赤い電車は白い線

khkar2.exblog.jp
ブログトップ
2010年 07月 14日

いざ聖地へ!!京都・豊郷巡礼紀行(終章、豊郷編その2・それは豊郷小学校旧校舎群)

c0155803_13481669.jpg

本旅程の最終目的地である豊郷小学校旧校舎群への最寄駅である、近江鉄道豊郷駅についに到達!「聖地のなかの聖地」を目前に、胸はちきれんばかりの興奮とボルテージの高まりを覚えます。



c0155803_13574015.jpg

傍らに東海道新幹線の高架の隣接する構内を、貴生川行の電車が離れて行くのを見送ってから下車。駅舎は蔵をイメージさせる造形で「豊郷駅コミュニティハウス」という称が付されています。見た目はそこそこですがお約束の如く当然無人駅。平日の午前中というのもありますが、駅周辺の閑散っぷりを曇天の陽気が尚一層強調させているように思えます。
c0155803_1452544.jpg

駅前には時代を感じさせるショッピングセンターも・・・。「現役」の香りがあったかどうかはアヤシイです。
c0155803_148486.jpg

駅前の道路を進んだ突き当りで中山道に合流。ここを右折して北東に進めば豊郷小学校旧校舎群に到達するはずです。中山道が貫く豊郷町一帯は、宿場町ではなかったものの古くから「江州音頭」発祥の地の一つとして知られ、近江商人による繁栄振りを偲ばせる名刹が今も点在。幅員の広いとは言えない中山道も往時ををイメージさせる佇まいです。
c0155803_14292893.jpg

豊郷駅から歩く事10分ばかり・・・刹那に右手の視界が広がれば、そこには二次元でしか目にすることのなかったあの建物が!!「豊郷小学校旧校舎群」、それは至熟小学校(豊郷小の前身)を卒業し後に丁稚奉公から「丸紅」の専務にまで昇りつめた古川鐵治郎氏が、私財の2/3相当の60万円(現在の換算で数十億円といわれる)を投じて1937(昭12)年に竣工させた近代建築です。
c0155803_14374451.jpg

米国人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計になる泰然たる外観は、当時「白亜の教育殿堂」とも「東洋一」とも謳われました。中山道に面した校地はおよそ12000坪に及び、あたかも翼を拡げたかのような本館の両袖端には講堂と酬徳記念図書館を配し、その後ろには体育館、グランド、球技コート、そして常設のプールがおかれるという、校舎が鉄筋コンクリート構造であることも含めて当時の一「村」における学校としてもまさに破格づくめの存在でした。そして本館の往時の偉容は今も失われてはいないのです。
c0155803_14513512.jpg

これは本館正面玄関の傍らにある古川鐵治郎氏の胸像です。氏は7ヶ月に亘る欧米視察において、米国財界人による事業利益の社会還元という実態に深い感銘を受け「国運の進展は国民教育の振興にある」という考えに則り、莫大な財を投じてこの豊郷小学校を建立するに至ったのです。
c0155803_1521244.jpg

そしてこの旧校舎群には忘れられない過去があります。1999(平11)年、当時の豊郷町長はこの旧校舎群を解体し新校舎の建設を決定しました。しかし地域住民からは由緒ある校舎の解体に対する反対意見が出され、それは最終的に解体賛成意見を上回るものとなったのです。

その後は係争へともつれ込み、解体工事差し止めの仮処分が認められるものの何と町長は司法判断を無視し解体工事を強行、2002(平14)年の二学期終了を期して町長の指示により「犬」と化した解体作業員が旧校舎に乗り込む事態となったのです。その作業員らによって階段手摺や窓ガラス約40枚と20箇所の窓枠を破壊、更には天井をも突き破るといった暴挙がなされ、これを見た地域住民は作業員にしがみついて作業を止めさせようとするものの、作業員に振り払われ床に倒れこみ、別の住民が怒号を上げるというまさに「憎しみのぶつかり合い」は当時のニュース映像として全国に流れ、その異常事態を知らしめたのです。

事実私もこのニュースで豊郷の名を知り、後年の「けいおん!」視聴においてはその見覚えのある「校舎」の描写にはっとしたのです。その後、民意と司法判断を無視した町長と作業員は書類送検となるに至り、町長のリコールによる失職、そして復職等泥沼の紆余曲折を経て、最終的には新校舎を建設しつつも旧校舎は講堂と酬徳記念図書館をも含めて存置されることとなったのです。
c0155803_15204785.jpg

