赤い電車は白い線

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2010年 05月 29日

麗しき内燃動車を総州に追う!(後編・通勤型DCよ永遠に)

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五井で小湊鉄道に別れを告げ、いよいよ久留里線のキハ30形「気動車標準色」塗装への乗車を果たします。




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五井から再び木更津を目指しますが・・・またしても113系です(笑 国鉄分が徹底していて結構なことです。
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そして木更津着。手持ちの乗車券は「ホリデーパス」ですから、有効区間外である久留里線への乗車には当然別途乗車券が必要です。
時刻表を基に検討の結果、目当ての列車で久留里まで往復することとし同区間の「往復乗車券」をみどりの窓口で求めました。
この往復乗車券は単に「片道乗車券が2枚ある」のではなく、その表れとして有効期限が当日限りではなく2日間となっている上に
額面が¥400ずつではなく復路券に集約して「往復分」の¥800が記してあります。尤も、この購入算段は久留里での折り返し時間の
制約によるものですから、事前に用意しておくにこしたことはないというプロセスによるものです。
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作業員サンに教えてもらった当該列車は939D。それまでは幾らか時間があるのでホームでアイスを舐めたりして(とにかく暑かった)過ごします。
やがて、支区のクラからキハ35 98+キハ38の編成がエンジンスタート!ホームへの据付けが開始されました。
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午後の陽射しを浴びて浮かび上がる気動車標準色!キハ20系等とは異なり幕板の朱色が無い分ローカルさが薄らいでいて、
それがまたキハ30のスクエアにしてライトな外観にピッタリ来ています。御馴染みの首都圏色(タラコ色)よりも軽快に見えませんか?
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千葉方の引上げ線でスイッチバックしてホーム据付け・・・低い汽車ホーム、いつもの時間、いつもの電車。
そう、この日常に溶け込んだ出で立ちこそ「通勤型気動車」の風格。リバイバル塗装に現代の仕様であっても全く無粋さを感じません。
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私も懐かしい車内に乗り込み、発車時刻を迎えて939Dは木更津のホームを離れました。実に十数年振りの久留里線行。
あの頃と違うのは塗装が変わってキハ38が加わった・・・ぐらいでしょうか。それにしても運転速度が実にノンビリしたものです。
やがて横田着。ここでは対向列車と行き違い、通票(タブレット)の交換を行います。色灯信号機は通票交換前から「進行」を現示していますが
閉塞の取扱い自体はこの通票に依るものであり、今やJR・私鉄を問わず貴重な閉塞方式となっています。特に久留里線の鉄道マンは
「国鉄色」が濃く、顎ヒモをきちんと締めた助役サンの姿が何とも印象的です。気動車標準色と通票の取り合わせも堪りません。
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沿線のロケーションは小湊鉄道同様に穀倉地帯が展開し、この景観の中で捉えるキハ30もまた格別だろうな・・・と思いをめぐらせます。
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そして久留里着。ここで我々は対向列車の942Dで折り返し木更津に戻ります。乗車券購入の寸暇を惜しむくらいですからラッチは出ませんが、
改札サンには「すぐ折り返すので」と申し出た上で往路券を渡しました。着札の回収・集計は駅の大事な役目ですからね。
そしてここにも・・・肩に掛けたタブレット、首から下げたホイッスル、顎紐を締めた赤帯の助役サンにはそう簡単には出会えません。

画像でも判る通り、ここ久留里は小さな横断通路でホームを移動します。当然警報器や遮断竿の類は備わっておらず、
昨今の時勢からすれば危険のレッテルを貼られるものですが、その監視の為に助役サンが佇立しているわけでもあるのです。
特に傍らの学生が通路を渡らずに対向列車がホームに停車するまで待っていたのは、決して品行方正の賜物というわけではなく
その助役サンが日頃からきちんと制しているからなのだと私は感じました。大人のの存在も「良き時代」のままなのでしょうね・・・きっと。
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改めて、キハ30 98。
1966(昭和41)年日本車両の生まれで新製配置は高崎第一機関区。永らく八高線で活躍した後に転籍してきたクルマ、御齢44です。
前面の補強板は気動車標準色の時代考証と合わない印象もありますが、補強板の施行は1975(昭和50)年度からなされているので、
ひょっとしたらこの仕様のクルマが居たのかも知れません。尤も、本車を目の当たりにすればそんなことはどうでもよく、只々心奪われてしまうのです。

ついにJR最後のキハ30の活躍場所となった久留里線を含め、房総とそのキハ30系(30・35・36)の関わりは実に深いものです。
キハ30系の発祥は関西本線の奈良~湊町間を擁す奈良機関区でしたが、その奈良や新潟と共に気動車による動力近代化のモデル地区とされた
千葉にもやがて同系が投入され、最盛期には実に81両もが一円に配置されたのです。その内訳は以下の通り(1968・3時点、括弧内は両数)。

・千葉気動車区・・・キハ36(9)、キハ35(32)、キハ30(3)
・千葉気動車区木更津派出所・・・キハ36(9)、キハ35(10)、キハ30(5)
・勝浦機関区・・・キハ30(5)
・成田線管理所・・・キハ35(8)

特にキハ30系において「白眉」とも言えるオールステンレス車体のキハ35 901~910は新製配置が千葉気動車区であり、
「気動車王国・千葉」の布陣にあって文字通りの異色の存在だったようです。やがて房総地区の電化進捗により他線区に転出、
その殆どが首都圏色で生涯を終えるも、そのうち904番だけ相模線色となって同グループの掉尾を飾った事は忘れられません。
このことをも含めたキハ30系に関する回想録も、いずれは纏めたいと考えています。
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やがてキハ37を先頭にした942Dが到着。当然のように通票を交換します。気動車標準色バックにというのも素晴らしい!
942Dではキハ37に乗車し、2扉の「スーパーロングシート」を体感。低コストを目指した形式だけあって車内の造作はいささかチープですが、
これとてもう久留里線だけでしか見られないので、何だかんだで貴重なクルマなのです。というか八高線から全車が転籍してきたキハ38も
当然ここだけの存在でして、キハ30番台の鋼製形式(キハ30・37・38)が纏まって活躍しているという点でも久留里線は稀少性があると言えましょう。
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日も暮れかけた木更津から千葉までは、ようやく・・・というほど感慨深いものではありませんが、かつて本郷台在住時に
接したであろうクルマの成れの果てへの乗車を叶えられました。車内は一部にボックス席が設けられE231のような雰囲気です。
大型連休最終日ということもあり行楽客等で混み合いながら千葉に到着。あとはB線で一発帰還です。
私にとっては「灯台下暗し」の感もあった今回の日帰り行、それは内燃動車の魅力の再発見と、そして首都圏近傍にこのような
「聖地」がまだ残っていたことへの驚きと感動を得る事が出来た、かけがえのないものでした。
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by ar-2 | 2010-05-29 00:57 | 外出・旅行


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