赤い電車は白い線

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2010年 02月 13日

麗しき古豪よ永遠なれ!津軽・函館厳寒紀行 (2日目弘南線、そして黒石へ)

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2日目大鰐線から。
東急6000系の撮影のみに留まらず、キ100形との遭遇を果たすという濃密な内容の大鰐線紀行を終え、大鰐からはJRで弘前へ戻ります。次なる目的は弘前から黒石を結ぶ弘南鉄道弘南線。奇跡はまだ続きます。



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画像は弘南鉄道大鰐駅からJR大鰐温泉駅ホームへの跨線橋を下りるところ・・・ですが、この画像撮影数秒後に厄災が・・・。階段を下り切ろうかというその刹那、どうも後で聞いた話では「氷って」いた箇所があったらしく、そこに足を取られた私は・・・「アッー!」視界が90度上を向いて「スッ、デーン!!」仰向けで見事なスライディングアタック・・・ではなく転倒してしまったのです。

どうも客観的に見た限りでは頭を打ち付けたように映ったらしいのですが、実際はというと頭は全く打っておらず、むしろ右腰の少し下(尾骶骨あたり)一点を階段に強く打ちつけてしまいました。要は打撲です。あまりの痛みに悶絶しましたが、立ち上がれたあたり折れてはいないようだとの診断?も受け、ほうほうの呈で待合室に辿り着きました・・・。
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・大鰐温泉10:38→639M→弘前10:50
お陰でイイ笑い者になりましたが、これからの旅程に影響が出ては迷惑を及ぼしますし、青森で入院騒ぎなんてもってのほかです。売店でワンカップを仕入れ暫し痛みを慰めます(オイ! 。そんなこんなで列車の時間となり、ホームに出て乗車します。列車は列車番号を秋田で変えながらも、早朝の酒田から長駆やってきた701系。ところで大鰐~弘前というと先程乗車した大鰐線とカブっているようにも見えますが、JRと弘南鉄道とでは列車の運行間隔や駅の数が全然違い、そもそものポリシーが別物で「競合」という間柄ではないようです。同例で言うとJR東海道線と静岡鉄道の静岡~清水間みたいなものでしょうか。

やがて弘前構内、何となく右前方の弘南線ホームに目をやると・・・立ち上る黒い煙と佇む黒い塊!ヤツだ、ヤツがまた居る!そう色めきたったメンバーは開扉するや否やスッ飛んでいきました。私は慎重に後を追って歩いて行きます。そして・・・。
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「ズ・ガーン!!」
本日二度目、それも別路線での遭遇・・・「筆舌に尽くしがたい」とはまさにこの事でしょう。先程の大鰐線のキ105+ED221のコンビに続いて、こちらは弘南線のキ104+ED333のコンビです。言わずもがな、ここ弘南のキ100は国鉄からの払下げ車両でありますが、本家のJR(←国鉄)には勿論現存車が無いのは無論、
他に籍を有する津軽鉄道の同形も現在は稼動していないとの旨聞きますから、弘南に「現役」であるキ104・105は恐らく世界最後の「現役のキ100形式」ということになるでしょう。
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漆黒のボディにラッセルならではの独特の形状、更には三つ目ライトを有するその出で立ちはまさに「モンスター」。見た目が珍しいだけではなく、その生い立ちたるや何と昭和ヒトケタ生まれ!「鉄道省」の文字に偽り無し。風雪にまみれた銘板は、キ100が今日まで歩んできたとう事実と魂の息吹を厳に伝える唯一の証し・・・見る者全ての心を奪います。
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フランジャ(前頭部下部の上下可動式排雪翼、これにより分岐器や踏切の踏板に支障せず万遍無い排雪が可能となる)や側面の排雪翼操作に必要な圧縮空気が溜め込まれたエアタンクが居並ぶ物々しい屋上。それらと大きな排雪翼とが織り成す「機能美」と、キ100形を印象付けるシルエットは他では絶対見られないもの。そう、これは現役のキ100形・・・!
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これはトミーの香港製でもなければ河合のでもありません。ですがこの細身の躯体の「一つ目小僧」に見覚えはありませんか?模型が必ずしも実物に忠実である必要はありませんが、模型で実物を知る機会の多い事もまた事実。そのステップを踏まえ、初めて実車と接して「ああ、ここは模型の通りなんだな!」と感じた時、同時に模型の精密さに感慨を覚えるのです。「白魔」と戦い続けて81年目を迎えた満身創痍の躯体・・・。しかし、何度でも記しますがこの車両は「現役」。博物館等の展示レベルでは絶対に見る事も感じる事も出来ない、本来の使途にある正真正銘のキ100形が今眼前にあるのです。
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キ100形ばかりに目を奪われてばかりではいられません。そのキ100をエスコートするELもまさに千両役者!丸い屋根とオフセットされたボンネット、古風なキャブ扉が只ならぬ風格を発散し存在感タップリのED333です。このED333は先のED221と同じく米国ウエスティングハウス製の舶来機関車ですが、製造年はこちらのほうが旧く1923(大12)年製。その出自は西武池袋線の前身である武蔵野鉄道の電化に際して投入されたデキカ10形(→西武E11形)でして、3機の仲間の内トップナンバーのE11が1961(昭36)年にここ弘南に売却譲渡されたのです。