現在、本旧校舎群は2008(平20)~2009(平21)年にかけてなされた耐震補強工事および大規模改修工事を終え、町教育委員会や町立図書館、子育て支援センター、観光案内所が収まる複合施設として再スタートしています。つまり、旧校舎群は今も「生きている」のです。単に残すだけで「生ける屍」とするのではなく、残すなら残すなりの施策(悪く言えば理由づけ)のなされたことは、結果論とは言え磐石な選択だったのではと思います。

しかし、この一連の工事に関しては一部団体から「不要な工事による文化財的価値の毀損」という名目による訴訟のなされていることは残念に思います。何でも元のまま残すことは経年の摂理からしても無謀にして矛盾していますし、例えば現在稼動している蒸気機関車にしてもそのパーツ全てが新製時からの固体などありません。ボイラーやテンダー等、後年に「代替新製」されたパーツはいくらでもあるのです。

私自身このようなカタチでの旧校舎群への訪問は思いもよらないものでしたが、前述のように複合施設として「生きて」いるおかげで一般にも開放され、私のような他所者にさえも職員サンたちは「お疲れ様です」と出迎えてくれるのです。そこにはもう、あの過去の暗い事件の面影はありませんでした。聖地巡礼を「まちおこし」と捉えた前向きの空気が凛と存在するのです。
c0155803_162367.jpg

優美極まる外観に胸を打たれつつも、正面玄関からいよいよ旧校舎群の中へ足を運びます。正面玄関にはスリッパが備え付けてありますので履き替えます。館内は土足厳禁です。そして一歩踏み出した刹那「ギッ・・・」という木床からの確かな音色に、もう私の胸は一杯になりました。画像は暖かな陽射しが降り注ぎ浮かび上がる木製の階段付近・・・兎と亀のブロンズは豊郷小学校旧校舎群の永遠のシンボルです。
c0155803_1671424.jpg

そしてここを上がれば・・・もう軽音部の部室は目の前です!
c0155803_1674148.jpg

ここが劇中における学校内描写の中心ともいえる軽音部の部室(音楽準備室)、旧校舎現役時代は会議室として扱われていた部屋です。劇中にも登場する黒板やホワイトボードには来訪したファンの「愛」が溢れています(もちろん落書きは公認のものです)。
c0155803_16115354.jpg

傍らでは勿論「放課後ティータイム」!単にイミテーションの食品を置くのみならず、唯の席にはカスタネット、梓の「お誕生日席」にはたい焼きが添えられているなど、心憎いばかりの演出に豊郷訪問の幸せを噛み締めるものです。
c0155803_16142092.jpg

隣接して舞台を有する唱歌室(劇中では音楽室)があります。ここはあまり印象が無いようにも思えますが、★1期第1話では入部希望者を待つ澪と律のシーンでしっかりと描かれています。
c0155803_1618692.jpg

「連なる美峯(みね)の懐に 慈愛の精神(こころ)を育みて」
劇中の挿入歌「桜が丘女子高等学校校歌」の澄んだ歌声が今にも響いてきそうな2階の廊下。複合施設の収まる1階以外の2階・3階のフロアは現役の頃と変わらぬ姿を留めており、五感を奮い立たせて「白亜の教育殿堂」の空気を感じ取りたいものです。見上げれば控えめながら装飾表現のなされた美しい天井が居並び、しばし佇立すればえもいわれぬ感動の去来することでしょう。
c0155803_16441657.jpg

こちらは本館に向かって右側に位置する講堂、その内部も劇中にそのままで描写されています。そしてこの外観は・・・★1期第6話での澪の悲鳴が今にも聞こえてきそうですね(笑
c0155803_16534311.jpg

こちらは対に位置する左側の図書館でして現役時には「酬徳記念図書館」として機能、その銘板は当時のままとされています。現在は「酬徳記念館」として開放され、豊郷町観光協会の観光案内所が常設。更には日曜日を中心に「けいおんカフェ」も営まれる等、建物自体を意欲的に有効活用されています。劇中ではここは図書館として扱われ、★2期第9話などにその描写が見てとれます。
c0155803_1733162.jpg

その館内は吹き抜けを活かした一部2階建てとし天井が高く開放的な印象。本館同様「アール・デコ」調のデザインが随所に用いられ、天井から吊るされた灯具や支柱と一体となった梁の装飾は一見の価値があり、特に装飾は前述の★2期第9話でもしっかり描写されています。
c0155803_171395.jpg

館内奥にはファンの寄贈品で飾られたスペースが・・・ここにも「愛」が溢れています。
c0155803_17134927.jpg

ホンモノの「ギー太」だ!!
c0155803_17141498.jpg

多くのファンの思いがしたためられた黒板形メッセージカード。このカードは有料で館内の観光案内所カウンターで販売されており勿論持ち帰ってもよいのですが、やはりせっかくの来訪ですから思いを残したいものですね。私も記念に1枚・・・。
c0155803_17182822.jpg

