赤い電車は白い線

khkar2.exblog.jp
ブログトップ
2010年 05月 08日

麗しき内燃動車を総州に追う!(前編・国鉄形キハ30番台鋼製車の聖地へ)

c0155803_21442257.jpg

それは地元の知り合いから「東武18形(26F)使用の臨時快速に乗りに行こう」という誘いが端緒でした。
この臨時快速というのは先の大型連休中に運行された同形充当の行楽臨でして、往路は東武動物公園→東武日光(5/4まで)、
復路は東武日光→北千住というもの。乗車券のみで今やラスイチとなった18形に乗車できる貴重な機会ではあるのですが、
その知り合いともども私は数年前に東武日光→浅草間で臨時急行「きりふり」に乗車していたこともあり、外観はともかく
インテリアや走行区間が被る今回の乗車行には、正直乗り気にはなれませんでした。

そうはいっても私にとって貴重な三連休、一日くらいは乗り鉄したいな~という希望もあったので訪問先を再度練成し、
とどのつまりは知り合い希望の「久留里線のキハ30」と私希望の「小湊鉄道」それぞれへの訪問という案に落ち着いたのです。
そして5月5日未明、「け◎おん!」の放送が終わり興奮覚めやらぬまま床につき朝を迎えました・・・。



c0155803_2153538.jpg

まずは最寄りのJR駅から平時の出勤とほぼ同時刻のスカ線に乗り込みます。いつもと違うのは乗るクルマがG車ということで・・・。
この時間帯ですと当然ながら改札外の崎陽軒売店が開いていますので、朝食には迷わず「横浜チャーハン」をセレクトします。
駅弁では貴重な¥500代にして「チャーハン」という特色のある内容は、まさに駅弁界にあって異色であり誉れでもあります。

本日の行路における乗車券ですが、18切符などというマルチな存在は無いので久し振りに「ホリデーパス」を用いました。
売価は発売当初の¥2000よりプラス¥300となっていますが、使用可能エリアや路線も比例して?増えているので却ってお得感があります。
但し、主目的の一つである久留里線はホリデーパス圏外ですので、別途乗車券が必要となります。とはいってもれだけの理由で
訪問を疎んじるということにはなりませんから、全てを承知の上で「千葉県」を目指したのです。
c0155803_2223057.jpg

私にとって「千葉県」に足を運ぶことは全く特別なことではありません(謎
とはいえそれはあくまでも行政区分上の解釈ですから・・・「処変われば品変わる」、今回の訪問地は日常とは風土の全てが異なるのです。

E217のG階下席に落ち着き、知り合いも合流して五月晴れのスカ線・総武快速線を疾走。
車内の案内表示器には「京◎線は稲毛海岸駅での人身事故により運転を見合わせ・・・」とあり、微妙に影響が無いかと一瞬心配しました。
東京からの総武快速線内では他の客「ゼロ」のままの階下席空間を堪能し、やがて終点の千葉に着きました。
ホーム反対側には懐かしい113系スカ色の姿が・・・。千葉止まりとせず、ぜひスカ線まで直通して欲しいものです(笑
c0155803_22102424.jpg

ここで知り合いは駅弁業者「万葉軒」の名を世に知らしめたといってもよい「トンかつ弁当」を購入。
乗り継ぎの内房線113系のボックスシートで賞味と相成ったわけですが、その本人のインプレと私が見た印象から申しますと、
「味付けがやたら濃い、カツに弾力が全く無い、容器が救いようの無いくらいチープ」ということです。

その売価自体が¥480というものですからある程度は受認の余地はありましょうが、私の学生時代は確か¥300台なうえに、
もっと見た目にも心意気が感じられたはずですし、昨今の駅弁を取り巻く情勢を差し引いてもちょっと残念な感じです。
特に「味付けがやたら濃い」というのは主観もありましょうが私的には最もマイナスでして、いわゆる「味のゴマカシ」に至るのではと思うのです。
以前は「万葉軒の駅弁は総じて安くてオイシイ」という評でしたが・・・ここでも浦島太郎の心境になってしまいました。
c0155803_22204227.jpg

そんなこんなで今や貴重品となりつつある113系のボックスで旅情を堪能しつつ、木更津を目指します。
途中の姉ヶ崎では例の稲毛海岸での人身で抑止を喰らっている房総特急の姿が副本線に・・・。連休中ということもあって
お子さん連れのファミリーが先頭部で記念撮影。運転士サンも気軽に応じていまして微笑ましかったです。
c0155803_22244120.jpg

そして木更津着!降りたホームの向かいには早速キハ38 1002がお出迎えです。本日は久留里線に乗車するつもりでの訪問ですが、
これは実に十数年振りのことです。前回の乗車時は車体の塗装が「東京湾横断橋」(まだアクアライン開通どころか愛称すら決まっていなかった)
をイメージしたクリームと青のツートンだった頃で、今とは違ってキハ30・35のグループがまだ纏まって居た頃です。

