚(2日目大垣番外編・夜のお散歩)

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途中1箇所の立ち寄りがカットとなり、予定よりも早く(といっても30分程ですが)大垣のホテルにチェックイン。
その後駅前アーケードで夕食と相成り、アルコールを流し込めば程よく酔いが回ってきます。
店を出てみればまだ界隈は明るく、このままホテルに戻ったところで時間を過ごす術も乏しいことは目に見えていますから、
新今宮→貴生川と米原→大垣の移動で用いた18きっぷでショ-トトリップと洒落こむことにしました。



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その行先は東海道線の一支線である通称「美濃赤坂支線」。大垣から下り南荒尾信号所で分岐、途中駅は荒尾のみで美濃赤坂に至ります。
その昔、上り「ながら」もしくは9372Mの乗車待ちの間に美濃赤坂までの往復を試みたことがあるように記憶していますが、9372Mなら
荷物から目が離せない筈だからやはり「ながら」かなと思いつつ、何にせよその記憶が判然としない程ですから正に「時間潰し」だったのでしょう。
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その美濃赤坂支線の乗場は上りホームの神戸方外れの欠き取り部である2番線。発車時刻がちょうど迫っていたので大急ぎで乗車します。
車両は313系?(この世代の電車はホント詳しくないのですよ)の2両編成。大垣を発車するとすぐに車掌サンが乗車券回収に回ってきます。
終点の美濃赤坂は有人駅ですが、駅の管理は西濃鉄道(貨物専業)が行っているはずなので乗車券類の発売はなされておらず、
美濃赤坂支線では列車乗務員による乗車券の発行・回収が基本となっています。
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列車はストトンと走り美濃赤坂駅着。棒状のホーム一面のみですが、構内には貨物用のホームや側線群が拡がっています。
ホームがやたら長いのは、かつて一時期大垣夜行が美濃赤坂に直通していた名残りか・・・尤も昔の普通列車っておしなべて長かったんですよね。
そして駅舎に思わず大注目、木造の典型的日本建築です。屋根は瓦ではなく平板状のものに葺きかえられているようです。
駅前には自転車駐輪場やら公衆便所やらが据え置かれているので、スッキリと駅舎を望むことができません(涙
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駅舎内の待合室には運賃表と時刻表の掲示はあるものの、前述の通り出札窓口はおろか自動券売機すら見えません。
隣接する駅事務室は完全に西濃鉄道の運転要員詰所となっているようです。勿論改札も簡単な柵があるだけでフリーパス状態。
画像の時刻表を見た感じでは日中帯以外は案外?本数があり、この時も30分ヘッド帯だったので気楽に立ち寄れたわけです。
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照明灯の光を浴びるガランとした構内、上屋付きの貨物用ホーム、その向こうから聞こえてくる貨物列車のスローなジョイント・・・
これはもう「あぶ刑事」の世界。横浜の港湾部から完全に消え去ってしまった臨港線を想起させるようなシチュエーションが展開しています。
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~古典駅舎の肖像・その6 美濃赤坂駅~
そして後ろを見返れば、全容を窺えない表側とは対照的にそのシルエットを浮かび上がらせた木造駅舎の美しい姿が・・・。
この時は迂闊にも「建物財産票」をチェックしなかったのですが、後に1919(大正8)年の美濃赤坂支線開業時からの駅舎が健在と判明。
後天的に手を加えられているところもありますが、ここにもありました古典駅舎!思わぬ出会いにすっかり気をよくします。

30分そこそこの滞在を終え、来た路を大垣へと戻ります。
と・・・ここで気になるネタのあったことを思い出しました。実は米原から大垣に着いた折養老鉄道のホームにラビットカー塗装の606Fの姿を認め、
大急ぎで養老鉄道の駅へ向かうも逃げられてしまったのです。その列車は桑名行であり、もし折り返してくるのであればそろそろ・・・と考えたのです。
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果たして大垣駅の出札サンに尋ねてみたところ親切にも問い合わせていただき、あと10分ほどで戻ってくると教えていただきました。
ですので無論入場券を購入して観察と張り切ります。ちなみにこの時翌日の時刻も教えていただいたのですが、運用変更があったのか
残念ながら当該列車に606Fは充当されませんでした。止むを得ない事ですが、親切に対応いただいた出札サンには感謝の気持ちで一杯です。
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そしていよいよラビットと対面の時!
オレンジの車体に白帯を纏った出で立ちは近鉄の青春か・・・。列車の運行密度が高まる中、優等列車の隙間を縫ってピョンピョンと兎のように
跳ねて行くというイメージから「ラビットカー」と称されたグループはいわゆる緩行車両、阪神でいう「ジェットカー」のポジションです。
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マルーンとの並びもグッド。
このラビットカーに限らず横文字のニックネームが付された例が関西では多く、ビスタカー、ズームカー、ジェットカー、オートカー、
スーパーカー、テレビカー、そしてラビットカーと、まさに私鉄王国関西の黄金期に名を馳せたエポックメーキングなクルマばかりです。
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その黄金期を体感したことの無い私にとって、606Fはまさに「生きた教科書」。
手許のクロポの6800系キットがうずいたように感じたのは気のせいでしょうか。ラビットもイイしマルーンもイイ・・・。
限られた時間ではありましたが細部のカットを数コマ撮影。幌が赤いのにはちょっとビックリしました。

一通り撮り終えて満足しようやくホテルへ。
明日はいよいよ最終日。私にとって初体験の路線ばかりを訪ねる予定です。

(つづく)
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by ar-2 | 2010-09-06 00:00 | 外出・旅行 | Comments(0)


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