赤い電車は白い線

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2010年 08月 10日

3年振りの岳南路・2010夏!あの原風景へ~ (中編・今なお健在!HB&ABFの躯体)

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岳南のランドマークともいうべき「比奈」。そのポイントは2つありまして、構内外れに在する廃車体倉庫とJRからの直通貨車による「突放(とっぽう)」作業。特に後者は比奈の名声を知らしめるほどのものですが、これについては後編で触れることとし、今回の中編ではもう一方の廃車体倉庫を紹介します。



比奈構内の岳南江尾寄りの一般道を挟んだエリアに、その廃車体はあります。陣容はワムハチ1両と電車4両でして、ワムハチも初期型云々で貴重?らしいのですが、ここでは4両の電車(正確には元電車)にスポットを当てていきましょう。
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・モハ1602(←小田急デハ1604) 2007年3月撮影
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・同上 2010年8月撮影
その制御方式の呼称から小田急では「ABF車」とされたグループの一形式である1600形が出自。戦中の登場ながら窓の大きな関東型らしいデザインから多くのファンを得た形式です。このモハ1602を含めた比奈の廃車体群は東急5000系の入線で現役を退きましたが、今や5000系が全て解体されながらもその先輩車体が朽ちつつも現存するのですから、運命なんてわかりません。3年間という月日を経ても背景はまるで不変ですが、肝心のモハ1602は特に屋根部の風化が目に付きます。皮肉?にも、その屋根構造がよく判ってしまいまるで標本のような出で立ち・・・外屋根が木製であることは改めて実感した次第です。
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・同上 2007年3月撮影
外観は塗り替えられていて(しかし線路との反対側はオリジナルのままだったりする)車番等の標記は見えませんが、連結妻側にあるランボードの脚と配管でモハ1602と判ります。その連結妻も3年前は画像のように板で塞がれていましたが・・・。
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今はその板が取り払われて車内が丸見えです。その車内には様々な資機材が無造作に置かれていて一瞬ギョッとします。朽ちた天井にも目が行きますが、線路方向に並列して残る蛍光灯座の他に線路中心間に開く「孔」にも注目。ベンチレータ孔の他にコードの垂れている孔もありますが、これは白熱室内灯の名残りなのでしょうか?画像奥が乗務員室ですが、その運転台背面が塞がれつつもも小窓が設けられているのが確認できます。このサイズの小窓を設ける必要があったのか、いっそ塞いでしまって構わない気もしますが何とも不可思議な小窓に思えます。
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・クハ2601(←小田急デハ1608) 2007年3月撮影
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・同上 2010年8月撮影
こちらも元小田急1600形のデハですが、岳南では制御車化され用いられました。先のモハ1602同様屋根まわりの風化が進んでいますが、前面窓ガラスのズレなども見受けられます。
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・サハ1955(←小田急サハ1955) 2007年3月撮影
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・同上 2010年8月撮影
1600形と同様ABF車グループの一形式である1900形は、戦後の大東急分離独立後初の小田急の新車として生まれ、1976(昭和51)年にABF車の掉尾を飾りました。一時期はサハに喫茶室や便所を設け特急運用に充当されるという華やかな経歴もあり、小田急初の黄・青ツートンカラーを纏った等の功績の割には1600形の影に隠れて、かなり地味な印象の形式です。パッと見は1600形のそれですが、拡大された車体寸法の違いで差をつけています。しかし側面窓は小さくなりやや野暮ったい印象。そんな1900形の最後の現存個体がここ比奈のサハ1955というわけです。もちろん、先の1600形2両も唯二の現存個体です。
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・クハ1107←モハ1107(←小田急クハ1351) 2007年3月撮影
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・同上 2010年8月撮影
これまでの3両とはうって変わって、無骨な箱型車体が特徴のクルマ。小田急では制御方式の呼称から「HB車」とされたグループの一形式である1300形が出自です。この1300形は電動車5両という少数派でして、内3両は全金属車体に更新されて1980年代まで荷物電車として活躍しました。残りの2両はというとオリジナルの3扉から2扉へと改められた(全金属車体更新車も同様)ものの、見た目はそれまでと変わらない無骨なままで制御車化され、パッと見はオリジナル2扉である1200・1400形とソックリになったのです。1200・1400形もHB車グループでして、その車体や制御車が新潟交通や越後交通などに纏まって譲渡されたものの今やこれらの現存個体は無く(※追記:個人所有の新潟クハがあるらしいです)、やはりここ比奈の元クハ1107がHB車最後の現存個体となっています。
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HB、ABF・・・共に小田急の近代化揺籃期を日に影に支えてきた存在。今やすっかり歴史の彼方に消え去ったように思えますが、ここ比奈にはその躯体が朽ち果てつつも今なお健在です。過ぎ去りし日々を夢見ながら・・・。
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by ar-2 | 2010-08-10 21:28 | 外出・旅行 | Comments(4)
Commented by youroumania at 2010-08-10 23:25
こんばんは
新潟へ渡った小田急・・・さらに佐渡島へ行ったのはどうなったんですかね。。。
前職でよく佐渡島へ出張していましたが両津港にあったような記憶があります。
Commented by ar-2 at 2010-08-11 21:47
youroumaniaさん、こんばんは。
両津港のクハはwikiによれば昨年解体されたとか・・・。他に個人所有の新潟クハもあるようですので
厳密には比奈の個体が最後のHBとは言い切れませんが、誰でも目にする事のできる対象としては唯一の存在でしょうね。
Commented by shin_88888888 at 2010-08-11 23:41 x
こんばんは
>ベンチレータ孔の他にコードの垂れている孔もありますが…
扇風機の配線ではないでしょうか?
Commented by ar-2 at 2010-08-12 14:20
shin_88888888 さん、こんにちは。お久し振りです。
>扇風機
仰る通りですね。その存在をすっかり忘れていました(汗
近年はめっきり扇風機付きの車輛に乗り合わせることも無くなりましたが、かといえば
京急デハ800には未だに扇風機の姿がありましたね。同形に乗り合わせるとやはり懐かしさを覚えます。


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