赤い電車は白い線

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2009年 08月 29日

輝け国鉄形!不滅の残火を東海・北陸に追う(予告編)

今夜というか昨晩ですが、久し振りに某氏と呑むことになり退勤後に北上。当初は赤羽あたりで…と見込んでいましたが、
某氏が西川ロの「かんづめ屋」という立ち呑み店を勧めるのでそこへ向かいました。同店の目玉は線路際のテラス席?とか…。
そのテラス席については以前にも某氏のブログで紹介されていたのですが、今一つイメージが湧きませんでした。
しかし今回訪問してビックリ!立ち呑み店の奥の扉を開ければそこはベランダ、というか下り東北貨物線の線路まで1Mほどです(笑

一応、スダレというか葦簀(よしず)で線路との間は遮られているものの、時節柄さながらビアガーデンの雰囲気。
しかも眼前には東北貨物線、東北線、京浜東北線の線路が並ぶという、アル中のレールファン垂涎の立地です。
早速乾杯の後、ほどなくして東武100系の下り回送?が猛スピードで眼前を通過!小さなカウンター上のジョッキが吹っ飛ぶことはありませんが、
カウンター毎揺れるので物凄いスリリングを伴ってドキドキします。他にもEF64-1000の貨物列車やPF単回、485系東武乗入れ編成、
185系や遭難新宿ライン、東北線には211系や24系北斗星、489系能登編成のホームライナーなどが通過し本当に飽きません。

珍しいアイテムが通過すれば思わずスタンディング!その空前絶後?のロケーションを堪能した後には二次会。
手頃な場所にあった「白木屋」に入店…しかし店構えのライティングというか造形が怪しすぎです。恐らく他業態店舗の改装かと思われます。
入店時には気付かなかったのですが、退店時に再び店構えを見ると「I Love New York」みたいな切抜き文字が大きく壁面に(笑
西川ロが色んな意味でディープなのは既知でしたが、立て続けにコアな店舗が堪能できて楽しかったです。
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さて、ネタはうってかわり明日(というか本日)の深夜に出立する北陸行の予告編です。
今回の旅程は以前にも記しましたように、盆期間に行けなかった北陸行の代替として発案・計画したものです。
当初は「北陸フリーきっぷ」を用いての「能登」「北陸」乗車を中心に考えていましたが、そのうち同行者の希望で方向違いの「佐久間レールパーク」も
組み入れることとなり話は二転三転。使用乗車券も青春18きっぷへとなったものの、何とか計画は纏まりつつありました。

ところがこの計画を練成していくうちに、撮影や乗車の対象、更には意図しない乗り継ぎ過程おいてある一つのキーワードが浮上してきました。
それはズバリ「国鉄形」。そう、これはもともと北陸路に今なお国鉄形車両の多く残存することも作用しているのでしょうが、
思わぬ形での結び付きが露わになり、結果旅程そのものを国鉄形指向へとスイッチする機運が高まったのです。
そして当初のプロセスであった北陸路の堪能は尊重されつつも、かなり国鉄形を意識した無理繰りな行程となってしまいました。

しかしそこは旅の面白さ、ハプニング御免!の「何とかなる精神」で乗り切ってしまいましょう。準備万端?あとは座して待つのみ…。
それと今回の旅程の目玉の一つは飯田線119系E4編成との対面。中部天竜での117系(関西急電色)との並びも見物でしょうが、
やはり個人的には26年振りの対面にときめかずにはいられません。そう、画像は1983(昭和58)年に家族旅行で伊良湖岬?への旅程中に
撮影されたものです。行先と発車時刻を記したボードの掲出は旧国末期からの引継ぎ。そして何より興味深いのは
撮影が1983年ということ…飯田線旧国最後の年です。この画像撮影時期がいつ頃だったのか…旧国引退後かはたまた現役の頃か。
何かのタイミングがズレていたら、もしかして私は飯田線の旧国を目にすることが出来たかも知れません。

ピカピカの119系4連は何を物語る。21世紀に甦った進化した「飯田色」の26年目の表情、楽しみにしています。
なお弊ブログにつきましても同旅程への出立により、9/1まで更新を休ませていただきます。
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by ar-2 | 2009-08-29 00:40 | 外出・旅行


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