他の2機はというとE13は越後交通に譲渡され、E12は保谷の研修所(現在の保谷電留線)にて保存されました。E12は現在も保管されているようなのですが、生涯を西武で過ごし且つ廃車時期も遅かったため、キャブ扉の窓がHゴム化される等後天的な変化が見られます。翻って弘南のE11は転出時期が早かったせいもあって手を加えられることもなく、キャブ扉もオリジナルを保っているという、極めて貴重な現存個体にして「現役」というこの上ない存在なのです。
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走り続けて・・・87年!!この事実を知った時、改めてその事の重大さを認識し返す返すも絶句するのです。
SLとか保存鉄道とかそんなんじゃありません。それは全身雪にまみれて本来の使途に従ずる、ありのままの姿・・・。かくも、あのE851形の直系の始祖は今も厳寒の地に生きています。一日も永く、現役のまま走り続けて欲しいものです!
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・弘前11:00→黒石11:29
弘南線のホームでは誰もが目を輝かせ、興奮し、発ky(以下自主規制 し、時間の許す限り記録に勤しみました。かくいう私も黒石行電車の発車寸前まで堪能・・・この前後の記憶が今思うと全くありません(笑 確実に興奮していた証拠です。そんなこんなで、途中の平賀の車庫にも東急6000系中間車の「電車型倉庫」の存在を確認しつつ黒石着。側線には青帯入りの7000系が休んでいます。やはり非冷房・PⅢのビジュアルは7000系においては最高と言えましょう。
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黒石まで足を運んだのは弘南鉄道完乗・・・とは別に名物「つゆやきそば(つゆそば)」の堪能という目的もあるのです。個人的には黒石というと国鉄黒石線・・・。川部から黒石までを結んでいた典型的赤字ローカル線でしたが、後に弘南鉄道が路線と車両を譲り受け弘南鉄道黒石線として再スタートするものの、最終的には廃線となってしまった経緯があります。その廃線跡は今も痕跡を残していて、黒石到着前には左後方から低めの築堤が寄り添ってきて、それが黒石線のものと判ります。
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黒石駅からはK氏らのナビゲートにより市内中心部へ。ここ黒石は旧城下町であり、藩政時代の面影を残すという「こみせ」と呼ばれるアーケード状の雪覆いが連なる街並みが特徴でして、いわゆる「こみせ通り」は国指定の「重要伝統的建造物保存地区」となっています。鉛色の空から間断なく降り注ぐ雪はその落ち着いた佇まいを一層惹き立たせ・・・あとは画像をどうかご覧下さい。
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今回のつゆやきそばは、そのこみせ通りにある「創作料理 御幸」さんです。
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聞けばここ「御幸」さんは結構な人気店で満席の場合も多いとか・・・丁度昼のピーク前ということもありお座敷にありつけました。そして、聞きしに勝るその「つゆやきそば」は・・・何と、結構小洒落た盛り付けです。海老天とかちょっと豪華ですな。器が横長で底が浅いようにも見えますが、これがどうしてナカナカのボリュウムでして、麺も太平麺ですから大変食べ応えがあります。

