赤い電車は白い線

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2010年 08月 11日

8・11という日

父方の祖父の命日から、今日で四半世紀が経ちました。

すでに余命幾ばくもない祖父の身を案じて、先に信州入りしていた親父からの祖父他界の連絡を受けたのは11日の夜だったか・・・。
翌12日夕刻、近所の人や親類縁者の集まる祖父宅で通夜がとりおこなわれました。そしてその折「飛行機が墜落した」という一報が走り、
傍らの国道を緊走し続々と南下して行く車輛のサイレンのけたたましかった事を、今もかすかに覚えています。

そう、それは123便の事故。当初の一報は「長野県側に墜落」だったのです。実際は周知の通り群馬県側だったわけですが。
あれから四半世紀、親父も一昨年に他界。
それでも「あの日」の夏は毎年やってきます。しかし、よもや私の半生の中で「四半世紀」がかく語られようとは・・・本当に齢をとったものです。
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by ar-2 | 2010-08-11 22:54 | 多事壮言(旧・雑言) | Comments(2)
Commented by 赤緑 at 2010-08-11 23:35 x
こんにちは。
日航機事故は覚えています。
あれから25年ですか。当方も四半世紀を語れますね。
Commented by ar-2 at 2010-08-12 14:11
赤緑さん、こんにちは。
いやぁ、お互い齢を・・・ではなく、私よりも当時のことを鮮明にご記憶のことでしょう。
大規模悲惨事にとっては時間的経過による「風化」が何よりの懸念ですが、
そのジャンボ機そのものが近い将来に消えてしまうことに、時代の流れを感じずにはいられません。


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