2010年 08月 07日

3年振りの岳南路・2010夏!あの原風景へ~ (前編・元京王3000を堪能)

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去る8月6日、企画倒れとなった突発・豊郷行の無聊を慰める?べく、せめて気分だけでも・・・と手近なエリアへの日帰り行を試みました。その行く先は静岡県に在する岳南鉄道。今を遡ること3年前の2007年3月(弊ブログ開設前です)に初訪問し、そのめくるめく「岳南ワールド」にすっかり魅了され、その記憶を鮮烈なものとしました。あれから再訪を考えながらもいたずらに時間だけが経過・・・気付けばもう3年も経ってしましました。今回は弊ブログ上にてその魅力を存分に再確認したいと思います。



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今回の岳南行も、実は多聞に漏れず超突発でした(笑 というのも複数の行先候補を決めるのに手間取ったためでありまして、そのお陰で家を出たのが何と9時過ぎという遅発っぷりとなったのです。それでも岳南行の日帰りが楽しめてしまうのは居住エリアが横浜以南であるということ。。例えば、同時刻発での鈍行乗り継ぎでも、岳南への乗換駅である吉原へと千葉県の銚子へとでは、吉原のほうが何と所要時間が短いのです。これにはまあ色々因子があるのでしょうが、かくいう私自身が千葉県に縁?あるものの房総半島方面へと殆ど足が向かないのはこの点に拠るところが大きいと言えます。
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とはいえ、銚子を考えたのは勿論・・・営業運転を開始した元伊予(京王)のグリーン車ですねぇ。もっと決断時間が早ければこちらに傾いたかも知れませんが、岳南行は結果オーライで大満足でした。そんなわけで、まずは3753M「アクティー」の2階席へ・・・。というか、18きっぷを用いているのに(最終的に)往復で¥1900もグリーンに投資しているあたり、自身で言っては実も蓋も無いですが本末転倒な気がします。とはいえ、通勤時ならまだしもオフタイムにまで混雑するハコに乗り合わせることを本能的に拒絶しているのでしょう。シーズン的なものもありますが、とにかく今の時代のレジャー旅客は荷物がデカ過ぎる!キャスター付きバッグとかホントどうにかしてほしいです。
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「アクティー」のグリーンは金曜日であるにも関わらず夏休み期間ということもあり、若い男女グループや家族連れが乗り合わせ華やいだ空気。かと思えば、傍らでは背面テーブルに載せた電卓のキーを叩くビジネスパーソンの姿も・・・。盛夏の青空の下の西湘路を「アクティー」は駆け、熱海到着。ここから沼津行1431Mに乗り換えましたが、後続の静岡行1433Mに乗っても同じことでした。
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それは、最初の目的地が「東田子の浦」だったからです。何故?というのも「鉄娘な3姉妹」(松山せいじ作)の02巻中において同駅が採り上げられ、気になっていたからです。その晴天時には駅舎をバックにマウント富士の雄大な姿が・・・見えねー!(笑 こんなに素晴らしい天気なのですが、やはり気温が上昇するに従って雲の出てくる現象はどうにもならなさそうです。それと、ここ「東田子の浦」は駅名としてもインパクトがあります。隣駅「原」とのギャップですね。原(はら HARA)、東田子の浦(ひがしたごのうら HIGASHI TAGONOURA)・・・読み、アルファベット共に「4倍」の差があります。
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東田子の浦の駅前にはバスも乗り入れているようですが、本数も推して知れたもの。駅前を直進すれば県道に出ますが、ひっきりなしに往来するクルマ以外には酒店があるくらい・・・実に「何も無い」という印象でした。前述の「鉄娘な3姉妹」を目にしなければ生涯降車することもなかった駅でしょうから、一つの記念にはなったようです。これもまた旅の「味わい」でしょうか・・・。約20分後の後続電車で隣駅の吉原に移動し、ようやく岳南鉄道の再訪を果たします。JRホームの神戸方にある乗り換え階段を亘って岳南ホームへ。