ところで「つゆやきそば」というと、栃木にも確か同じものが・・・と思われる方も多いのではないでしょうか。ですが黒石が栃木と決定的に違うのは、黒石においては普通のやきそばこそが始祖であり、つゆやきそばは後発の派生であるということです。では、そもそも黒石において何故「やきそば」なのか・・・。それはかつて10円単位で買えたという子供のおやつであったからに他なりません。どこの地域でもそうですが、子供の頃に覚えた「味覚」というのは実は大きくなっても簡単には忘れないものでして、それを一般的には「おふくろの味」とか「懐かしの味」と言い回すのです。

ここ黒石においてその定理に当て嵌まるのが他ならぬ「やきそば」。黒石の人で知らない人は居ない、珍しくも何ともない日常の味。それが証拠に、やきそば専門店は黒石には「1軒」しか無いのだそうです。いわゆる「ご当地グルメ」は専門店が拮抗し合う傾向がありますが、食事処、喫茶店、居酒屋、たい焼き屋、市役所の食堂・・・どこに行っても置いてある、日常に溶け込んでいるのが黒石の「やきそば」なのです。「つゆやきそば」からハナシが逸れましたが、後発とは言えつゆやきそば自体も昭和30年代後半からの歴史と言いますから、これも黒石の人たちにとっては当たり前の味なのです。今回は「御幸」さんでの食事でしたが、他のお店へも機会があれば是非訪ねたいものです。
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十分なまでに腹を満たしたうえに熱燗で体もホカホカ?に・・・。駅への戻りは徒歩で散策しながらのコース取りです。「御幸」さんからやや横町方に戻ったところにある造り酒屋の「鳴海酒造」さん。ここでは会長のご実家へのお土産に一本・・・となり、アル厨お待ちかね!?の試飲タイムです(笑 あ、もちろん試飲だけではなく大吟醸を共同購入しました。この時すでに私はすっかり完成していたのですが、今思えば自分用にも買っておけばよかった!嗚呼、また黒石に行k(ry 肝心の風味はというと、どれもシビれるような呑み口・・・お酒ってホント、いいもんですね。
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その鳴海酒造さんの外観。聞けば・・・築 2 3 0 年!もっと古い建物なら他所にも・・・なんてのは野暮です。黒石、遠くて大変ですけどこれはちょっとハマりそうですぞ。
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すっかり満ち足りた気分であとは駅まで直行・・・ですが、私は靴紐を結ぶのに手間取ったりト◎レに寄ったりして、一団の後を追うのに必死です。あとで聞いたハナシでは交差点で数名が転倒してクルマ2台止めたとか(笑 まあ止むを得ませんよね。その道すがら、画像の第三分団第三消防部屯所・・・GMキットから飛び出してきたような火の見櫓と、惚れ惚れするような建築物!K氏から頂いたパンフによれば、ここ以外にも第一、第二で同じような屯所が存在することになっています・・・黒石恐るべし!
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そしてホームに入れば・・・!!!ここまでの遭遇、事前の情報収集とか仕込みは一切ありません。だからこそ誰もが超絶的な感動を噛み締めたのでしょう。弘前行電車の発車数秒前、私にとって生涯忘れることの出来ないビジュアルをしかと記録し、その想い出を胸に秘めました。それと・・・このED331のボンネット上の前照灯ですが、ライトレンズが緑味がかっているのがお判りいただけましょうか。実はこれ、シールドビーム化以前の西武の電車・電機の特徴であるとか。だとしたら、これってまさか西武時代のままなのでしょうか(同種の代品という可能性もありますが)!?大変興味深いです。

以下2日目後編に続く。
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by ar-2 | 2010-02-13 00:42 | 外出・旅行


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