赤い電車は白い線

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2009年 06月 17日

夢の街、夢の国、夢の跡 ~ドリームランドモノレール廃線跡を行く~(その5・本編最終回)

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その4に続く、先月初頭以来のレポート再開です。抱えているものも多いのですが私にしては真面目?に纏めたシリーズなので、いつまでも尻切れというのも不恰好ですから…・。前回は玉縄台住宅のはずれ、大規模な切通し跡を見渡せるポイント(U地点)までのレポートでした。今回はモノレール大船駅跡と、そこを俯瞰できるであろう社宅敷地へのアプローチを目指します。




玉縄台住宅のはずれであるU地点付近では、切通しの大船方延長線と察せられる箇所で宅地の造成工事が行われていました。ただ考えられた延長線は他にもあり、切通しから左にカーブして…というものでしたが、地図を携行していればその選択肢は考えられなかったものであり、当時の探索中は方角的にも不案内な状況であったと振り返ることができます。
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・V地点(2009年)
これより先は軌条跡が不明瞭なのでトレースが出来ないと判断し(実は出来たのが後に判明しました)gino-1氏と共に大船駅に向かいます。画像は柏尾川の東岸に位置するモノレール大船駅の跡地。マンションが今は建ち、痕跡は微塵もありませんが…。
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・V地点(1992年)
その位置の判断は、川縁の手摺の継ぎ目です。そしてこれが廃墟ではありながらも、健在であった頃のモノレール大船駅です。当時は地元のアートクリエイターの方達がアトリエとして用いていたのですが、その駅建物自体の老朽化により取り壊しが決定し、その名残を惜しんで一般にも特別公開されたイベントがありました。1992(平成4)年1月15日のことです。私も新聞か何かでこの報せを聞き、友人とカメラ持参で訪れました。画像はその際の記録の一部ですが、いずれ纏めて公開できればと思います。
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・W地点(2009年)
対岸に細長い住宅が4棟固まっています。撮影場所からそこにめがけて左カーブで軌条は延びていました。川床には橋脚がありましたが、今は全く残骸の痕跡すら見出すことが出来ません。撤去費用100億というのはホント伊達じゃないです。
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・X地点(2009年)
その住宅の裏に橋脚はありました。
大船~ドリームランド間に幾柱在ったであろう橋脚の内の、ただ1脚のみ現存する最大級の遺構です。施設は完全撤去が前提であったにも関わらず本遺構が残存しているのは、画像でもお判りの通り街路灯の支柱を兼ねているが故になのでしょう。事実、本遺構の上部には軌条を支える構造物がありましたが、それについては危険回避のため撤去されています。軌条は手前から奥方向に延びていました。その由縁を知らなければ単なるコンクリの個体にしか映りませんが、ここにドリームモノレールの在ったことを絶対的に証明できる、最期の遺構なのです。
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傍らの看板にもドリーム開発の文字が…。
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・Y地点(2009年)
貴重な遺構との対面を楽しみつつも、さらなる高みを目指します。最終到達点は山上の社宅敷地。我々は遠巻きに田谷側からのアプローチを試みますが、目的地からはどんどん遠ざかるばかり…。陽はまだ明るいものの近くにあって遠い到達点を前に、焦りというよりは渇望の念が湧いてきます。画像はその田谷方向への道すがら、目指す社宅敷地とその下の延びていたであろう軌条跡です。

このまま面谷戸側から入るか…いや、そんなルートがあったか…。氏の携帯ナビによる検索も試みましたが、ズバリの解決案が出ません。そして何とはなしに、大船観音下からのアプローチを試みるということになりました。そうか、そこがあったか!まさに灯台下暗しだったのです。果たして、そのコースは遂に我々の前に道を開きました。目指すポイントの位置へ確実に近づきつつある期待を噛み締めながら、急勾配のエンディングコースを歩む速度が自然と速くなっていくのが感じられました。
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そして遂に到達!…しかしあの社宅は閉鎖されていて廃墟と化しており、モノレール駅側の眺望は開けません。社宅敷地外から崖側の眺望を試みますが…ブッシュが…奥がドリーム方ですが下の様子がよく判らない?
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さらに奥へ進むと、いくらかマシな場所にでました。遠方の樹林の上部、僅かに切れ目があるのが判るでしょうか?ここが軌条跡と見て間違いないでしょう。そして、既に大船方の眺望を試みていたgino-1氏が「ありますね」と一言…。
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・Z地点(2009年)
あっ・・・あっ・・・在ったー!
そこに軌条は在りません。しかし細長く延びる平場と、そこに佇む不自然はゼブラ仕切りの壁は、まさに軌条跡を指し示さんものでした。はかなき夢と潰えた悲運のドリームモノレール、その軌条跡を辿る絶後の道中は、今まさにクライマックスを迎えました。西日に染まり行く黄昏の大船の街、彼方で轟音を伴いながら「活きる」JRの電車が見えます。そして眼下には廃線跡。

ドリームモノレールに限って言えば、軌条撤去後に関心を向ける人は殆どいません。そんな時勢だからこそ、このレポートは少なからず意義があったと考えます。軌条が撤去されたモノレールの廃線跡を辿ることは決して容易ではありませんし、面白味も恐らく無いのでしょう。しかし私はそんな「打算」を抜きにして、ドリームモノレールの存在事実を改めて確認したく、全線走破に漕ぎ付けたわけです。

本レポートのアップデート過程においては、shin_88888888さんからの貴重な画像の提供がありました。改めて御礼申し上げます。また、当日は暑い最中を半日も歩きっぱなしでお付き合い頂き、また貴重な証言を頂いたgiono-1氏、本当に有難うございました。本レポートはこれで一区切りとなりますが、先に不明瞭区間であった玉縄台より先について後日探訪してきまして、その折の記事ならびにモノレール大船駅解体前の特別公開時の画像につきましても、おいおい紹介したいと思います。

(おわり)
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by ar-2 | 2009-06-17 18:33 | 鉄道廃線(廃駅)跡 | Comments(0)


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