2010年 08月 12日

3年振りの岳南路・2010夏!あの原風景へ~(後編・岳南にED501と「突放」あり)

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比奈の「日常」のもう一つの目玉・・・それは今や稀少な存在となった「突放(とっぽう)」作業とそれを担う電気機関車、特に1928(昭和3)年製のED501の存在。この比奈界隈における濃密さ加減は本当にアツいものです。



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まずは同駅の駅舎から。ここ比奈は朝・夜間帯無人駅の取扱いですが、日中は前述の突放作業を含めた貨物列車の入換えに携わる職員サンが幾名か詰めていて、その付帯設備故か駅舎の外観・大きさ共沿線髄一ともいえるもの。出札窓口も勿論営業です。
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そしてここ比奈に降り立てば高確率?で遭遇できる機関車が、このED501です!一目で只ならぬ威風を備えた外観に、鉄道ファンなら大きなインパクトを覚え、心奪われることでしょう。このED501は1928(昭和3)年に川崎造船所で上田温泉電軌北東線(後の上田交通真田傍陽線・現廃止)の開業に伴って製造されたデロ301を出自とするもの。隅にRを有すモダンな機械室の側窓や、抵抗器を収めたボンネットがキャブ前に張り出した愛らしいスタイルは、昭和初期のほぼ同時期に製造された西武のE21や小田急の1010と「瓜二つ」と言ってもいいほど。これぞ、いわゆる電気機関車における「川造スタイル」なのです。しかしながら西武E21も小田急1010も既に保存車を含めて後年まで残っていたものまでもが解体処分されてしまい、今やこの岳南デキ501こそが最後の「川造スタイル」の残火なのです。
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上田温泉電軌のデロ301として登場した本機ですが、40tに及ぶ自重や高出力モータを4器備えるという、北東線の30‰を越える連続勾配に適うスペックとしても過大なものであり、あまり上手く使いこなせなかったようです。それに起因するのかどうかは判りませんが、1935(昭和10)年には終点の真田から3駅先の北本原付近まで下り勾配を暴走、果てに脱線転覆するという事故を起こしています。

それでも「虎の子」の機関車であったからか修理がなされ、1940(昭和15)年に三河鉄道(現名鉄三河線)に譲渡されるまで活躍しました。ちなみに三河鉄道への売却額が当時での¥165,000、そしてデロ301としての新製購入額が¥59,000だったというのですから、こんなオイシイ話?が本当にあったのだなと不思議な気もします。それほど三河鉄道にとっては魅力的な機関車だったのでしょうか。
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三河鉄道は後に名古屋鉄道へと併合され、本機はデキ501として継続して活躍。昭和44(1969)年に岳南が借り受け、翌45年に正式に譲受しました。かつての岳南には種々雑多な出自の電機が在し、このED501もその一角を担ってきました。しかしその電機群も富士岡のED291を除けば現役機は僅かに全3機・・・ED501はその最盛期を偲ばせる存在となっています。今年で生誕82年目。その外観はパンタが1基から2基に増えた他は、恐ろしいほどにオリジナルの姿態を留めています。車番の「名鉄ローマン書体」は言わずもがなの名鉄時代からの継承ですが、その典雅な書体がクラシカルなボディに大変似合っています。

