2009年 10月 11日

思い立ったが吉日

JR東日本管内における103系電車の営業運転がついに終焉を迎えることとなり、そのスケジュールが公となりました。
以前にも記しましたが、私がこの世に生を受けて最初に目にしたであろう実車こそ、間違いなく根岸線における青22号の103系であり、
誇大表現を憚らなければ103系は私にとって好き嫌い云々の対象ではなく、それは身体の一部であり鉄道趣味の礎を築いた端緒でもあったのです。
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多賀城の高架竣工までは安泰…という個人的観測は大アマだったようで、想像以上に早期の引退となるようです。
尤もこれは、E233系新製による間接的な「二重捻出」がなされた段階で気付くべきでしたね…時既に遅し。
と、このような流れでしたら平時はスルーするのですが、東日本管内の103系となってくるとコレは少々意味合いが違います。

実のところ今月中の撮影行を密かに企てていたのですが、
シフトがどうにもならない→撮影行を諦める→急な引退の告示→無理してでも撮影行を実行
という流れになったのです。出発日の翌々日はお約束の公休ではなく出勤です。
夜行日帰りを強いてでも、私にとっての103系の記憶を辿りその意味合いの再確認を果たしたいと思っています。
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by ar-2 | 2009-10-11 00:30 | 外出・旅行 | Comments(2)
Commented by youroumania at 2009-10-11 17:48
こんばんは
仙石線・・おいらの青春の思い出の路線です。まだ地下になる前の仙台駅はいい雰囲気でしたね。
当時普通に走っていた103系もとうとう引退ですか。まあその時はただの「青い電車」としか見ていませんでしたが(笑)
まだ関西とか広島(?)は現役ですよね。

先日松島でしばらく電車を見ていましたが103系きませんでした・・・
Commented by ar-2 at 2009-10-11 23:44
youroumaniaさん、こんばんは。
かつてクモハのトップが居た頃、ファンにとってはご法度の「直電」でその存在を確かめたところ、
電話に出られた宮城野区の方には「ええ、走ってますよ!」丁寧に応えていただいたことを
今更ながら鮮明に思い出しました。結局トップの非冷房姿を拝むことは叶わず、
同線を訪れたのは仙石色(Ⅰ)となってからでした。地上駅から榴ヶ岡あたりまでの、
私鉄臭い雰囲気は独特で良かったですね。

奇跡の復活を遂げた東日本最後の103系ですが、平日朝の2往復でしか運用されていません…が、
これとてあと僅かなんですね。関西ではまだまだ103系が現役ですが、やはり色んな意味で
京浜東北との結びつきの強い仙石線の103系には、特別な意味合いを感じます。


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