こういう細かい演出はホント大好きです。館内ではその空気を堪能しつつ、お土産等を購入しながら過ごしました。カフェ営業時の賑わいも気になりますが、じっくり、ゆっくりと見学したいのであれば絶対に平日がオススメです。土休日は来訪者も相当多いと聞いています。ちなみに私が訪れた7月2日は紬(キャラクター)の設定上の誕生日だったそうで、翌土曜日にここで催された誕生日パーティーには何と約150名のファンが参加したとか!そのうえここ豊郷へは「海外」からの巡礼も見られるそうで、その認知度の高さには驚愕の思いです。
c0155803_17355831.jpg

去りがたい思いは強いものの、上りの新幹線が混み始める前の帰浜を考えて豊郷小学校旧校舎群を離れました。やはり半日の滞在では近江鉄道の乗り歩きも考えると限界があり、次回再訪時には近辺での「泊りがけ」が必要であると感じました。豊郷駅で時刻表に目を通せばあと10分ばかりで上りが来ますが、その次の便までは約2時間待ち!小一時間程度の待ち合わせであれば駅前の「みな月」さん(寿司屋)で食事でもと思ったのですが、ここはお隣の「とよせ」さん(パン屋)で軽く腹ごしらえです。オイシそうな菓子パンや調理パンが並んでいて思わず目移りしますが・・・当然、焼きそばパンを買わずして何を買う!?(笑
c0155803_17422141.jpg

そして、11:37発の米原行は・・・モハ223です!行先表示が彦根であるのは車両交換によるものでしたが、ファイナルに相応しく短尺レールを軽快に飛ばす吊り掛けのダイナミックサウンドをこれでもかというぐらい堪能しました。
c0155803_17454137.jpg

米原では新幹線の時刻を確認しつつ、お土産を購入したりして到着を待ちます。そしていよいよ「こだま654号」がその姿を現しました。私を2日間におよぶ「夢」から現実世界へと引き戻す使者です。私はこの時一瞬、本当に「帰りたくない」と思いました。しかし、帰らねば、戻らねばなりません。日常生活という現実があるからこそ、旅という「非日常」が充実するのですから・・・。
c0155803_17492193.jpg

買うのに勇気が要りましたが、国鉄時代からの有名駅弁ですのでいつかは・・・と思っていた「ステーキ弁当」です。味付けはかなりアッサリしていて、ここは好き嫌いが分かれるかも。しかし硬すぎず軟らかすぎない焼きの按配は流石といったところです。この2日間で殆ど口にしなかったアルコールを貪りながら、新横浜まで「のぞみ」に道を譲りまくって所要タップリ3時間。それでも在来線よりは遥かに早いですし、何より「こだま」は空いているのが良いですね(それでも静岡あたりからは乗ってきましたが)。

無数に得た情報や所感を、いかにどう伝えるか・・・そうは思い悩みながらもようやく一連の旅行記の編纂が終了しました。いつものこととは言えその道中は事前の想像を遥かに凌駕するほどで、特に近江鉄道の魅力には大変惹きつけられました。昨年の沖縄や今年の津軽等、再訪を希望する地はいくらもあれどナカナカ叶いません。しかしここ近江は比較的近傍ですので、今年中に少なくとも1回は再訪したいと思っています。その時には、またきっと新たな感動が待っていることでしょう。

一連の記事を最後までお読みになられた方、ありがとうございました。
もし何かの参考に?なれば幸いです。
[PR]

by ar-2 | 2010-07-14 17:33 | 外出・旅行 | Comments(2)
Commented by クロポ415 at 2010-07-14 22:03 x
こんばんは。

「けいおん!」の舞台だった旧豊郷小学校が、十年前の「解体騒動」の舞台だった事を、この記事を読んではじめて関連付けられ、そして考え込んでしまいました。
一人の社会人として、「為政者」から発せられた指示に対し、どのように振る舞えば良いか?

他人事にはできない、たいへん悩ましい悩みだと思います。
Commented by ar-2 at 2010-07-15 22:14
クロポ415さん、こんばんは。

難しいケースでしょうが、「その時、その場所で」の判断が結果如何に関わらず最善なのかと思います。
結果だけでしたら事前に如何様にも想像・設定できますからね・・・。

もっと言うと「正しいと信じた判断」で後悔するほうが、「そうでない判断」で後悔するよりも
賢明かと思います。勿論、これは予測されうる結果が同じである場合ですが・・・。


<< 梅雨明け間近の夏の空に向かい      いざ聖地へ!!京都・豊郷巡礼紀... >>