このキハ38はいわゆる平成8(1996)年春の八高線電化により捻出されてきたものですが、足回りなどのメカはキハ30・35等とほぼ共通ですから、
取扱い上の問題は無く全7両(便所付き0番台4両、便所無し1000番代3両)が揃って久留里線に転属してきました。
c0155803_22302697.jpg

その反対側はキハ37 2。東武8000系や相鉄新6000系に近似した高運転台スタイルは事故対策を意識したもので、
見た目の美しさというよりは実用性が強く出ています。それよりもこのキハ37を象徴付けるのは「あらゆる面でのコストダウン」でして、
特に2扉の客窓のピッチの太さと戸袋窓を廃した見付は外観上はまだしも、車内に入ればその窓の少なさからくる採光性の乏しさに
一瞬ギョッとします。そして「スーパーロングシート」は下部がスッカスカのあたかもベンチのような風体を醸していて、
前面の印象と車内見付とを勘案するに、この上無いぐらいの「野暮ったさ」にある種の興奮を覚えてくるのです(病

キハ37自体もキハ38と同じく少数派でして全5両製造。JR西日本に在籍したキハ37 1・1001は既に廃車され、
現在はここ久留里線にキハ37 2・1002・1003が稼動するのみです(番台区分の概念はキハ38と同じ)。
c0155803_22392835.jpg

内房線の上りホームに目をやれば・・・湘南色ですね。現物は4Bと6Bが1本ずつらしいですが、この日はトータルで
3回もの遭遇機会がありました。といっても記録できたのは画像の時だけでしたが。
c0155803_2241183.jpg

お目当ての国鉄色(気動車標準色)のキハ30ですが、事前のサーチで大型連休中の4/30と5/1に国鉄色のみの3連運行、
5/2~4に同じく2連運行を行った実績があるようなので、本日5/5には正直走らないのではと思っていました。
で・・・案の定クラの海側にキハ30 98(手前)とキハ30 62(転車台の奥)が、クラの山側にキハ30 100の姿が認められました。
c0155803_22454468.jpg

ま、動かないものはしゃーないね・・・と割り切って、ホームから車庫の気動車見物です。
ここはかつて「幕張電車区木更津支区」と称しており電略も「千キサ」を有していましたが、果たして今は「千マリ」となっていました。
まさに浦島・・・ですが、以下記事中では木更津支区もしくは支区と表します。ここを幕張区と呼ぶのはあまりにも抵抗がありすぎますので・・・。
先程ホームに止まっていたキハ38 1002+キハ37 2は千葉方に引き上げ、それとは別のキハ38の2連の入れ換えが開始されました。
c0155803_22572891.jpg

切り離されたキハ38 1002は跨線橋の下あたりまで走行し、そこでポイント転換のうえ逆走。
c0155803_22583177.jpg

片運転台車ですから誘導サンの立会いは必須。フライキを振って安全な誘導に努めます。
c0155803_2303842.jpg

前照灯が点いていますが見ての通り逆送しています。慣れた業務のように見えても緊張の一瞬でしょう。
c0155803_2314165.jpg

そのキハ38はさっきまでの相方の隣線に進入し留置。その後、敷地外から撮れそうな場所にキハ30 100が居るようなので
駅を出て向かいます。画像は跨線橋から望んだ支区構内。一部には架線も張られていて、左奥には113系も留置されていました。
c0155803_2334647.jpg

そして支区裏手でキハ30 100と対面!
大型連休中の特別運行の疲れを癒すように、その特徴的な外吊り扉を全開放のうえ車内清掃が行われています。
c0155803_235165.jpg

やっぱり、このビジュアルが「キハ30系」ですね。
お袋の実家が辻堂(といっても茅ヶ崎市)だった事もあって相模線は身近な存在にしてキハ30系にも馴染みがあり、
更には「グロベン・両開き扉・切妻」というまさに103系を気動車にしたようなスタイリングには大変な親近感を覚え、
私にとって好みの気動車の中にあって間違いなく「最上位」に属するものです。
c0155803_23104390.jpg

やがて車内清掃も終わり外吊り扉を閉扉・・・。
画像はもちろん敷地外からの撮影ですが、その美しい姿をタップリ堪能することができました。
そうするうち、向こう側で国鉄色のキハ30(98?)が動いているのが見え「!!」。運用の入るのかッ?と思い、駅まで戻ります。
c0155803_23121916.jpg

やはり動いていたのはクラの横に居た98番で、それも先程の入れ換えで切り残されたキハ38に連結されています。
ここで偶々通りがかった作業員サンに充当運用を親切に教えていただきました。それは午後遅めのスジだったのですが、
日も永い時節ですし教えていただいたご好意を無にするのも何ですから、ここで私の希望である小湊鉄道を挟んで再び久留里線内を訪れることとしました。

以下、中編に続きます。
[PR]

by ar-2 | 2010-05-08 23:21 | 外出・旅行 | Comments(0)


<< 防災の最後の砦は「人」 しかし・・・      補機増解結側線モジュ(その3~... >>