ここには出札がありますので乗車券を購入・・・とりあえず前回は果たさなかった完乗を目指して終点の岳南江尾までとします。ちなみに土休日ですとフリーきっぷ(¥400)が乗り・撮り共に便利ですが、ここ岳南には自動券売機が「1台も無い」ので、出札窓口売りの乗車券は「全て硬券」という素晴らしい前時代っぷりです。そのチクチクした感触は、幼き日お袋の実家帰りに辻堂駅神戸方の橋上にあった小さな出札窓口で購入した「斜めにカットされた」本郷台までの硬券乗車券の記憶を呼び覚まさせるものです。
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やがて姿を見せた岳南江尾行電車は・・・おおっ、2両編成です!言わずもがなの元京王3000系電車改め岳南8000形ですが、岳南における2連はこの1本のみです。データイムの運用はなかなか珍しいのではと思いました。勿論私は初乗車です。
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車内に入ってまず目に付くのはこれ・・・21世紀に生きるKTR!即ち「京王帝都電鉄」のCIをデザインしたスピーカですね。勿論本家の客車では今は見る事が出来ません。このようなアイテムとの遭遇も地方転出車の大きな魅力となっています。
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お約束の製造銘板チェックです。これは吉原方の8101のもの・・・当時としてはオーソドックスな製造銘板ですね。
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こちらは岳南江尾方の8001のものですが、製造年のほかに「東京」の製造所名とナゾのロゴが入っています。私は初見のタイプです。
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ほどなく列車は吉原を発ち岳南江尾を目指します。途中、あの比奈には・・・居ました!上田温電の残火ED501と松本ED402!これらについては後々ゆっくりと記録しましょう。全区間単行でも十分すぎるくらいのお客と空気を運んで、列車は終点岳南江尾に到着。
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ここはかつて貨物の取扱いがなされていた名残りか、側線や機回し線、果ては吉原方には専用側線の名残りのようなものも見えました。ホームは1面2線で反対側には単行の7000形7001号がお昼寝中です。ここで下車したのは私と乗り潰し目的と思しき家族連れだけでした。
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駅舎は終日完全無人化されているものの、有人時代の名残りが感じられます。改札の直上には広告入りの発車案内機?のようなモノの抜け殻が残存し、昔日を僅かに偲ばせています。ちなみにダイヤですが日中でも1本/30分はあるので、不便さは感じません。
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その駅舎外観。切り抜き文字で「岳 南 江 尾 驛」とあるのが大特徴。もちろん「驛」というのはありがちな演出ではなくオリジナルです。
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駅に隣接する製紙業の出荷工場はちょうど昼休みの終わり時を迎え、作業が再開された様子。その直ぐそばに横たわるのは大動脈「東海道新幹線」の高架橋。時折、真っ白な帯がビュンビュンと風を切っていくのと対照的に、ここ岳南江尾には長閑な空気が漂います。ちなみに岳南鉄道は東海道新幹線と「2度」クロスします。その妙なコース取りを子供の頃に保育社のカラーブックスの路線図を見て知り、「ヘンな路線!」と感じたものですが、元々貨物輸送のシェアが大きかった路線ですから、そういう引き回しになったのでしょう。
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駅構内を観察して待つこと暫し、吉原行の単行が姿を現しました。7000形の7002号です。その車内銘板ですが、先ほどの8001より1年後の製造年であり「東京」は記されているものの、銘板サイズが小ぶりになっています。
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これは前面方向幕の設定機です。行先のコマよりもその他のコマが多いってのも(笑 しかも使用頻度はどの程度なのでしょう。ちなみにダイヤ上でも途中駅止まりや始発便は無く、旅客列車は全て吉原~岳南江尾の通し運行となっています。
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岳南江尾を後に7002号に揺られて比奈へと向かいます。途中、車両基地のある岳南富士岡のクラには「大昭和カラー」のED403が・・・。そういえば前回もコレにはフラれています。「2度あることは3度ある」か、果たして次回「3度目の正直」となるか?
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かつてここ岳南富士岡の構内には退役した「青ガエル」こと5000系(元東急)が放置されていました。私が3年前に訪れた時は引退から1年程度しか経ていないもののかなり荒廃が進んでいて、やがて後々に解体されたようです。「休車」とは名ばかりのED291だけは、あの日と変わらぬまま「富士岡のヌシ」として定位置に佇んでいました。画像はその構内のトロッコに載せられたクーラー!交換or予備品でしょうか?模型のアクセサリィでも真似できそうです。

次回「後編」ではいよいよ岳南の真髄である「比奈の日常」を紹介する予定です。

(続く)
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by ar-2 | 2010-08-07 21:12 | 外出・旅行 | Comments(2)
Commented by 久米川 at 2010-08-11 11:58 x
こんにちは。
東急車輛の銘板ですが、京王3000系のS37~S43年製の01~15Fはバット社の提携銘板が下に付いていた記憶があります。ですのでS42年製の車両はバット社の提携銘板が撤去されて京王重機の銘板が付いたのでしょう。
5連化の際に増備されたデハ3100型(S46~48年製)は付いていなかった記憶があります。岳南の車両はデハ3100型からの先頭車改造車が混じっており、それがS48年製の銘板を付けているはずです。こちらは京王重機で6000系の廃車再生品のワンハンドルマスコンの運転台が移植されました。
S47年製の東急車輛の銘板(地球マークと「東京」が入ったもの)は京王6000系一次車でお馴染みでしたね。「東京」が入った理由としては、大阪の帝国車輌を吸収合併して間もないためだと思われます。その後翌48年には写真のような一回り小さくなった銘板となり、さらに翌49年の途中からオレンジ地に「東急」ロゴのゴシック体が53年の途中まで続きます。それからはオレンジに毛筆体のお馴染みの銘板となり、61年からは毛筆体の文字色が紺色となりました。
京王重機の銘板を付けて現役で走っているのは、岳南の他に北鉄・上毛・松電・伊予鉄・秩父・銚電あたりだったかな??
Commented by ar-2 at 2010-08-11 21:57
久米川さん、こんばんは。
銘板に関してのご教示有難うございます。私も気になって調べてみましたが、この岳南7000・8000のグループは
ナカナカ興味尽きないようですね。特に尾灯はどこかで見たような形状・・・と思えば、何と京王5000のパーツなのですね。

>大阪の帝国車輛
そういえばグリーンツートンだった頃の南海電車で「東急車輛 大阪」の連結妻銘板を有している
クルマを実見したことがありました。その時は「エッ、東急車輛って大阪にもあったの!」てな具合でしたね。
今も昔も旅先では色んな発見と巡り合せ、それがまたとない糧となっています。


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