ED501はここ比奈構内における入換え作業の専従と言うことですが、ねぐらのある富士岡までの回送や、さらには隣駅岳南原田構内まで貨車の入れ換えで足を運ぶこともあります。小運転中心ですが、後輩のED40にもひけをとらない正真正銘の立派な「現役機」なのです。およそ博物館に行く必要はありません。本年2月の津軽行で遭遇したED333のような車齢80年を越える電機が「現役」でそこに居れば、それ以上に何を求めましょうか。これが首都圏からも日帰り訪問が十分可能な圏内での「日常」であるということは、奇跡と言えましょう。
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勘の良い?方はお気付きでしょうか。中編での岳南江尾行の電車車内からとではED501の停車位置が変わっています。ということは江尾往復の間に入換え作業がなされたわけで・・・う~ん、タイミングが悪かったか。それと、ED501の隣にいたED402の姿が見えません。ということは吉原まで受け渡しに行ったか?ならその戻りに期待しましょう。駅舎の傍らではボンネットの扉を開放し、抵抗器を冷やしながら佇むED501を「独り占め」・・・昼下がりの比奈、至福の時間。
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比較的近傍の神奈川からの来訪とはいえ、それなりに帰りの時間が気になるもの。明日も早いので・・・と考ながら比奈着40分後・・・。それまで駅舎内に詰めていた職員サンたちがメッチを装着して構内へと出ていきます。来るぞ!ということで私も外れにスタンバイ。やはりED402が吉原から貨物を牽いてやってきました。組成は機+ワム4+コキ4です。そしていよいよブレーキマンが添乗します。
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ED402に1人、ワムに2人、コキに1人というブレーキマンと誘導サンを合わせた4人の添乗で再スタート!開け放たれた貫通扉、携行無線機から絶えず聞こえてくる交信、そして加速するED402のサウンド・・・一体となった臨場感は絶頂に達します。
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構内の岳南江尾方にある公道踏切ですが、入換え作業のエリアに含まれる場合は勿論交通を遮蔽して行います。また、駅構内のホームとを結ぶ構内踏切も同様に通行禁止となりますので、見学・撮影は安全な場所でという心がけが特に必要です。
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貨車に誘導サンが添乗するだけならそう珍しくもないのでしょうが、ここ岳南でなされる入換え作業の真髄は「突放(とっぽう)」!画像のコキ4両は奥方向からED402の推進力によって突放されて、手前に転がっている最中です。この突放は読んで字の如く「突き放す」ものですが、要は予め連結器を切った上で機関車が貨車を推進、誘導サンの合図で機関車は制動を掛けます。すると連結器を切ってあった貨車のナックルが開いて機関車から解放され、その推進力による惰性で転がり続けるのです。
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転がる貨車を所定の位置まで持って行くのがブレーキマンの役割でして、ワムならば側面車端のステップ傍らにあるフットブレーキを巧みに操り、コキならば片エンドのハンドブレーキを操作しながら最終的には停止させます。この一連の突放作業は、機関車の入換えに際しての移動距離が大幅に少なく済み、特に貨物の取扱量が現在とは比較にならないほど膨大であった時代においては最も有効な入換え方式とされ、国鉄・私鉄の如何を問わず全国の貨物取扱い駅で目にすることが出来たそうです。ところが、ご覧の通り安全帯などの命綱の一切無い危険と隣り合わせの作業・・・。実際に事故も多く殉職に至るケースもあったようです。それ故であるのと貨物取扱量の大幅な減少から、国鉄では80年代頃には全廃され、今では岳南のような社線の一部や臨港鉄道のみにおいて僅かになされているのみなのです。
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とにかく、職人技のなせる流れるような一連の入換え作業にはただただ瞠目させられます。画像のワムは4両を「突放中」に更に2両ずつに分離・・・。自連を切るタイミング、気象状況(降雨時等)やブレーキ自体のクセを瞬時に掌握し、左足を載せたフットブレーキで操る様はもはや「神業」です。
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コキとワムを突放し終えたED402は、コキの転がっていった線路を追っかけていきます。機関士サンと誘導サンの眼が光ります。それにしてもED402、パノラミックウインドウの精悍な顔立ちながら、小ぶりのボディに2基パンタと何だかファニーな印象です。
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夢中になって見学できたのも束の間、間もなく吉原行の電車が来ます。もうそろそろタイムリミット!もっと見ていたいのに~。もうこうなったら岳南も次回泊まりがけか?などと一瞬思いつつ、吉原行電車乗車寸前の泣きの1ショットを撮ります。さきほど突放したコキの転がった方向には「日本大昭和板紙吉永」の工場への側線があります。そのコキがEDに牽き出されてきました。
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さよなら、比奈~!未練たらたらの吉原行電車後部からのカットです。
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比奈の吉原方にある「大昭和」の工場内への側線が車窓をよぎります。架線の終端を示す標識が確認できましょうか?側線の奥は非電化のようですので、両数にもよりますが停止時には突放、連結時は水増しによる増結で対処しているものと考えられます。
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「大昭和」への側線はさらに吉原方の反対側(画像手前)にもあります。これら複数の側線への入換えには、やはり突放が役立っているようです。
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帰路に比奈の出札窓口で求めた乗車券も勿論硬券!最後まで岳南鉄道には夢を見させてもらいました。吉原からは往路の巻戻しパターンで帰浜しました。しかし・・・暑かったです。水分補給はマメに行ったものの、やはり外気温にヤラれますね。昔はなんでもなかったのに・・・かつて全国を亘った身体も寄る年波には敵わない、そう痛感させられた日帰り行でした。今回はED501の稼動シーンが目に出来ず残念でしたが、3年前とまるで変わっていないその「日常」に接するという「非日常」が味わえ、半日ながらも満足しました。首都圏から比較的訪れやすい距離にある岳南・・・未訪の方もそうでない方もぜひどうぞ。きっと、中毒になりますよ!
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by ar-2 | 2010-08-12 16:32 | 外出・旅行 | Comments(2)
Commented by gino-1 at 2010-08-13 22:20 x
こんばんは。

岳南の比奈駅の入換パターンとしては、貨物列車到着1時間位前にED501で比奈構内入換→貨物到着ED402で入換で折り返し列車を仕立てる・・・・というパターンのようです。

画像の列車は、14時頃の列車でしょうかね?
11時頃の列車だと、ワムハチのみの編成が多いようです。

それにしても、現存最後の川造型が現役機とは・・・。
時のイタズラとは分からないものです・・・。
Commented by ar-2 at 2010-08-14 23:42
gino-1さん、こんばんは。
そうです。時刻にして14時前後でしたね。ワムハチも今や限られた場所でしか目に出来ませんから、
誇大表現ですと「絶滅危惧種」になるのでしょうか。小学生の頃、沿線で通過両数を数えた昔日が懐かしいです。

貨物の扱い量も減ってはいるようですが、ED501にはまだまだ頑張って欲しいですね。
運も味方したのでしょうが、機械モノでも80年を超えて尚現役でいられるという最高の証左でしょう。


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