2010年 09月 05日

西国私鉄漫遊譚(2日目近江編その5・高宮点描と多賀線踏破)

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豊郷小学校旧校舎群への再訪を無事済ませ、次なる目的地である多賀線踏破に向かいます。
本線が1900(明治33)年12月に全通したのと比して多賀線は1914(大正3)年3月開業と後発気味ですが、翻って電化に関して言えば
近鉄最初の電化区間(1925(大正14)年3月)こそ彦根~多賀間であり、多賀大社参詣路線としての地位の高さが窺い知れましょう。



・豊郷14:00→高宮14:07 803F
豊郷からは私を含めて纏まった「聖地帰り」の旅客が乗車。更には反対側の貴生川行列車からもそれと思しき旅客が見られ、
豊郷小学校旧校舎群の「位置づけ」によって、確実に近鉄における定期外旅客が増加しているであろうことを実感させられます。
803Fは高宮止まりですが、そこから米原方面へは多賀大社前発が接続しています。そちらは先程の「キャラ電」こと809Fでした。
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ここ高宮から多賀大社前までの往復を試みますが、30分近くのインターバルがありますので構内観察にはうってつけです。
まず視界に入るのは幾本かの側線や使用の気配の無いプラットホーム等等・・・サビだらけの二軸貨車も大いに興味をそそられます。
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駅舎は近代化されこそすれ、多賀線と本線との間に挟まる扇形ホームの上屋は旧き佳き時代を偲ばせるものです。
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高宮止まりとして到着した803Fは折り返しの貴生川行として発車まで暫し待機。その停車ホームである下り線側は石積みのホーム。
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石畳の混ざった趣深い構内踏切を渡れば上り線ホーム。その造作は紛うことなき開業時の空気を存分に香らせるレンガ積み!
ここ高宮は1898(明治31)年6月に近鉄最初の区間(彦根~愛知川)に開駅。以来大きく変わっていないであろう景がそこにあります。
先程の貨車が置いてあるだだっ広い構内を駅外れの踏切から見てみようと思い改札を出ます。実は多賀線ホームの端からはこの踏切へと
通ずる畦道?がありますが、いくらフリーきっぷ利用とは言え「有人」の改札を避ける理由などあるはずもなく、セオリー通りにきちんと出場します。
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で、駅舎を出て貴生川方へなんとなく進路をとると、近鉄をアンダーパスするガードが見えてきました・・・・・・ん?
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低!!って枕木に手ぇ届くしwwww
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目線高さでコレww
ちなみに私の身長が173cmですから、このガード高さは160cm程度といったところでしょうか。
この手の「カミソリガード」としては「行灯殺し」なる品川~田町間の操車場直下の物件が有名。東◎無線(タクシー)の「東京タワー型行灯」の
頭頂部をデフォでフラットせしめたるほどの「破壊力」を有しその存在を知らしめています。ちなみに「行灯殺し」が高さ150cm程度ですから
ここ高宮のそれは延長を含めて及びませんし、国内にはもっともっと低いガードがあるらしいですが、事前情報皆無の旅先での発見は楽しいものです。
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アタマを屈めながらガードを潜り、その全景を望みます。石積みの橋台を有すプレートガーダからは歴史の香りが感じられますが、
高宮構内の上り線ホームがレンガ積みで下り線ホームが石積みであるという「時間的なズレ」を考えると、石積み橋台の本ガードが
彦根~愛知川間開業時からの存在であるかどうかは疑わしいですね。ただ、ここに創建されて以来姿態は全く変わっていないように思えます。
時間が合えば上を通過する列車を絡めたカットもおさえたかったですが、それは次回以降の課題で・・・。
そう言えばこの直後にガード方向に突っ込んで行くスクーターと擦れ違いましたが、その決定的瞬間を見逃しました(汗
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一面を「葉」に覆われた構内はまさに盛者必衰の体現・・・。後ろに見返れば700系新幹線の真っ白な「矢」が東京方向にスッ飛んで行きます。
同じ「時間」と「空間」、そして同じ「鉄道」でありながらの対照の妙。そういった車両ばかりではないあらゆる「眷属」に惹かれるからこそ、
私は子供の頃から相も変わらず、そしてその生涯を通じてきっとレールファンのままであり続けるのだろうと思います。
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駅へ戻ると先程からの803Fがまだ発車待ちしていました。ここでこの800系電車について簡単に触れておきましょう。
西武鉄道401系(Ⅱ)を種車とする本形式は近鉄の主力として801~811Fの11編成が在籍。その401系(Ⅱ)は411系(Ⅱ)として
所沢車両工場で38両製造されその全てが何と今も「健在」。内訳は30両(800系22両、820系4両、700系2両、部品取り2両)が近鉄、
6両が三岐鉄道、2両が上信電鉄というもの。2連という小編成単位が幸いしてか、その「捌け具合」の良さには驚かされた次第です。
今回の旅程では前回(7/2)のような220系への乗車は叶いませんでしたが、逆にこれらの元401系(Ⅱ)への乗車機会には存分に恵まれ、
ネタバレ含みでその乗車編成のこれまでの実績を挙げてみましょう。

220形・・・222、223
800系・・・801、803、804、806、808、809
820系・・・822
700系・・・701

もちろん、目指すは近鉄現有編成の乗車コンプリート!・・・ですが機関車代用の221とかは難しそうですね(汗
かつて「隅を落とした不恰好な電車」と蔑視していた800系は、いま私にとって最も身近な地方私鉄の電車となりました。
人の心は時にご都合主義に走りますが、実際に接してみて「良さ」が伝ればそれに越した事はありません。人間同士もまた然り、でしょう。
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・高宮14:31→多賀大社前14:36 822F
ようやく多賀線列車の到着です。彦根方面からやってきたのは種車の面影を多分に残す820系822F。前回(7/2)も乗車している編成です。
ここから貴生川方面へは先程の803Fが連絡しているわけで、822Fの大半の旅客が803Fに乗り換えてしまった様子です。
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その822Fにはアテンダントが乗務していました。先程とは別の方です。僅かばかりの旅客と一緒に揺られて5分、多賀大社前に到着です。
天照大神の両親である伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が祀られた多賀大社は「お多賀さん」として親しまれ、
延命長寿や縁結びの神様として信仰を集めています。今回は多賀大社駅での滞在時間僅か3分・・・次回以降に再訪の機あらばと思います。
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その駅構内は思っていたのと異なり、幾つかの側線と頭端式ホーム3面に2線を構えるという立派な佇まい。
やはり時期によっては近鉄利用の参詣客で賑わうのでしょうか?

これで多賀線踏破、そして前回の米原~豊郷間と合わせて近鉄全区間踏破を達成しました。
次なる目的地は彦根口・・・僅か3分で多賀大社前を同じ822Fで折り返します。

(つづく)
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by ar-2 | 2010-09-05 23:59 | 外出・旅行 | Comments(0)


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