赤い電車は白い線

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2009年 10月 29日

仙台往還(後編・その2)~白石名産 「うーめん」(2009・10・20旅行記)

いきなり予告編とは異なるのですが…。
実は来仙時に何となくイメージしていたのは帰京過程で「うーめん」を食すというもの。
これは「うーめん」をこの世で知ってからの宿願?であり、本旅程を千載一遇の好機として捉えたのです…が。



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仙台9:01発白石行426Mの最前部、開放的な乗務員室の至近に陣取り、ウーロンハイ片手にガラガラのロングシートを満喫?します。
そして仙台を発って程無い刹那・・・ぬおおお!ED75!?
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その後ろはといえば・・・仙石の205系!!
まさかまさか、これってRT-235代替の元南武のヤツなんでしょうか?一瞬の出来事に脳内は真っ白…。
あともう少し仙台で粘っていれば押さえられたのにという感傷もありましたが、帰京後に某サイトで確認しましたところ、
やはりこの時離合したのはRT-235編成の後任であったようです。同編成を見送ってから僅かばかりのタイムラグを置いたこの遭遇は、
私にとってまさに「新旧交替」を印象付け刻み込むのに、これ以上無いものでした。
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そんなこんなで9:51白石着。途中で降り出した雨は本降りとなり、傘無しでは少々キツい感じです。
白石の下りホームには画像のレンガ造りの建造物が…これはかつてランプ類の燃料である油を収めていた「油庫」とのことで、
かつて「鉄道ファン」誌において「アラディン建築」の銘で臼井茂信氏が寄稿されていたことを思い出しました。
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その油庫の内部は現在はミニギャラリーとして公開されています。このような「アラディン建築」はこの後の道中において、黒磯以南でも目に出来ました。
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さて、白石といえば「うーめん」です。
私がこれを初めて知ったのは小学生の頃に手にしたヤマケイの「国鉄全路線シリーズ」の書籍においてですから、
あれから四半世紀以上の時空を経て、いよいよ「うーめん」に挑まんとするものです。「うーめん」は俗に「そうめん」とも「ひやむぎ」とも異なると
言われていますが、属性で言うと「そうめん」になります。証拠画像はこちら。
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悲しいかな、結局当地で食すことは叶うわず、お土産の乾麺を購入して帰京したのですが…その内パッケージにはっきり「そうめん」とあります。
大雑把に言ってしまいますと、「そうめん」「ひやむぎ」「うどん」の分類はJIS上における「麺の太さ(寸法)」です。
つまり「うーめん」はその太さで言うところの「そうめん」に属すのです。では何をして「そうめん」と異なるのか?
それはツナギに油を一切用いていないのが「うーめん」であるということです。
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「うーめん」はその麺の長さの短いことも特徴的ですが、やはりツナギに油を用いないだけあって舌触りは良く、
それでいて歯応えもあり、麺好きの方々には大いに薦められる一品かと思います。これは私が帰京後に実食したインプレですが、
確かに「そうめん」とも「ひやむぎ」とも違うな!というインパクトを抱いたのです。で、何故当地の白石で食せなかたかというと…。
単にお店がオープンしていなかっただけです(泣 早くとも11時まで待たねばならないようで、そうするまでに約1Hのインターバル、
その後の食事時間等も勘案すると、やはり無計画性故のロスタイムがどうしても引っ掛かります。ですので…今回は泣く泣くお土産で済ますこととし、
いずれかの機会に必ずや「白石のうーめん」を当地で賞味したいとの誓いも新たに、白石を後にして福島へと向かったのです。
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by ar-2 | 2009-10-29 00:16 | 外出・旅行 | Comments(0)


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